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僕は今日も、鍵で扉を開ける。  作者: ささかま。
第3章 彼女は扉も鍵も知っているが、その先を知らない。
99/99

97、危険走行と吹雪

お題:左の本 制限時間:1時間(http://sokkyo-shosetsu.com/novel.php?id=243855)を加筆修正したものです。

 心で決意を惑わせてはいけない。



 ※


「灰子さん!いくつか質問したいんですが!!」

「なーに!?なるべく大きな声で喋ってね!!」


 タチバナの叫びに私も叫んで応対した。例年の冬はあまり雪が降らない地域なので除雪装置も完備していない。そんな道路を乗り慣れないバイクで走行するのに結構な神経を要する。それに、寒さで手が悴んでしまうのもあって、運転は安定しなかった。


「霊安室から出た後、私がお手洗いに行っている短時間の間にどうやってその服と白衣、それとバイクを調達したんですか?!」


 今の私は薄緑色の手術着の上に白衣を羽織っていた。冬の服装としては心許なかったが、もともと着ていた入院着よりはまだましだ。それに今はタチバナが腰につかまっているし、それで少しは寒さが緩和されている。

 あの変態医者が奇妙な追跡魔法を、あろうことに私の入院着の内側に付けていたということにはとっくに気付いていたし、そんなものをずっと身に着けていられるほど私は心が広いわけでも、バカでもない。入院着自体は、病院の女子トイレに流してしまったので素直に追跡魔法に従ったらもしかしたら下水処理場に行き着くかもしれない。まあ、彼らはいくらなんでもそこまでバカではないだろうが。

 願わくは、メガネと髪留めが欲しいところだったけれど流石にそこまでは用意できなかった。メガネはもともと伊達だったし問題はないのだけれど、やはり普段身に着けているものがないという状況は違和感でしかない。落ち着かないと言えばいいのだろうか。


「ちょっとイケメンのお医者さんを口説いてね!バイクもその人から鍵を拝借したってわけよ!」


 ちなみに“口説く”と書いて“昏倒させる”と読む。

 何かを察したらしいタチバナは妙な呻き声を出して、苦々しく返す。


「……なんか、今灰子さんを【見たら】後悔しそうなので、【見】ないでおきます」

「それが賢明ね!」


 迂闊にカーブしようとするととんでもなくタイヤが滑った。

 さっきは“乗り慣れないバイク”と言ったけれど“乗ったことがないけど乗り方は【知っている】バイク”と言った方が正しい。

 おまけにノーヘル運転なので雪がすごい勢いで目に入る。なるべく魔法で防いではいるけれど、バイク運転しながら魔法を使うというのもなかなか厳しいものがある。


「あと、もうひとつ良いですか!」

「うーん?何?今のうちに言っときなさい!!」

「結局、灰子さんは刺されていなかったということなんですよね!?だとしたら、私は一体何を見たんでしょうか!?何を【見た】んでしょうか!?」


 タチバナは私の腰に腕を回していた。そのおかげで少しは温かい。やはり、暖房器具の温かさよりもこういう人肌の方が良い。


「言ってしまうとね、タチバナちゃんが未熟だったってことなのよ!」


 雪の妙な盛り上がりがあって、慌ててハンドルを切る。続けて信号が赤くなったので、停止線手前でギリギリ停車した。バイクに限らず、運転は昔からあまり得意ではない。あの温厚な弟も“姉さんの車には死んでも乗りたくない”と強く主張するほどである。


「あの日、きみは私が――――に刺されたのを【見た】んじゃない。見せられたが正解ね」

「え?」

「――――は、……鍵屋は、たぶん認識阻害かもしくは幻覚の作用を魔法で施していた。きみの【見る】力は、能力としては一流のもの。けれど、魔女として一流とは到底言えない。きみは、あの男を【見抜く】ことができなかった」


 こんなことを言って、この子は怒るだろうか。チラと後ろを振り返ったが、タチバナの表情はどこか思案するような様子だった。


「ということは、先輩が灰子さんを刺したというわけではない?」

「そういうことになるわ」


 信号が青に変わり、再び私はバイクを飛ばす。


「“これで少しは時間稼ぎになると思うから”か……」

「灰子さん?!何か言いました!?」

「何でもない!ちょっと思い出したことがあったから!それより急ぐからしっかり捕まって!」

「分かりました!」


 走りながら冷たい風に当たることで、不透明だった意識が段々クリアになってくる。

 青司や斎藤たちといたときにはまだはっきりと思考できていなかったことがここで一気に頭の中を回った。


 鍵屋と最後に対峙した時のことを思い出す。

 倉庫が爆発し、私は倒れた。朦朧とする意識の中で私は、自分の白衣が血に塗れていたのを確かに見たのだ。爆発の衝撃を殺し切れずに怪我をしたというのもあるけれど、白衣が真っ赤に染まるほどの出血ではなかったはずなのだ。ただ、鮮烈な赤が脳裏に焼き付いて、その中で彼と言葉を交わした。それは覚えている。その詳細がおぼろげだったのだ。


 “傷一つなく、滑らかで白い肌はまるで芸術のようで!”


 これは斎藤の言。私を検死した時の感想を無駄に熱を込めて語った時の言葉。

 私は確かに血まみれだった。でも私の体に傷はなかった。ならば、考えられるのは一つ。私の白衣を濡らしたのは、鍵屋の血であったということである。そして、そこから私は冷静に自分の記憶を辿る。反芻する。



 “これで少しは時間稼ぎになると思うから……”


 これはあの男の言。あの男が横たわる私の目の前で、自分自身の腹を刺して言った言葉だ。

 彼の血に塗れ、彼の言葉を聞いた私は、そしてあの湖の底のような自分の意識を彷徨うことになった。

 だからこそ、私は確かめなければならなかった。


 目的地は、彼の、鍵屋の事務所である。



 ※



 そこはとある廃墟のようなマンションだった。あくまで廃墟のようであるだけで廃墟ではない。

 集合ポストの名札はほとんどがはがれかかっていたり、そもそもついていなかったりでどこに誰が住んでいるんだか判然としなかった。


「灰子さん、こっちです」


 ところどころ欠けているコンクリート製の階段をタチバナが先頭に立って昇っていく。上に昇るにつれて空気が更に冷たくなっていくような気味の悪さを感じていた。タチバナのブーツの音がコツコツと響いて、止まった。扉はここ数か月の雪、いやそれどころか日々雨風にさらされていたようでとんでもなく古ぼけていた。タチバナは扉のドアノブをノックをせずに捻る。


「開かないですね」

「うん、でしょうね」


 中から人の気配は全くしなかった。扉についた郵便受けには恐らく数か月分と思われる新聞が詰め込まれていて、新聞配達屋の執念がうかがえた。


「事務所の中、【見て】みますか?」

「うーん?たぶん【見え】ないと思うよ。どれどれ……」


 私は履いていたスニーカーで扉を二回軽く小突いた。一瞬だけ扉に模様が光って浮かび、すぐに消える。


「灰子さん、今のって魔方陣ですか?」

「ご名答。これは厄介ね。どれだけ重ね掛けしているんだか。まともに解いていたら、何年かかるか分からないね」

「じゃあ、どうしたら?」

「今回みたいな場合は、扉にかかった鍵を律儀に開けようとしちゃダメ。壊せばいいのよ。できれば青司みたいな魔法使いがいれば早いんだけど……」

「え?壊すって!?マンションの、あの管理人さんとか」

「そんなの後で説明しとけばいいのよ」


 扉の前で私は手を二回ほど打つ。雪が風の力を借りて急速に回転して、ビューっと音が響く。

 そこに解呪を含む様々な魔法を調合していく。さっきの魔方陣を見た感じでフィーリングで混ぜ込んでいく。


「説明ってどうやって!?」

「“マンションで爆破事件が起きました”ってね!!」


 もう一度、手を合図代わりに打つと、つむじ風と一緒に雪がものすごい勢いで扉に突っ込んでいった。しゃがみ込んだ私とタチバナは頭上で扉の破砕音を聞いた。


「あ……あ……」


 扉は開いた。タチバナは声にならない声を上げて金魚のように口をパクパクさせていた。


 ※


 案外、呆気なく入ってしまった彼の事務所は家主はおらず、その様相も呆気なかった。

 生活に必要最低限のものに加えてソファと事務机があり、それ以外は入ってすぐ左の本棚と右に山積みになっている本が目に入る。

 私の倉庫も本がたくさんあったけれど、きっちり整理していたつもりだ。それに比べてここは煩雑としすぎている。


「ここっていつもこんな感じなの?」

「はい。私がたまにお邪魔するときと変わりません」


 この本の山から私は探したいものがある。ここで引くわけにはいかない。

 山積みの本の他には、買い置きらしいカップラーメンだとか電子レンジなどの家電が置いてあった。しかし、不思議と生活感を感じられない。無機質というか空虚というか、うすら寒さを感じる部屋だ。埃の積り具合から見るに、ここの家主はもう随分と部屋を空けているようだ。部屋に帰っていないのだ。


「先輩、帰ってきてないんですね」

「そうみたい」


 タチバナは私が眠っている間に随分と鋭くなったらしい。どこか鋭敏で冷静で、以前のどこか抜けている様子は鳴りを潜めている。

 事務机周りを見ているとタチバナがさらに声をかけてくる。


「でも、私たちがここに来たのにはちゃんと理由があるんですよね?」

「ん?まあ、そうね」


 そういえば、連れてくるだけ連れてきておいて、何の説明もしていない。主な目的は探し物なのだけれど、その上でタチバナちゃんの協力もあると事はスムーズに進む。

 その上で、きちんと確認しておかなければならないことを私はタチバナに尋ねた。


「ねえ、タチバナちゃん」

「何ですか?」

「きみは、鍵屋を救いたいんだよね?」

「そうです。私は先輩を救いたいです」

「……そう」


 この場でこうして確認することで、私の心も決まった。


 私が救いたいものとタチバナが救いたいもの。

 その二つは似ているようで、違っていた。



 ※


 決意を心で満たすことはできない。

 


 


 fin.

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