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僕は今日も、鍵で扉を開ける。  作者: ささかま。
第3章 彼女は扉も鍵も知っているが、その先を知らない。
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96、消火器と空っぽ

 赤い器の中に白い粉を入れた。



 ※



 良い歳した成人男性二人と年齢不詳のウサギの着ぐるみがじゃんけんをするというシュールな情景を展開した結果、俺と斎藤は姉さんたちの捜索、ウサギは病室で留守番することとなった。

 ウサギに関して言えば外に出るには認識阻害やらなんやらの魔法をかけなければならないので、じゃんけんの結果はなかなかいい方向に転んだかもしれない。ハインリヒも今はウサギと一緒にいる。


「それにしても、あの自己紹介はどうしたんだ?」

「おや~?何のことですか、白崎のお兄さん?」


 隣を歩く少し背の低い細身の男を見下ろしながら、俺は問いかけた。弾むように歩くその背格好は胡散臭さが酷い。


「俺は事実を言ったまでですよ。私、当病院の院長の息子≪ということに魔法でなっていて、もう実質、院長みたいな立場にいる≫、斎藤修介と申します。ここにいるお嬢さん、支倉奏さんの元彼です≪が、これは任務で彼女の祖母であり何でも【視る】魔女である瀬戸さんとお近づきになるためでした≫。いやあ、奏は素敵でかわいい子なんですけどね、彼女の料理がまずくて別れまして≪結局、瀬戸さんとお近づきになるのは失敗しちゃったんですがね。≫……奏の祖母で、何でも、予知の力を持つ魔女らしいんですがね」

「知っている。大方、支部から調査命令が出ていたんだろう、お茶会諜報部所属、傀儡の魔法使い殿?嘘を吐くのと本当のことを言わないのとじゃ、違う。どちらがより凶悪かよく考えた方が良い」


 弾む足取りをぴたりと止めて、薄気味悪い笑みでこちらを見る斎藤は特にこちらの発言に気を悪くしている様子もない。


「そんな名前で呼ばないでくださいよ。白崎のお兄さんは本当に仕事になると厳しいなあ。流石は俺の上司♪」

「……」

「まあ、俺だってこういうことが好きってわけじゃあないんですから勘弁してくださいよ。それにお姉さんは感づいていたじゃないですか?」


 “きみたちは、お茶会あるいは災厄の魔女とつながりがある。もしかしたら情報をリークされるかもしれない”


 姉さんの言葉を思い出す。あれはそういう意味だったのだろうか。あの時の姉さんはあまり冷静なようには見えなかったが。


「しかし、白崎のお姉さんとは直接ご一緒に仕事させていただいたことがなかったんですがね、あんなに感情的な方とは思いませんでした。事前調査とは大違いで」


 クスクスと笑いながら、斎藤は擦れ違った女性看護師たちにヒラヒラと手を振った。まったく軽い男だ。


「白崎家だって厳格な魔法使いの一族でしょうに。その血筋からあんな破天荒なじゃじゃ馬姫が生まれるなんてねえ」


 しかも、本人がいないところで言いたい放題である。しかし、どうしようか。斎藤は誤解をしているらしかった。


「なあ、斎藤」

「何でしょう?」

「同じ諜報部所属のよしみで、ここはオフレコにしてほしんだが、」

「オフレコにするかは、俺が決めますよ。俺は縛るのは大大大大好きですが、その逆は反吐が出るくらい嫌いなんですから」


 そういう奴だ。知っている。

 人気の少ない非常階段側で俺は言う。


「じゃあ、それでも良い。実は姉さんは、白崎の家の人間じゃない。本来なら」

「へえ、それ面白いなあ。つまり、お茶会には虚偽登録してるってことになりますよね?」


 驚いているように見えないその反応に、思わずため息を吐く。やっぱりハインリヒを連れてくるべきだったかもしれない。俺はこの同僚がどうにも苦手だ。

 タチバナとの繋がりで彼が姉さんの検死を担当すると知った時も、彼が姉さんの遺体を偽装してくれると知った時も、心底驚愕したものである。この男とお茶会関連の活動を始めてかれこれ数年経つが、この男の事は何ともつかめない。しかし、それでも彼がそういう義理や人情で動く奴ではないことは分かっている。


「正確には遠い親戚の子どもだとか言ってたから、全くうちに関係ないわけでもなかったらしい。とにかくうちの親が養子にもらってきたんだ」

「なるほどなるほど、見えてきましたよ!」


 近くにあった消火器をかちゃかちゃと弄びながら、斎藤は勝手に話を遮った。大概話を聞かない質なのでもう諦めている。安全ピンは抜けていないので、いきなり消火剤が撒かれるような心配はない。


「白崎のお兄さんの魔法、正確には魔法じゃなくて“触った魔法を消す力”なんてのは魔法使いの名門一族である白崎家にとっては全くもって無価値な力だった。だから、別の力を欲した。将来白崎の家を継ぐことのできる器が欲しかった。そんな打算的な夢を見て、それを叶えてしまったんですね。器になりうる存在、それが全知の魔女たる白崎灰子という少女だった……違いますか?」


 なるほど。当人がいる前でも容赦がない。無論、彼の説明は的を射ているので否定するべくもないところではある。


「欲しかったのは空っぽの器だったみたいだが……」

「おやおや、気の毒に!全くあてが外れているじゃないですか」



 斎藤の言うとおりだ。今はそう思う。

 けれど、初めて会った頃は互いに10歳に満たない幼さであったがその時の姉さんと言ったら、ただのそれこそただの空っぽの傀儡のようだった。言われるがまま、知ったことを、そして【知った】ことを、機械的に父や母に伝えていた。両親はそれを利用して地位を築いていったのだ。

 白崎灰子という少女が白崎家にやってくることによって、俺はあまり両親に構われなくなった。幼かった俺はそれを姉さんに当たったりしたこともあった。


「おれ、きみのこと気持ち悪いと思う」


 幼いながらに俺はそんなことを言ったのだ。言ってしまった。

 通っていた小学校でも、彼女は彼女自身の力のせいでいじめを受けていると知っていながら。いじめを受けても、姉さんはそれを両親に言ったりはしなかった。父も母も姉さんの知識を尋ねることはあっても、姉さん自身に問いかけることはなかったのだ。そして、それは俺も同じだった。


「何でもかんでも何で知っているんだよ!」

「知らない」

「ウソつけ!知っているくせに!!」

「わたしは、知らない」


 姉さんはそれしか言わなかった。

 今思えば、そんなことを訊かれたって姉さんは知る由もなかったのだ。俺たち魔法使いは自らの力を選んで生まれてくることなどできはしないのだから。



「姉さんがあんな風に感情的になってくれたのは、俺としては喜ばしいよ」

「空っぽの器を満たしたのは白崎家ではなく、白崎のお兄さんだったってわけですね」

「……いや、それは違うんじゃないかな」

「おや、どうして?」


 赤い消火器が目に留まった。

 俺は姉さんを散々傷つけた。今でこそ、彼女はあんなにも感情を露わにするのだが、そうさせたのは恐らく俺ではない誰かだろうと思うのだ。

 たとえば、ここにいない何でも見透かす少女。あの子も白崎灰子という空だった器を変えてくれた人物の一人なのだろう。器の中にあったものをぶちまけてくれた人物のうちの一人なのだろう。


「それは自分で考えると良い。そういうのは得意だろう?」

「はあ、ツレませんね。そうですか。分かりましたよ。お姫様二人を探し出してじっくり考えることにしましょ」


 斎藤が消火器を元あったところから多少ずれたところに戻すのを俺は見ていた。


「実はこんなこともあろうかと、発信魔法を白崎のお姉さんの入院着の内側に付けといたんですよ」

「それ、早く言ってくれよ。というか何で内側?」


 訊かなきゃ良かったと後悔した時には面白げな声が応えていた。


「そこは、まあ、俺は白崎のお姉さんの体が好きなので……詳細はご想像にお任せします」


 斎藤はニヤリと笑った。

 そんなやりとりをしながら、俺たちは階段を降りる。



 ※



 これで本当の私は見えない。

 


 fin.

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