12.お外へ行こう
懐かしい、もう半月以上見てなかったわ、瞬の寝起きのサビたロボット状態。「ぐおぉぉ」とか「うぐっ!」とか呻きつつ半身を起こし、30秒ほど掛けて立ち上がる。
立ち上がった後、背筋を伸ばそうとし、途中でピキッっ引きつった顔で一時固まる。10秒ほど経って再起動…
今日のこれは、今までの筋肉痛とは違い、昨日の模擬戦闘による打ち身から来る痛みだ。手加減してくれてはいたが、それなりにビシビシ当てられ、ゴロゴロ転がされたのでしかたが無い。
そう言う俺ももちろん似たような状態だ。ま、瞬ほど酷くは無いよ、ある程度受け身や木剣で防御もしたからね。
この手の軽度の打ち身は、筋肉痛と同様にある程度身体を動かせば、痛覚感としては緩和出来る。だから、いつものように軽めのストレッチをして身体をほぐした。
おかげで食事を取る頃には、多少動きが微妙な人間、には進化できたようだ。
本日は、昨晩話し合ったとおりに俺は『符』の作成と紙すき、瞬は回復薬と解毒薬(葛蛇用)、リュック2個の購入・楯作成・ゴーレムの訓練とを行う。
俺は、最低限の『符』を準備し、残りの時間で白蕩木を全て紙すきするつもりでいる。瞬は昨晩、ヴォルツさんより楯を使用する事を勧められたので、木をゴーレムで変化させ作るようだ。金掛からんから。
で、先ず『符』の作成だ。現状俺は全ての『符』の赤絵の具用判子は完成しているが、それ以外の判子で完成しているのは『火炎符』のみとなっている。
赤以外は手書きでもさして手間は掛からないとはいえ、数が多ければ時間も掛かる訳で、現状必要が無いと思われる『聖光符』『雷撃符』は作らない事にした。
よって作成は『火炎符』『冷凍符』『風旋符』『凹符』『凸符』『炸裂符』を各10枚と言う事になる。
と言う事で、腕にナイフをぶっ刺す…絵の具の採取だ。痛い…回復薬がほしい。ってか、セイレン草見つけて、『自家製1/5回復薬』絶てー作ってやる。
タップリ採った血液…に魔石粉を入れてまーじぇまじぇ。紫カブの汁もまーじぇまじぇ。そして10枚ずつグルー分けした紙に、各判子で全て判押ししていく。
一通り押し終わったら判ムラを筆で修正していく。皿の赤絵の具がまだ余った為、もったいないので各2枚ずつ更に判押しし、計12枚ずつの赤まで済んだ『符』が完成。
次に、青葉草による青絵の具を作り、青絵の具を使う『符』を全て書き込む。後は同様に、枝垂れ草による緑絵の具と銅粉による銅色絵の具を作り、順に手書きした。
ここまででほぼ午前中一杯掛かってしまった。
そして、昼食をはさみ、後はひたすら紙すきだ。叩いてほぐす、桶に入れかき混ぜる、すいて外して乾燥、この工程を延々と繰り返す。
何度となく、大きめの船で『符』数枚分の紙をすいて、後で切断すれば良かったかな?と後悔しつつも、『符』一枚分の紙をチマチマチマチマとすいていく。
全ての白蕩木片の紙化が終わったのは暗くなる寸前だった。昨日の作業でかなり骨をつかんでいたのか、今日はかなり効率よく出来た。本日だけで、半日なのに124枚完成。
後半干場が無くなったので、最初に干して乾いたものを取り外し、そこに干して対処した。一応、この取った紙は後日広げてまだ干すよ。触った感じ大丈夫そうだけど念のためね。カビったやだし。
結局ヴォルツさんに取ってきてもらった白蕩木から、280枚ほどの『符』サイズの紙を作れた事になる。あの木のサイズから考える微妙ではあるが、スポンジみたいな中身を考えれば妥当か?
ギリで夕食時間内に間に合い、食事をを終え、瞬の作った楯を見せてもらう余裕も出来た。それは、『下水道管理事務所』で借りていたのと同サイズの楯で、1.5キロ位の重さの楯だった。
「で、型とか重さは良いんだけどさ、何そのマーク」
俺は、楯中央に直径20センチ程にデカデカと浮き彫りされているマークを指さす。
「完璧でしょっ。苦労したんですよぉ、端々のとがった所とか、全体のバランスとか、1時間近く掛かっちゃいましたよ。でも、出来れば、楯を赤で塗って、エンブレムは黄色にしたかったですね。そうすればパーペキだったのに」
……
「連邦じゃ無いんだ」
「やだな~、連邦のマークはダッサダサじゃないですか。一応、ネオの方にしようか迷ったんですけど、こっちの方が格好いーからこっちにしました」
そう言えば、連邦のマークってどんなだったっけ?見れば分かるけど、覚えてはいないな。リアル世代も似たようなもんなんじゃ無いのかね、こいつとかが例外で。そんな気がする。
どや顔で何度もしつこく見せてくる瞬を裁きながら、寝るまでは判子彫りで過ごした。明日は一月半ぶりの『外』だ。
運命の当日、俺たちは大半の冒険者が受付を終えいなくなった、遅い時間帯に冒険者協会へ訪れた。慌てたり騒がしいのは初日ぐらいは避けたいからね。
そして、隙間の多い依頼掲示板を時間を掛け物色し、『セイレン草採取』クエストの張り紙を手にソアラさんの窓口へと行く。
「おはようございます、こちらの依頼をお願いします」
「おはようございます、『セイレン草採取』ですね。最低5束、上限は8束です。一応こちらの依頼は8束までとなってはいますが、当協会でも随時買い取っていますのでオーバーしてもかまいません」
「あと、注意点ですが、採取時に、小さなモノは取らないようにしてください。小さい内は効能も少ない上、取り尽くしてしまわない為にも残す事に成っていますのでよろしくお願いします」
「また、こちらの依頼は当協会に納品して頂く形になっていますので、窓口に依頼書と一緒に提出してください。依頼料は一束当たり5ダリですが品質が悪ければ下がりますのでご理解ください」
立て板に水ってのはこう言うことを言うんだろう、とばかりにスラスラスラスラと話すソアラさん。さすがに受付嬢歴○年ですよ。
一気に言い切ったあと、一息入れてから、
「初めてなんですから、とにかく周囲に気を配って、無理だと思ったら剣を投げ捨てても逃げるんですよ。失敗しても良いから、必ず帰ってきてくださいね」
営業フェイスでは無いソアラさんの言葉に、俺たちは真剣にうなずいた。死にたくないし、ケガもしたくない、だから無理は絶対しない。自分が死んだりケガをするもはもちろん、瞬がそうなるのも絶対嫌だ。
もし、ヤツに有ったり、魔獣に囲まれたりした場合、『符』を有るだけばらまいてでも生き延びるつもりだ、二人で。
そんなふうに俺が決意を新たにしていると、瞬のヤツが「一束ってどれぐらいですか?」と言って来た。…確かに言われてみれば。
「はい、一束は計るゲージがありますが、おおよそ成人男性が親指と人差し指で輪を作ったサイズと思って頂けると良いです。瞬君では小さいので、はじめさんを目安にしてください」
なるほど、了解です。…瞬はなぜか『小さい』に反応してか、「ぐぬぬぬぬ」とまた意味不明な呻きを出している。だからなんだよそれ。
そして、俺たちは…図書室へ行く。…セイレン草の外観とか生息場所の情報を調べなきゃいけないからね。焦っちゃいけない。
図書室で20分ほど掛けて、セイレン草と青葉草・枝垂れ草・糊粉草、四つの植物の情報を確認して協会から出て、東門へと向かった。
『ドブ掃除』で通った道なので土地勘はあり問題なく東門へと到着、別段通行審査も無く門番のおっちゃん二人に黙礼して門を通過。
5メートルほど行ってUターン。右の門番のおっちゃんに、確認をする。
「こっち方面に最近ムカデって出てますか?」
そう、ヤツの情報を門番のおっちゃんから得られるんじゃ無いかと考えて、戻ったんだよ。用心用心。
「うん?鮮血ムカデか? 二ヶ月ほど前に北西の青屋木の林前で見たってのは有ったが、それ以外は聞いて無いな。南西では10日前に出たらしいが」
「そうなんですか、分かりました。ありがとうございます」
「おお、気をつけてな」
門番のおっちゃんに礼を言って街道を進む。
街道は畑を左右に挟んでほぼ真っ直ぐに、わずかな高低と共に続いていた。こちらの街道は大きな街には続いてはおらず、小さな町・村が多い為か、西の街道ほど通行量は無い。
周囲には畑から飛んでくる蝶や羽虫が時折舞っており、のんびりとした田舎のあぜ道を思い出させる。
西門から木塀の西門まで、ゆっくり歩き30分ほど掛かった。往復で1時間は掛かると言う事になる。
「結構、時間掛かっちゃいますね。ゲームとか小説だと、街出てすぐモンスターフィールドなんですけど」
「だな、でもそれだと畑地が無いだろ?どーやって飯食うのかって話だよな。肉はともかく、野菜穀物全部周辺の村から運ぶのかよ、モンスターウヨウヨいるのに(笑)」
「(笑)確かにそーですね。ま、ゲームはゲームって事ですね」
「うん、そう言えば、ゲームで山とか越えて新しい街が眼下に見えるシーンの絵とかムービー有るだろ、アレも畑が有るのって見た事無いよな」
「…そー言えば無いですよね。たいてい海・街・城壁で、周囲は全部森!(笑)」
「だよな~(笑)」
などと、今後の事への緊張をほぐすべく無駄な会話をしながら門まで歩いた。
木塀の門にも二人の槍を持た門番がおり、外側を警戒している。やはり、街門と違いそれなりに緊張感を持っているのが分かる。
多分、街門の警備よりこちら木塀門の警備の方が実力のある者が配置されているんだろう。
本当は、そのまま黙礼で通過するつもりだったが、門の畑側に吊ってあった直径1メートルほどの板が気になって尋ねた。
「うん?これか、これは魔獣が大挙して押し寄せたり、強いヤツが現れた時に叩いて街や周囲に知らせる銅鑼だよ」
「これ、銅鑼だったんですか。確かに言われてみれば」
俺のよく知る…って言ってもゲームやテレビでみたって意味だが、銅鑼とは微妙に違い、薄っぺらい板だったので言われるまで気づかなかった。
保安のために色々考えてるんだなー。身の危険が身近にある世界だからしょうがないか。
そんな納得顔の俺たちが、初心者だと丸わかりだったのか「はじめてか? 無理すんなよ。近くだったらここに逃げてこい」と言って送り出してくれた。
何か、「いい人が多いな」と、瞬に話しすと「貴族に会ってないからじゃないですかね」と瞬に言われ、その可能性は高いか、と思ってしまう。
なんとなく、貴族=やなヤツ、の図式が頭にこびりついている気がする。まあ、特に貴族に会う必要も無いし、会いたいとは思わないけど、元の世界に帰る為に会わねばなら無くなる可能性はあるか…会いたくは無いな。
「貴族ってアレですよね、『高貴な我らの役に立つ事に感謝して死ね』とか『平民なぞ黙っていても増える、適当に間引けば良い』とか言って平民をクズ虫のように扱うアレですよね」
…瞬的常識ではそーらしい。それに近いのはゲームでもあるけど…そこまでは見た事ない気がする。
おっと、いかん、もう『外』にいるんだ、門の側でも気を抜いちゃ駄目だ。パチンと両ほほを叩いて気合いを入れ直す。瞬の。
「なにすんですかぁー」
「外だぞ、気合いを入れろ」
俺たちはいつでも剣を抜けるように、位置を直したり、抜き差しを試しつつ、警戒しながら南東方面の草原を移動する。
木塀門を出ると、それまで石畳だった路面も砂粘土の道へと変わり、周囲は10センチ程の草がまばらに広がる草原地帯が川を挟んで続く。
その草原地帯も2キロほどで終わり、その先には林もしくは森が続き、その更に先には山岳地帯が現れる。特に北東の山岳地帯は高い山々が連なり、街北部の『海』の水の源流となっている。
西街道はそんな険しい北部から北西部に連なる険しい山々と、さほどでは無い南東部の山の間を縫うように伸びている。
これがゲームなら、1時間と掛からず山越えできるんだろうが、現実では2日や3日は掛かりそうだ、ここから見た目はね。(実際は知らない。地図も正確な縮尺書いてなかったし)
俺と瞬は、あらかじめ決めていた、俺が前、瞬が俺の右後方と言うフォーメーションを取る。
横に並ばないのは剣を振り回す際、当たらないように。同じく、瞬が右後方なのも右利きの瞬の剣が俺に当たらないように、と考えてだ。
俺は前方と左を確認。瞬は前方と右を確認しつつ通常の歩く速度より半分ほどの速度で歩く。
そして、一定以上歩くと立ち止まり、交互に交代しつつ周囲の植物を確認する。一人が足下を見ている間はもう一人は全周囲の警戒をする。
多分ここまでの警戒をしている冒険者はいないと思う。でも俺たちは初心者だ。警戒自体なれてない上に、植物の目利きもできてない。だから、とてもではないが移動しつつなど無理だと判断したの。
なれるまではこれで行く。死んだら、死んでしまうのだから。
辺りには草を踏む音、草が風でそよぐ音、そして二人の息づかいだけがしばらく流れた。
道に近い周囲に当然目的の薬草類がある訳も無く、そのまま30分以上蛇行しつつ南西へ向かって移動する。
そして、腰高の岩が点在する所に来た所で、瞬の声が上がる
「はじめさん、みぎぃ!」
声に反応して右を振り向くと、ほぼ俺の真横だった位置の30メートルほど先に角ウサギがいた。太った猫サイズに20センチ程のスパイラル状にねじれた角が額に1本付いていた。
そして俺が見ると同時に、こちらに向かって走り出す。速い。早いではなく速いだ。一回の後ろ足の蹴りで2メートルを跳ぶように移動する。
目の右端で瞬が楯を前に出し、短剣を抜いたのが写った。俺も一呼吸吸い込んでから抜剣する。
右から「逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ」とか早口の戯言が聞こえてくる。その戯言が聞こえると焦っていた気持ちが少し落ち着く。
そして俺に向かって来る角ウサギに、半身で構えつつ、後6メートル程という所で「壁」っと言うと、瞬が数瞬遅れてウサギの前に高さ60センチ程のゴーレム壁を作る。
その壁に角ウサギが突っ込んだ音を聞きつつ、壁を回り込むように走り込み、角が突き刺さって動きが一時的に止まった角ウサギの首を切る。
「周囲警戒」
それだけ言って、瞬に警戒をさせつつ、半端にしか切れずまだ蠢いていたヤツのクビを刎ねトドメを刺した。漫画のように一撃で首チョンパなんて無理。
その後、崩れた元土壁に半分埋もれた首はそのままに、ナイフで腹部を切り、内蔵を取り出し魔石のみ回収。肉は後ろ足を持ってぶら下げ、しばし血抜きをする。
その間俺が周囲の警戒に当たり、瞬にはゴーレムで穴を作製させ、首・内蔵を穴に埋めた。角ウサギの証明部位は角なのだが、今回は依頼ではないし、角ウサギは常時依頼にも入ってないので不要だ。
肉に関しては、屋台等で安い材料に常時需要がある為、常に協会で買い取ってくれる。ただ、価格的に1匹5ダリ程度とかさばる割に安い為、専門にする初心者以外は回収しない事が多いらいし。
俺たちは3匹までは持ち帰るつもりでいる。あと血抜きは本来、獲物を完全に殺さない状態でするらしいが、協会に持ち込まれる分は、協会内に『血抜きが出来る魔術具』なんてのが有るらしく、最低限の血抜きでOKとの事だった」
魔術万能だよ。これで若返りだの不老なんてのも有れば、元の世界より技術レベルは格段に高いと言える気がする。若返りとか不老って有るんかな?
一応、今の流れが俺たちの戦闘パターンの一つだ。対角ウサギ(1L)用である。1Lは一匹でロングレンジで発見の意味ね。
軽く血抜きの終わった角ウサギは俺のリュックへと放り込み、最初の警戒パターンでまた探索を開始する。
そして、角ウサギ遭遇現場から50メートルほど行った岩陰に、枝垂れ草を大量に発見する。セイレン草などと違い、余り採取されない植物なのだろう、俺は臭いなども確認し間違いないと判断し、5束分を採取した。
その後、小川に行き当たった時点で、セイレン草の自生が多い川沿いに沿って南へ移動する。そして、小川内に魔獣の鬼面ガニを発見した。
鬼面ガニは沢ガニを大きくしたような色合いで、背中の甲羅部分に鬼の顔のような紋様がある。川を中心にその周囲でよく見られる魔獣だ。
時折、小さい内に、街の用水路に有る鉄格子をくぐり抜けたヤツが、街中の用水路や用水池で成長し騒ぎを起こす事があるとの事。
このカニは、動きはさして早くは無いが、身体が足を入れずに横60センチも有ってデカイ。そして甲殻の外殻のため堅い。武器は両手の鋏。
向こうがこちらに気づいていなかった為、回り込んで回避するつもりだったが、川岸にセイレン草の自生地を見つけてしまった…アタックだ。
先ず瞬がゴーレム生成可能なエリアギリギリまで鬼面ガニへ近づき、サンドゴーレムを生成。そのゴーレムに反応してカニがゴーレムに襲いかかると、瞬はゴーレムを操作し、川岸へと誘導する。
そして、川岸でカニに抱きつくように動きを封じ、それを確認した俺は川へ駆け下り、カニの後ろに回り込み鬼面の右目部分に短剣を両手で逆手持ちして突き刺す。
3回目で、甲殻を破り中に刺さる。そのまま剣をグールグル内部で回し、内蔵を破壊する。念のため、鬼面左目部にも同様に突き刺しグールグルである。
そして、俺が十分カニから離れた時点で、ゴーレムを解除すると、カニは手足はピクピク動かしてはいたが、実質虫の息。カニって虫でよかったっけ?
カニはそのまま置いておいて、川岸のセイレン草を採取する。小さなモノを残し、それでも2束と少しが手に入った。よしよし。そのまま警戒は瞬に頼み、カニへと向かう。
カニはその時点で完全に死亡状態で、足のピクピクも無くなっていたが、用心の為に背中に空いた穴から剣を刺し、再度グールグルとかき回し、反応が無い事を確認してからひっくり返す。
かにの腹の口に当たる部分にナイフを刺し、一気にめくって開ける。バキッと音が出るまで開ききり、中を剣でかき回す事3分でなんとか魔石を発見。これ面倒だ。
「カニ肉どーします?」
顔が食欲魔神になっている瞬をみて、心は俺も同じだが、ぐっとこらえる。
「おまえが担いで行くなら良いぞ、後5時間ぐらいか」
「…あきらめます。…あ、一本だけ持ってって昼食べません?」
「担ぐか?」
「…はじめさんお願い」
「担げ」
「ぐぬぬぬぬぬ」
だから何だその、ぐぬぬぬぬってのは。まあ、あきらめたんなら良いか。
瞬はしばらくそのカニに執着していたが、何とかあきらめてくれた。ってか、あきらめさせた。
実際、この鬼面ガニは美味しいので有名で、ツメ・手を全て売れば30ダリ程にはなる。『魔獣のいななき亭』でも過去夕食に出た事があり、お変わりを求めた事があった。もちろん貰えなかったけどさ。
沼地に生息するモノは泥臭くてマズいらしいが、ここのように綺麗な水場に生息するモノはうまい。それだけに残念だ。
正直、一度これだけ持って帰って…とも考えたが、往復の時間を考えると、受領したクエストを満たせない可能性がある。クエスト失敗だ。
低レベル、しかも初回でクエスト失敗はマズい。『下水道のネズミ駆除』で上がった冒険者ランクも下がる可能性がある。(現在ランクX)
目先の食欲・お金に惑わされて、信用を失ったら元も子もない。何より今日の目的は、お金ではなく、実際に俺たちが通用するかの確認なのだから。
目的を忘れてはいけない。自分に言い聞かせつつ、瞬の身体にも言い聞かせる。理解するまで。
しかし、今の戦闘を振り返ってもやはり…
「糊粉草を見つけるぞ」
「付箋ですかぁ」
「ああ、今の戦闘でも、あいつの身体に『符』を貼り付けられれば簡単に終わってた。『雷撃符』なら一撃だろう」
「凍らすヤツでも良いんじゃ無いですか?」
「『冷凍符』か、アレでも良さそうだけど『雷撃符』の方がアレには効くだろ、…つー訳で、糊粉草を探してくれ」
はーいと軽い返事の瞬を見つつ考える、糊粉草が有れば事務用の付箋のように『符』を種類ごとに纏めて持て、使用する際上からはぎ取り、それを対象物に貼り付けると言う事が出来る。
接近戦闘では必須と言って良いほど、必要な要素だ。更に、現状、機能的に使用できない『雷撃符』も使用可能となる。この『符』は接触しているモノに電流を流すモノなので、他の『符』のように地面や壁面・木等に設置して…と言う方法を使用すると、その設置している物に電流の大半が逃げてしまい意味を成さない。
『冷凍符』も『雷撃符』程では無いが同じようなところが有る。
糊粉草でノリを作るのだ。神よ、われに付箋をあたえたまえ。
…………
…………
その後、俺たちは、同小川沿いでセイレン草を4束発見し、青葉草も3束発見した。
そして、3回の戦闘で、角ウサギ4匹、葛蛇1匹、鬼面ガニ1匹を問題なく倒す事に成功した。
後半は、瞬のMPを考え、余りゴーレムを多用しない方向でやったが、特に問題は無かった。MPは常に最低限半分は維持しないと、突発的な事が発生した時対処できない事になっては目も当てられないから、常に気をつけねば。
葛蛇は葛の葉状の模様がある、体長1メート有るかと言うちょっと大き目の蛇だ。この蛇は出血毒を持ち、噛まれると血が止まらなくなり、出血死してしまう。
その為、郊外へ出る者は必ずこの蛇用の解毒剤を所持しなくてはならない。
ちなみに、ゲームのように『解毒剤』ってのが一つ有って全てに効くなんてことは無い。回復系の魔術でも数種類有るとの事。
こいつは、飛びかかってきた所を、普通に剣でバッサリで終わった。落ち着いて、体勢さえ崩れていなければ全く問題ない。
この日の目的は糊粉草をのぞいて全て完了できた。やはり一番嬉しかったのは『俺たち二人はこのエリアで通用する』と言う事が分かった事だった。
ヴォルツさんに評価され、自分でもある程度は自信はあったが、それと同じぐらい不安も有った。そして、もし通用しなければそれは死を意味するのだから、心配するなと言っても無理ってのもだよ。
その分、喜びもひとしおだった。
ただ、残念な点が、糊粉草が手に入らなかった事。そして、『符』を全く使用できなかった事だ。
糊粉草は単に見つからなかっただけだし、元々セイレン草と植生がズレているので、見つからない確率がはなっから高かったから諦めは付いた。一応…
だが、『符』は使う期を見いだせなかったのが悔しい。瞬は「必要なかったですね~」と言っていたが、事実では有っても、それが全てだったわけでは無かったのだ。
ホント、瞬間的に使い所を見極める力を身に付けんとなー。まあ、付箋化すれば多少は使えるようにはなると思うが、それも使う期を見つけられなくてはおんなじだから…
喜びと、それ以上の反省の多い初めての外出となった。
その後、ソアラさんのホッと崩れる顔をみて、わずかな報酬と売却益をもらい宿へと帰った。
食道で飯を食い、娘ちゃんのプリプリ顔に癒やされつつ部屋に入ると一気に出た疲れで、その日は何も出来ずそのまま就寝となった。
肉体的にはともかく、精神的にはやはり相当気をはっていた為疲れていたようだ。
何はともあれ、二人ともケガも無く生きて帰れた。