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僕は今日も、鍵で扉を開ける。  作者: ささかま。
第3章 彼女は扉も鍵も知っているが、その先を知らない。
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91、停滞と季節

お題:誰かは映画館 必須要素:穢れたる地上に舞い降りし漆黒の堕天使 制限時間:1時間(http://sokkyo-shosetsu.com/novel.php?id=239840)を加筆修正したものです。

 私は、



 ※



「それから私と青司さんは灰子さんの蘇生を試みたんです」



 どこだか分からない。ただ壁から何からすべてが白い。私はベッドの上に座っていて天井にはそれを囲うような形でカーテンレールがある。カーテン自体はシックな空色だ。妙に消毒液っぽい臭いが鼻について、ここが病室だと知る。この白いベッドの上で私は点滴を受けながらずっと眠っていたらしかった。

 個室ではないため、病室にはいくつか他にもベッドがあったけれど、そこには誰もいなかったしネームタグもない。

 目覚めたばかりで頭が霞がかったようにはっきりしない。それでもベッドの傍らでどこか安堵の表情を浮かべているタチバナと青司の話に耳を傾ける。


「湖のように見えたのは恐らく何重にもかけられた魔法の層だということで、ここに移動してから毎日毎日青司さんが腕に【触って】解呪を試みていました。ある程度それが薄くなるのに約一ヶ月かかりました。それから私が貴女を迎えに行くまでに一ヶ月と少し……」


 とすれば、私は数か月眠っていたということか。いや、厳密には夢を見させられていたということになる。誰かによって。きっと、彼によって。


「流石に俺の力でもあれだけ多重にかけられた魔法を一度【触った】だけですべて解呪はできなかったから、時間がかかったんだ。待たせて悪かった、姉さん」

「いや……」


 点滴が刺さっていない方の腕で自分の頭を抱える。彼らの説明はしっくり来る。けれど疑問がないわけでもない。


「ねえ、タチバナ」

「はい、何でしょうか?」

「どうしてきみは、私に会いにこれたの?」


 タチバナにあるのはあくまで【見る】力だけのはずだ。あのように夢の中にまで入って来て、私の意識を連れ戻すなんていう芸当はできるはずがない。

 タチバナは首のマフラーを押さえるようにしながら、少し俯いたがまたすぐに顔をあげた。


「“知らない方が良い事、確かにある。悪い事ばかり知ってしまって、心が弱くなっちゃうかもしれない。でもね、貴女のことを誰も知ってくれないなんて、嘘だよ”……覚えていますか?以前、私が貴女(・・)に言った言葉です」


 まるで泣き笑いのような不思議な表情で、何でも【見る】力のある女の子がそんなことを言う。


「あの時、貴女が自分の扉を内側から開けてくれました。だから、今回もきっと開けられるはずだと思ったんです。いえ、そう確信していました」

「で、御嬢さんの自信をボクらも信じようと思ってね」


 青司の頭に乗ったハインリヒが笑う。タチバナはさらに続けた。


「私がやったことと言えばせいぜい貴女に呼びかけただけです。だって私は貴女の言うように弱くて、先輩のやった酷いことに理由をこじつけて逃げようとしていた人間だから」


 これもよく覚えている。かつて、パスタ屋さんで私が彼女に言った言葉。


「確かに私は非力だけれど、でも、それでも、誰かを救える私になりたいんです」


 あの時、弱い目をしていたのに。


「そうだね、タチバナちゃん」


 今はまるで彼のような目をしている。かつて私を帰るべきところに帰してくれた彼の目。

 彼女は前に進んでいる。そう分かって私は自然と声に出していた。


「私を救ってくれて、ありがとう」



 ※


「そういうわけで、お茶会では姉さんは死んだことになっている。死体も偽装して、葬式とかは済んでいるから」

「それは職務怠慢じゃないの、無知の魔法使い。お茶会にこんな大事なこと黙っていて言いわけ?」

「俺は何も知らない、ただの小説家だよ、姉さん」


 この弟の洞察力というか何も知らないフリをしているところというか……とにかく姉ながら感服する。弟のことを無知の魔法使いと誰もが呼称するけれど、弟は私にないものを確かに持っている。


「……父さん、何か言ってた?」

「葬式で滝のような涙流していたよ。“灰子のような才能のある子が死んだのは惜しい”って。“我が白崎家が始まって以来の才媛であったというのに”とか何とか」

「そう」


 青司が苦笑を浮かべながら肩を竦めた。私は肩の力を抜いた。

 父の反応は簡単に予想できたことだし、驚きはない。意外性がない、つまらない言葉というのが感想だ。



 そうか。私はもう“全知の魔女”でなくても良いのか。



 そう思うと何だか安心してしまった。文字通り、肩の荷が下りた気がした。意外にも私は“全知の魔女”という肩書を重苦しく感じていたらしい。そんなことを今更ながら知覚する。


「私が寝ている間に他に何かあった?」

「何もなかった。というか、何もかも止まってしまった」


 弟の言葉の意味を捕えかねて首を傾げると、


「今、5月なんだ」


 と青司が言った。私は目を見開く。目の前には二人の防寒着。窓の外に視線を転じれば、窓枠が白く舞う雪に染まった冬景色を切り取っている。

 5月の気候とはとても思えない。


「……どうして?」

「それについては俺がお前さんに説明しよう!」


 いきなりの大きな声と共に、病室の扉がバンと勢いよく開く。軽快な足取りで入ってきたのは、いつか吐きそうなほどたくさん見たウサギの着ぐるみだった。両手にブイサインを作って茶目っ気さを演出している。


「ウサギ……!?」

「全知の魔女に驚いてもらえるなんて光栄の至りだねえ。お前さんが眠っている間に全パーティのアビリティレベル上げまくっちまったぜ。大型アップデートで追加されたアイテムもログインボーナスでゲットしちまったし。超級ボスで穢れたる地上に舞い降りし漆黒の堕天使も実装されたんだぞ」

「何だって!?抜け駆けなんてずるいじゃない!そんなビッグイベントがあったなんて!!」

「二人とも、ネトゲの話はそこまでにしておいてね」


 青司が諌めて私は乗り出していた身を元に戻す。冷静に考えれば、ここで何食わぬ顔でウサギが登場するのは明らかにおかしい。


「そもそも、何でウサギがここにいるの?」

「俺は言ってしまえば脱走兵だよ。事情があって主人を怒らせちまったから逃げてきた」

「へえ、怒らせた理由は?」

「どっかの誰かさんとポルノ映画を観に行ったからかねえ……というのは冗談だ」


 脱走兵。信じるに足る証拠が薄すぎる。が、弟とタチバナが彼を見ても動じていない以上、信用しても良いのかもしれない。弟がこういうところで見誤らないことはよく知っている。それにウサギのはぐらかし方もわざとらしすぎる。

 一応、疑心は抱きつつも私はまたウサギに話しかける。


「このドカ雪もきみのご主人様のせいっていうことで良いのかな?」

「うちのご主人の性質が【閉じる】ってのは知っているな?あの魔女は季節を【閉ざしちまった】んだ。だから5月だろうと6月だろうと、冬のまんま。下手すると、この先ずっと氷の世界さ」

「その魔法の範囲は?」

「範囲?」

「だから、冬が続いている範囲は?この町だけ?」

「この町だけだよ。だけど、この町を中心にしてほぼ同心円状に【閉じる】範囲が少しずつ広がっている。【閉じている】せいで外部に連絡が取れないから、現場判断で対処するしかないという状況なんだ」


 青司はすぐさま答える。

 なるほど、何があったのかはいまだに分からないけれど、どうやら災厄の魔女は災厄を振りまいている真っ最中ということらしい。

 手を握りしめると手汗が大量に出ているのに気付いた。一番訊きたいことを私はまだ訊いていなかった。


「先輩は……鍵屋は、」


 どきりとした。【見られた】のだろうか。タチバナが神妙な顔つきで私を見る。


「現在行方不明です。一応捜索はしているんですが、今は【閉じている】状況の対処で手いっぱいで」


 握った手を緩める。今度は安心したわけではない。どうしたら良いのか途方に暮れたのだ。私は何でも知っているけれど、それ故に自分が知らないということを知っている。痛感している。胸に刻んでいる。

 私を囲む3人はそれぞれ独特の表情を浮かべて、私を見つめている。期待や不安というのが主なところだろうか。

 私は思考する。思い、考える。

 窓の外の、ただひたすら白く染まった世界を眺めながら。



 ※



 私であるために。




 fin.

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