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僕は今日も、鍵で扉を開ける。  作者: ささかま。
第3章 彼女は扉も鍵も知っているが、その先を知らない。
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95、涙と心

お題:無意識の幻覚 制限時間:1時間(http://sokkyo-shosetsu.com/novel.php?id=242849)を加筆修正したものです。

 涙を、流した。




 魔導書。


 魔法使いたちにとって、自らの名前と共に大切なもの。そして、魔法使い自身を縛ってしまうもの。

 “書”とは言うが、その形は様々。正確には、もともと形はなく自分と共にあるのであって、それを現すために私たちはそれを初めて形作るのだ。“書”と言われるのは、昔の魔法使いたちがそれを現すときに書の形を好んだことに由来する。

 暗い部屋で、タチバナは固唾を呑んでいた。薄い入院着ではとても霊安室の寒さはぬぐえなかったが、膝にかけられた彼女のコートは不思議と私を安心させた。二人でベッドの縁に座って、肩を寄せている。震えそうになる右手を私は掌を上にして膝の上に置いた。

 重ねて言うが、魔導書は魔法使いにとって大切なものではある。しかし、それを現出させるのに大がかりな魔方陣や代償や力は必要がない。それは呆気ないくらい簡単にそこに現すことができる。すなわち、具体的にはただ祈るだけで私たちは自分の魔法の粋をこの手で触れることができるのだ。

 ただ目を閉じて祈るだけ。掌にわずかな重みを感じて目を開ければ、そこには私の魔導書が乗っていた。ブックカバーがしてある文庫本とそこに挟まる灰色の栞。


「小さいでしょう?」


 タチバナは顔をマフラーに埋めていた。それでも彼女がこちらに目を向けてあまり釈然としない表情をしているのは見て取れた。


「これが、灰子さんの魔導書なんですか?」

「正確にはこっちがそう」


 文庫本から小さな薄い栞の方を取り出せば、タチバナはまた目を瞬かせた。長いまつげが上下に揺れている。目だけでここまで情感を表せるのはある意味才能とも思える。


「大きさは関係ないよ、タチバナちゃん。小さなものが大きなものを変えてしまうことなんてこの世界にはたくさんあるんだ。もちろん、その逆だってあるけれどね。大概は後者に目を向けがちで、前者に気付けないことが多いんだよ。それは私もそうだけどね」

「覚えておきます」

「うん、よろしい。じゃあ、早速触ってみてくれる?」


 掌に乗せた栞をタチバナの方に差し出すと、タチバナは逡巡した。


「あの、この期に及んであれなんですけど、どうして私なんかに魔導書を見せてくれるんですか?自分で言うのもなんなのですが、何と言うか……私には【見る】力もありますから、わざわざこうして現出しなくても」

「あら、心外。【見る】だけで理解できるほど、私の魔導書は薄っぺらくないよ?」


 まだ30年しか生きていない。されど、もう30年は生きている。それはきっと、私にとって他者である彼女という人間が【見】透すには膨大であり、私にとって自分である私という人間が【知る】には複雑怪奇であるだろう。

 自他のいずれにせよ、積み重ねたものを理解するにはそれなりに苦労が必要なものだよ、タチバナちゃん。


 タチバナは私の言葉にまだ迷っているようだった。しかし、それでも私の掌に手を重ねる。栞が薄く光った。



 自分の魔導書をこうしてじっくり眺めることなどなかなかない機会だ。だからと言って他人の魔導書をよく見ていたというわけでもないけれど。

 魔法研究において魔導書研究の分野もあるし、私自身も他人の魔導書を見たことがないわけでもない。しかし、私は他人に自分の魔導書を見せたことは決してなかった。

 彼らのそれは走馬灯にも似ていた。これまでの人生やら知ってきたことが目の前を流れていくようだった。

 それは今私が目にしている自らの魔導書も同じだった。私と同じ光景をタチバナちゃんも見ているのだろう。いや、あるいは【見て】いるのだろうか。


「私、あの、先輩のデータしか見ませんから!!」


 タチバナが栞に触れる直前に言った言葉だ。やっぱりあの何でも見透かす女の子は優しい。優しいからこそ、弱い。そして彼女は弱いからこそ、きっと人に優しくできるのだ。それが彼女の強みなのだ。

 何でも知っている私は、魔導書を一種のデータとしてしか見れなかったし、一時期はきっと他の魔法使いたちのことでさえ研究対象としか見れていなかった。私は“全知の魔女”であり、それ以上でもそれ以下でもなく、その“機能”しか必要とされていなかったのだ。


 目の前を自分の想いや感情が流れていくのを、私はどこか他人事のように見ていた。今も昔もそれは変わらず、けれど、そうでない自分でいたいのも確かだった。

 かつて私を救ってくれたあの男のように、私は。


 あの男の魔法色を見たとき、私は美しいと素直に思った。

 彼の色は鮮やかな瑠璃色だった。私のようなくすんだ灰色とは違っていて、本当に綺麗な色をしていたのだ。




「……ぃこさん、は……ん」


 遠くから声がして、それが急速に近づいてきた。


「灰子さん!」


 はっと顔を上げると、タチバナがこちらを見下ろしていた。

 見下ろされているという状況を冷静に考える。私はいつの間にかその体をベッドに沈ませていた。

 眠っていた……のだろうか。


「大丈夫ですか?まだ体の具合が悪いんじゃ?」

「ん?ああ……ごめんね。大丈夫。ちょっと寝ちゃっただけだから」


 私は手にまだ灰色の栞を握っていた。


「どう?ちゃんと見れた?」

「はい。あの灰子さん、一つ質問良いですか?」

「んー?」


 魔法色に関するデータだけでもたくさんあるから、きっとその質問だろうと思い私は体を横たえたままタチバナを見る。


「灰子さんは、どうして泣いていたんですか?」

「え?」


 彼女の意外な指摘に慌てて目元に手をやれば、確かに僅かながら濡れた跡があった。

 気付かなかった。なんということだろう。涙を流すなんて。あの時以来じゃないか。


「さあ、どうしてだろう」


 私は自問して、結局自答して自嘲する。


「きっと寝起きの涙でしょ」


 魔導書には形がない。その意味をきっと私は知っていたのだ。




 いっぱいになった想いを流すために。




fin.

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