11.はじめはレベルが上がった・・・納得いかん!
気が付けば、この世界に来て43日目となっていた。腕時計の日付から逆算して結構驚いた。そんなに経ってたんだな。
振りかえれば確かに色々やった。ドブ掃除とかドブ掃除とか下水のネズミ駆除とか下水のネズミ駆除とか……3K専門かよ!! 3K…KKKと書いてはいけない。
そして、俺たちは昨日でそんな『キツい・汚い・臭い』な職場から卒業したのだ。
そう、これからは、街中クエストでチマチマ稼ぐのでは無く、郊外で魔獣を相手取り何倍もの金を稼ぐのだ。
無論、危険は伴うだろう、移動距離も伸び肉体的にはキツいだろう、また、魔獣の血をドバドバ浴びて気持ち悪いかもしれない。しかし、収入は段違いなのだよ、ダンチ。
3Kなぞおさらばなのだよ、3Kなぞ……3K…あれ? Kが3っある気が…なぜだー。
…いや、考えれば、前職場は『給料安い』のKがもう一つあり、4Kだったのだ、それが今回は3K!確実な進歩といえるはずだ。…命の危険が有るけど。
命の危険、これは完全には対処できないんだよな。元の世界でも、道を歩けば車が突っ込んできたり、頭のイカレた男に滅多差しにされる危険はあるんだが、ここでは自分から危険に向かっていく事になる。
危険だと分かってるから、その対処として防具等で身を固め、情報を調べ、各種薬を持ち、自分の身に合った所を選ぶ。
それだけしても、元の世界の例の様に突発的・イレギュラー的な事はまま起こりうる訳で、絶対なんてことはこの世界にも有り得ない。
確率論的にも、冒険者協会のデータ的にも確実に危険度は高い…
実際、街中クエストだけで生活できないのか?と言われれば『出来る』と言える。ただし、食って生きるだけになるけどそれでいい?って話だ。
通常の街中クエストの報酬は8~10ダリが平均的で、『ドブ掃除』のような12ダリは珍しい。
そして、屋台飯一食1ダリ5ダグリ、以降面倒だから1.5ダリ表記にするけど、三食で4.5ダリ、10ダリだと残5.5ダリ。8ダリなら残3.5ダリ。
この世界って言うか、この街の宿で一番安い雑魚寝は5~7ダリ、10ダリの報酬が有ればギリで泊まれるが、8ダリなら一食削ってギリ。
この時点で、食って寝泊まり出来るだけ、になる。衣類も、薬も買えない。更に常にこの手の仕事はある訳では無いので、1日空けば宿は当然として、飯も食えない。
俺たちのように、厩を借りられれば良いが、アレはあくまで宿の好意で格安で貸してもらっているってだけで、貸してくれるとは限らない。まして長期などほぼ無理。
だから、街中クエストのみで生活できる者とは、最低自分の住む持ち家を所有していて、最低限の生活必需品も完備している者となる。
ただ、これも微妙なところで、家を所有していると税金が掛かるらしく、それなりの金額なので、その分を稼ぐ必要も出てくるとか…
何か、形式は違うらしいのだが、いわゆる固定資産税的な物と思ってくれ。ちなみに、俺たちも税金は払っていて、クエスト報酬から自動的に引かれているとの事。天引きってヤツ。
人頭税がど~たら、安保税がど~たらと冒険者登録時にソフィアさんから説明はされたけど、右から左にスルースルーですよ。
ま、色々言ったけど、ようは『街中クエストだけで生活するのは、実質無理』と言う事だ、俺たちには。
何より、もう厩は嫌ぁぁぁってこと 。一度良い生活をすると元の生活には戻りたくなくなるだよ。
だから、多少の命の危険より生活の安定を優先する事にした。
まあ、この決定には無意識に、俺はRPG、瞬は小説から来る非現実的な常識が影響を与えているのは分かっている。
それでも、この選択をしたもう一つの理由は、元の世界へ帰る方法を探す為には、外部に向かって行動せざるを得ないからって事だよ。
帰れるものなら帰りたいんだよ、俺も瞬も。調べて、調べて、それでも無理だったらこの世界に定住するしかないけどさ、帰れる手段があれば出来るだけの手を尽くして実行するよ。
今回の決定は、その最初の最初の一歩って事だ。
俺たちの『第一歩目』は冒険者協会に行く事だった。
普段通りの朝の日課を終えた後、俺は腕時計時間午前9時20分まで判子彫りをやった後、冒険者協会へと行った。時間帯的にもう冒険者はおらず、通常窓口もソアラさんの所のみ開き、残りの二カ所は閉まっていた。
昨日会えなかったソアラさんに、『下水道のネズミ駆除』の件を話し、その上で本日の用件を切り出した。
「レベル確認と書き換えをお願いします」
俺たちの頼みを聞いて、ソアラさんは軽く眉を動かした。眉と眉が近づく方に。
「低レベルで、魔獣討伐を行っていない冒険者のレベル確認はあまり推奨しませんよ、お金も無駄ですし」
彼女はそう言って、理由を続けた。
低レベル時は比較的レベルは上がりやすいが、戦闘能力の差異は大差ない。つまり実務上、そのレベル差は意味を成さない。
レベル3とレベル5もしくはレベル6ですら、こと戦闘に置いては大差ないと言う。
そして、肉体の各種能力値の上昇は、魔獣との戦闘時が一番上がりやすく、魔獣との戦闘経験の無い訓練のみの者では、レベルとしての上昇値も1~2程度なので、無駄である、と。
「えっと、ネズミは駄目ですか?」
「魔獣で有れば無条件に鍛えられるわけではありません、アレは『分類』上一応魔獣となっている小動物です。婦女子で無ければよほどの大群でも無ければ一般人でも問題ありません。実際危なくは無かったのでは?」
瞬の話は、バッサリと切られた。ま、アレはRPGならレベル零、経験値設定なし、って所だろう。
それ以前に瞬よ、経験値式レベルアップの固定観念がこびりついてるぞ。この世界はゲーム的経験値は存在しないからな。
各パラメーターを個別に訓練や実戦の中で鍛えて、その総量の目安がレベルという数字なだけだ。レベルが上がる→各パラメーターが上がると言う、ゲームと真逆の流れになるわけだからね。
ま、それはそれとして、俺たちにとっては、その意味を成さないレベル値が、わずかでも目安に使えるし、これまでの努力の結果を目視か出来る意味でも大いに意味がある。
「お話は理解してます、俺は、…ですが、俺たち二人は郊外クエストを目指す事にしたんです。ですから、それに当たって、わずかでもデータがほしいわけです。魔獣や地形と言った対象のデータはもちろん、自分自身のデータも。彼を知り己を知れば百戦殆からずってヤツです」
無言で聞いていたソアラさんはゆっくり頷き、分かりました、それならば、と測定魔術版を準備し始めた。
「ところで、なんとなくは分かるのですが、彼を知り己を知れば百戦殆からずって何ですか?」
…しまった、言葉も文字もほぼ同じなんで無意識で使ってしまった。
「私たちの国…の隣の国から伝わった諺で、相手の事、自分の事をよく知っておけば、100回戦っても負ける事は無い、って意味です」
「なるほど、…勝てるではなく、負けない、なのですね」
おおっ、ちゃんとこの諺(格言?)の本質を理解してくれてるよ。この人。冒険者協会の職員て結構レベル高いんか?
準備を行っているソアラさんを見ていると、横から瞬が脇腹をツンツンしてきた。
「あのぉ、勝てるではないとかって、何ですか?違いがあるんですか?」
…おい、中学三年生、今年受験だったんだろう、それで大丈夫か? 心配になったので、簡単に説明しておいた。
「僕、たしか100回やっても勝てるって習った気がするんですけど…」
まあ、おバカな教師なんて、ごまんといるからな…俺の小学校時代の担任も、温度計の温度を下げようと団扇で扇いでたし…
歴史で、南京大虐殺の時に、例の映画のワンシーンを撮った写真を証拠写真だと言ってわざわざパネルにして持ってきて見せたヤツもいたし。
……
そして、俺たちはそれぞれレベル測定を行い、冒険者標章の書き換えも行ってもらった。
「……納得いかん、理由は分かるが、それは置いておいて、やっぱ、納得いかん!!!、なんでおまえの方がレベルが上なんだよ!!」
「ふぁっふぁっふぁっふぁー、ついに来ました下克上! 本能寺ですよ、僕の時代来たーー!」
本能寺っておまぁ、三日天下で良いんかい。
えっとね、俺のレベルが7、瞬のレベルが9だったんだよ……
俺自身3→7と思っていたよりレベルが上がっていて嬉しかったんだが、瞬に至っては1→9だからね。ビックリ、そして、感情的に「納得いかぁん」なわけだ。
瞬のレベルが高かったのはたぶん、RPGで言うところのMPと魔力の値が上がっていた為だと思う。なんせ、ウッドゴーレムまで行って、確実に魔力量が増えてるの実感できてたし。
だから、理解は出来るのだ。理解は。しかし、感情は当然別なわけで…「納得いかぁん」と叫ぶしかないわけだ。
終いには、どや顔しながら俺の周りをスキップして回り始めたので、顔面にアイアンクローを掛けてやる。握力はこちらに来る前の段階で両方とも82は有った。
「いだい、いだいですぅ、やめでくだざい、ごめんなはい、ごめんなはいぃぃ」
のたうっている瞬を見ながら、ソアラさんに「カルマ値上がると思います?」と尋ねると「全く問題ないと思います」と笑顔で宣言されたので、1分ほど続けてから放してやった。
「ひどいですよぉ、暴力はいけないとおもいますぅ」
何か言ってるヤツは無視して、ソアラさんにこのレベルと、現在の装備で郊外は対応できるのか、と言う事を聞いてみた。これが今日の一番の本題だった。
「先ほども言いましたが、レベルはあくまでも目安に過ぎません、ただあくまで参考ですが、ゴーレムと『符』が多少なりとも使用できれば、近郊では鮮血ムカデ以外なら油断しなければ大丈夫かもしれません」
あのムカデはともかく他は大丈夫そうか、うん、少し安心した。
「…お二人は、一度模擬戦闘をして、他の方に評価してもら事を進めます」
「おおぉ、ギルドの教官に戦闘力を見てもらって、『おまえはまだダンジョンは許可できん』とか言われるアレだぁー」
うずくまってたあやつがやおらスックと立ち上がって、またなんか言い出した。
「ぎるど? だんじょん? 何のことでしょう?」
「あ、いえ、気にしないでください、いつものヤツですから。えっと、協会に武術指導してくれる教官のような方がいるんですか?」
「いえ、ここの支部にはいません。各国の本部にはいますが、支部には多分どこにもいないと思います。先ほど言ったのは、熟練の冒険者の方に依頼を出して、模擬戦闘をしてもらうと言う事です」
依頼か…お金が掛かるな…今そんなに余裕無いんだよな。宿代だけでも10日で300ダリかかる。まあ、既に5日分は払っているけど、それまでに収入の予定が無いと無理は出来ない。
「依頼料ってどれ位掛かりますか? 相手の技量でかなり変わってくるとは思いますが…」
「そうですね、技量を正確に計ってもらうにはある程度力のある者に頼む必要があります。今回は最低レベル20からレベル30まででしょうか。となると、実質一日拘束する代金となりますから、300から500ダリと言ったところが最低ラインでしょう」
「え、300から500ダリですか? と言うか、なんで一日も掛けるんです? 訓練ならともかく、力量を見てもらうなら短時間で十分だと思うですけど」
俺が思いっきり窓口にかぶり付くようにして言う横で、瞬も同じように思ったのか、「おかしぃーですよ」とか言ってる。
「お二人も『ドブ掃除』等でお分かりと思いますが、依頼には時間が掛かります。つまり、午前中の一部を何かに使用すれば、それ以降は新たなクエストが時間的に受けられない事が多いのです。特に、ある程度の距離にある所へ向かう場合は、往復だけでそれなりの時間を要しますからね」
ゆえの、一日分と言う事か…初日それでクエスト受けられない所だったからな…なるほどだ。そう納得していると、横に瞬がかぶり付いてきた。
「じゃぁ、じゃぁ、雨の日はぁ?」
「雨の日限定と言っても、いつ雨が降るのかと言う問題と、雨の降る中で模擬訓練をやるもしくは、やらせるのですか?本来の目的が果たせるとは思えませんし、受ける方もいませんよ」
俺は、さもありなん状態で聞いていたが、瞬は「ぐぬぬぬぬ」と意味の分からない声を出していた。何それ。
「そうですか、教えてくださって、ありがとうございます。でも、先が見えない現状でその金額は無理です。後は用心深く木塀側で、角ウサギ当たりを見つけて、実際に試す以外なさそうです」
「分かりました、言うまでも無いですが、十分注意してください。間違っても南西方面に行ってはいけませんよ。鮮血ムカデの目撃例が一番多い地区ですから」
ソアラさんはあまり表情を大きく変えない。でも、ホントに心配しているのは良く分かった。だから、二人で礼を言って会館を後にした。
「俺はこの後予定通り紙すきをするけど、瞬はどうする?」
「うーん、…図書室行って、魔獣カタログ覚える事にします。で、知恵熱出てきたら帰ってゴーレムの訓練ですかね」
「分かった」
そう言って俺たちは別れた。
そして、おれはその日、徹底的に紙すきをし、その日だけで81枚を作った。途中からは干す場所が無くなり、帰ってきた瞬に、おばちゃんから分けてもらった薪で干し台をもう一つ作らせて処理した。
あ、念のためだけど、『分けてもらった薪』と言うのは買ってと言う意味だから。前回ののもね。この世界只なんて、そうそう無いんだよ。
桶の中の材料が無くなったのが丁度良い夕食時間帯だったので、飯を食いに食堂へと行った。
常客の半数は帰っているようで、食堂は8割方埋まっていたので空きを探していると、奥の方でヴォルツさんとシルビアさんが手招きしていたので同席させてもらう。
「よ、相変わらず紙作ってんのか?」
ヴォルツさんは相変わらず軽い感じで話しやすい。
「はい、やっと今日纏めて時間が取れたんで、一気に作りました」
「しっかし、大変だな(笑)」「ま、しょうがないって事で」「ま、がんばんな」なんて軽く答えつつ、シルビアさんとは黙礼を交わす。
オーダーを取りにこちらに来ようとした娘ちゃんに「定食×2」で、と注文しする。この『定食』はいわゆる『日替わり定食』で、その日ごとに違うメニューを作ってくれる。
娘ちゃん経由の話だが、どうやら、おっちゃんが毎日市場で食材を買っていて、その時見つけた良い素材をベースにメニューを考えているらしい。そのせいか、いつも無茶ウマである。
だから、『定食』で失敗は絶対無い。まあ、俺は好き嫌いが無いからいえる事なんだがね。瞬は魚が駄目(食えるけど骨取りがめんどい)なので、他の席を見て魚が定食の時は別にしている。
そして、食事をしながらつらつらと今日の事を互いに話していたのだが、模擬戦闘の所で、急にヴォルツさんが、「おれが確認してやろうか」と言いだした。
「べつに、街近くの雑魚とやれるかの確認だろー、そんなら、この後見てやるよ」
「え、良いにですか?ってか、あんまり金払えないんですけど」
「金ぇ?べつに…んー、そうだな、只ってのも良くねーし30ダリにしとくか」
お願いします、と声が出かける前に、念のためにシルビアさんを見ると、小さくうなずいてくれたので、「お願いします」と言って頼んだ。
この二人、夫婦ではないが恋人同士では有るらしい(羨ましい&ねたましい)、で実際のお金の管理をしているのはシルビアさんで、色んな決定権は彼女にある。
まあ、夫婦とか恋人同士ってこんなモンだよな。俺だって…ああ、今どーしてるかな…
その後、俺たちが食い終わるのを待ってくれて、井戸側に有る広いスーペースへと移動した。
そして、昼間紙干し台ように分けてもらった薪の余りを使って、瞬にウッドゴーレムで木剣を作ってもらった。
「便利ね、ちょっとしたモノは簡単に作れそうね。強度の問題があるんだったわね、でも色々出来そう」
シルビアさんも魔法職らしく、興味があるのか瞬に色々突っ込んで聞いていた。
「はじめさん、それ、強度はそこそこ有るはずなんで大丈夫ですよ。成形する時、縦の繊維を崩さないように延ばしましたから、グチャッってしたヤツとは違って強いはずです」
さすがに、レベル9、言う事が専門的だ、何か腹立つ。
俺はその木剣(短剣)を持ち、ヴォルツさんの所へと行った。ヴォルツは自分のヤリから穂先を外し、棍の状態にして待っていた。
3メートルほど離れて対峙し、「お願いします」と一礼後かまえる。俺は剣など全く使った事は無い。遊びでチャンバラ剣を子供の頃振り回しただけだ。 体育の授業でも柔道の方を選択したので、剣道もやってない。
だから、構えなども漫画や映画をイメージして構えた。某格闘漫画における剣の師匠の指導シーンを参考に、右半身に構え、左手は後方。これで腰を落とせばフェンシングっぽいな、なんて考えてしまう。
ヴォルツを見て、これからどーすべ、と戸惑っていると、「そっちから来い、見てやる」とヴォルツさん左手を槍(今は棍)から放し、クイックイッと『来いやーオラー』ですよ。
考えてもしようが無いので、意識を手足と目に集中して、胸の中心に突きを放つ。
さっきフェンシング云々考えていたせいか、半身のまま左足を引きつけ、それを軸に前に踏み込む形になった。途中から剣は前に完全に突きだしたままでだ。
そんな俺の剣はヴォルツさんの胸40センチ程の所で、槍で軽く左にそらされた。そしてそのまま剣を弾いた勢いのまま延ばされた槍が喉へと延ばされる。
手加減の為、目で追えていたので、踏み込んだ右足を踏ん張りつつけり足で後ろに残っていた左足を左前に引き出し、バランスを取りもとしつつ、身体ごと捻って槍を躱す。
槍がクビの右横を通過した時点で先ほど崩したバランスはある程度回復していたので、引き寄せた左足を踏ん張り、流された状態の剣を延ばされた槍側面当てに行く。
しかし、これを一瞬で槍を引き戻し空振りさせられる。今度は右に身体が流され、身体の全面がヴォルツに向く。
やばい、思って身体を捻って躱そうとしたが、流れる方向のベクトルが邪魔してうまく避けられず、胸の中心を突かれて『死亡』だった。
多分5~6秒ほどで終わってしまったと思う。瞬殺だ…考える暇も無く、最初に自分で作った流れのまま振り回されて終わった。なーむー。
「ほら、もう一っちょ来い」
ヴォルツの声につられて、俺は再度飛び込んでいく。今度は上段から。
………
………
10分ほどの間に、10回ほど『刺し殺され』、7回ほど地面に叩き突けら『踏み殺され』た。
槍だけで無く、体術も使ってきて、蹴るは殴るは捕まえて投げるは…接近戦で槍を封じようとしたら、槍の横面で思いっきり吹っ飛ばされ、そこに追撃の雨あられ…
手加減してるのは分かるんだけど、その上で容赦なく手足も飛んでくる。
見よう見まねの鉄山靠を放つが当然びくともせず、バランスを崩した所に蹴りを喰らってゴーロゴロ。
一度だけ、油断してくれていたヴォルツさんの後方に回れた際、ジャーマン・スープレックスを掛けようとしたが、後ろ蹴りを右足首に喰らい、左側面から万歳状態で地面に激突…
30秒ほど痛みにのたうって、ゴーロゴロ。
最後まで一撃どころか、かすらせる事すら出来なかった。…こ、これは駄目かもしんない……
俺が、地面でへばってると、ヴォルツさんは元気なままで、離れてみていた瞬を見る。瞬がビクッと震えたのが分かった。
「よ~し、次はちび助だ。ほらこっちだ…早よこい!!」
「は、はいぃぃ!」
しばらく動かなかったが、ヴォルツさんから大きな声を出されると直立不動を撮りつつ、ギックシャックと歩いてきた。
俺は、剣を渡してやりつつ、小声で「初っぱな足下をゴーレムで固めてやれ、それ以降は壁、穴もつかえ」と言ってやると、驚いた顔のまま、コクコクと二回うなずいた。
そして二人は対峙する。
俺は足を引きずるように待避。シルビアさんが半笑いで「お疲れ様」と言って来た。うーむ、情けない。
「おらぁ、早よ掛かってこんか、じゃないとこっちから行くぞ!」
瞬はヴォルツさんの声で覚悟を決め、剣を握りしめ…ダッシュ、左側から回り込むように近づき、剣を振り上げる。
ここでヴォルツさんは余裕を持って、右足を右に開き、回り込む瞬に体を向けようとしたが、動きが止まる。
表情が固まるヴォルツさんの右肩を後方から切りつける瞬、しかし、ヴォルツさんさんは、腰を捻り槍でその剣を受け止めた。
そして、拘束を解かれた足を十分に使い、瞬をはじき飛ばす。
………
………
瞬は幾度となくゴーレムを使いつつアタックを掛けたが、その殆どは回避・蹴り破り・突き破りで対処された。
特に穴は、目線で気付かれ、初回から回避された。壁は二回目までは通用したが、三回目以降は崩壊する壁を足で蹴り破り突っ込まれたり、それを前提に剣で構えていれば、槍が土壁を突き破って目の前…
瞬なりに工夫はしていたが、あっちにコロコロ、こっちにコロコロと転げ回されて10分ほどの模擬戦は終わった。
そして、ヴォルツさんから呼ばれ、へばっている瞬の元に行くと、「じゃー先ずちび助から…」とヴォルツさんからの評価が伝えられようとしている所に、第四の刺客が現れた。
「また、穴だらけー、もう、バカバカバカバカバカバカァーーーー!!」
娘ちゃんのお玉アタックが、三人の頭に連続ヒットした。その後平謝りした後、三人で綺麗に埋め戻しました。反省。ヴォルツさんごめんなさい。
シルビアさんは終始笑って、手伝ってくれなかった…
で、一通り落ち着いてから再度仕切り直しての評価である。
「あー、ごっほん、先ずちび助だが、剣技や身体能力はまあ、ギリギリって所か。落ち着いてやれば一対一なら角ウサギなら問題ねーだろう。ゴーレムについちゃあ、結構良い感じだったな。ただ、直ぐ崩壊するんじゃ応用がしずれえな。まあ、後は考え方、使い方しだいだな」
「で、はじめだが、おまえは目は良いな、身体の反応もまだまだだが悪くは無い。だが、根本的に剣の使い方がなってねえ。体術も使う時と入りが出来てねー、だが、まあ、角ウサギ三匹ぐらいならいけるだろう。あと一応『符』もあんだろう?後はそれしだいだな」
……ま、マジですか?ボロックソやられて、ボロックソ言われた気がするけど、角ウサギ三匹いけますか…
「えっと、マジですか?」
「うん? まー俺りゃー武術の師範代って訳でも無いから正確じゃねーがな、ムカデさえ気をつければ問題ないのは間違げーねーよ」
…おおおっ、瞬と顔を合わせ、二人で手を取り合い喜びを分かち合った。しばし、はしゃいでいて、ふっと我に返ると、『マイムマイム』になってたよ。二人マイムマイム…
一応、シルビアさんにも聞くと、「ヴォルツの評価で間違いないと思うわよ。まあ、油断すればいちころだけどね」としっかりと釘を刺しつつ認めてくれた。
その後、細かな点を聞き、アドバイスを受けてから、30ダリを支払い、再度礼を言ってから別れた。
なんとなく、二人でニヤニヤしつつ部屋まで戻り、俺は判子作りをしつつ、明日からの事を二人で話し合った。
そして、明日一日だけ準備に使用し、明後日から郊外向けの簡単な採取クエストを受ける事にした。




