四号さん
ほのぼのとしたお話。
四号室にまた新しい人が這入った。越してきてすぐ、お隣のドアをノックし、一階の人に挨拶して廻っている。私にも挨拶代りにと新品のタオルをくれた。今時あまりいない律義な人だなと思っていたが、彼はご近所さんと毎日挨拶を交わすし、毎朝一階の玄関前の掃除をする。自分の部屋の前だけではないのである。頼まれもしないのに夏になると毎週アパートの周りの草取りもやる。彼だけにやらせるのは隣人として申し訳がないから、怠け者を自称する私も手伝うようになった。実際にやってみると、草を取った後の裏庭は見違えるようにすっきりとしたいい眺めになるので、彼が毎週これをやる気持ちが判るような気がした。その時はまだ一面識程度の馴染みだったが、私はある時から彼を「四号さん」と密かに呼ぶようになっていた。
ある晩近所の居酒屋のカウンターで飲んでいたら、四号さんが店に這入ってきた。私の姿を見つけると隣に坐った。
話を聞くと、彼は菅原さんと言う名で、精神障害者ながら、市役所の臨時職員をしているという。障害年金を貰ってかつては奥さんと共働きで暮らしていた。三歳になる一人娘がいたらしい。三園平のアパートにいたと言うが、よくよく話を聞いてみると、彼はうつむいて言うのである。昨年妻と娘を交通事故で亡くしたんです。何でも奥さんが車に娘を乗せて交差点で信号待ちしているところを、居眠り運転の大型トレーラーに突っ込まれたのだそうで、病院へ運ばれたけれどその時には手の施しようがなかったという。ご愁傷様を言ったが、喪が明けたのち、身辺を整理してここに越してきた。三園平のアパートにひとりっきり坐っていると、消え入りそうな気持ちになるんです、と涙ながらに語るので、人生の先は長いんだから、きっといいことがあるよと慰めた。
以来、四号さんとは度々居酒屋で飲むようになった。いつまでも「四号さん」では悪いから、何て呼ぼうかと言う話になり、彼のことを「菅ちゃん」と呼んでみたが、私は苗字を「杉野」といい、みんなに冗談半分ながら「杉ちゃん」と呼ばれているので、「菅ちゃん」と「杉ちゃん」では紛らわしい。するとママが「四号さん」っていいね、と言うし、四号さんもそれがいいというので、結局飲み仲間の間で「四号さん」という綽名が定着してしまった。四号さんは年金暮らしだから収入があまりない。けれどお酒は好きであるし強い。七月の始めのある晩のこと、誕生日だけれど祝ってくれる人がいないというから、一度どんどん飲めと言って思いっきり奢ってやったことがあった。それでも遠慮しているから、誕生日ぐらい遠慮するなと言ってやった。すると誕生日のことを聞きつけたママが、何故それを早く言わないと言って、今日に限って四号さんの酒代はタダだと言い、とにかく飲ませた(ママはこういう太っ腹のところがある)。ところが幾ら飲ませてもけろっとしている。生ビールをジョッキ何杯飲んだかみんなで数えていたのだが、その内に周りの者が酔っ払って、判らなくなってしまった。ママが数えているかと思ったら、数えていないという。四号さんはすっかり恐縮して、申し訳ないからと五千円札を置いて帰った。その晩彼の財布にはそれしかなかったのである。これでは彼があまりに気の毒だと思い、私も彼のために三千円、誕生日会の会費だと言って彼の帰った後でママに渡した。つねづね四号さんのお酒の控え目なわけがこれで判った。お酒をこよなく愛しているといえども、年金暮らしの彼が毎日こんなに飲んでいたら、一週間と持たずに破産してしまう。
ある時、四号さんから好きな人が出来たと打ち明けられた。同じ職場の日比野みどりさんといううら若い職員さんを好きになったという。可愛いのかと訊いたら、可愛いですと言う。目線が合うと必ずほほ笑みかけられるんです。思いすごしだと思いますが、彼女はもてそうに見えるのでとても心配ですと言うので、もしかしたら脈ありかも知れない。悪いことは言わないから、食事に誘いなさいと言ってやった。いや、それは出来ない。何故? だってバツイチだから。バツイチって、奥さんに死なれただけじゃないか。それでもバツイチはバツイチです。じゃあ訊くがバツイチが恋愛しちゃいけない法律でもあるのか。いや、それはないですけど。なら、食事に誘ってみなさい。
後日談で申し訳ないが、その食事デートがうまくいったらしく、交際は順調だったようで、とんとん拍子に話は進み四号さんは再婚する事になった。一度この居酒屋にもご挨拶に連れてきたが、女優の相武紗季さんに似た美人であった。式は挙げずに入籍だけする、というから披露宴をみんなでやろうということになった。会場は近所の「いのじや」という小料理屋である。親しい者ばかりが集まって、心のこもったいい披露宴であった。長嶋さんという彼の上司が間に立ち、指輪の交換をした。四号さんは感極まって泣いてしまったが、みどりさんのそっと寄り添う姿が印象的だった。
アパートは一人暮らし用だから、結婚生活は無理。それで四号さんは若の宮町に新居を見つけて引っ越すことになった。
引越祝いをやることになったが、引越祝いと言っても若の宮町は近所だから飲み仲間であることは今後も同じである。飲み代は仲間が肩代わりすることで話が通っていたが、こんな時だからこそといって四号さんは自分の飲み代は自分で払い、披露宴の時のお返しのしるしに小さなお菓子の詰め合わせを個々に配り、飲み仲間のカラオケ代まで彼が持った。仲間たちは最初遠慮していたが、お返しに彼のカラオケ代を飲み仲間みんなでもってやることに話が決まってから、宴は大いに盛り上がって、結局最後は長渕剛の「乾杯」をみんなで肩を組んで歌ったりした。




