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僕は今日も、鍵で扉を開ける。  作者: ささかま。
第3章 彼女は扉も鍵も知っているが、その先を知らない。
92/99

90、湖と波

お題:優秀な湖 必須要素:冷え性 制限時間:1時間(http://sokkyo-shosetsu.com/novel.php?id=239179)

時系列的には第2章-b最終話(71、魔女と弟子)の直後です。

 水底は深く、



 ※



 俺が自分の姉である白崎灰子の“遺体”を見せられたのは、お茶会のメンバーが姉さんの元住処である倉庫跡を調査して彼らが状況説明を俺にした後だった。


「つまりあなた方が把握しているのは、」


 上司による長々とした説明の後、姉さんの遺体が安置されている霊安室で俺は口を開く。姉さんは全身を白い布で覆われ、同じようなものを顔にも被っている。


「何をしていたのかは知らないが白崎灰子の倉庫が突如大爆発を起こし、彼女自身も爆発に巻き込まれて死亡した。彼女の研究資料をはじめ、蔵書、記録媒体のすべてが焼失した。……そういうことですね?」

「そうだ」

「つまりほとんど把握できてはいない、ということですね」

「お前は随分と容赦ないな。しかし、お前の指摘は事実だと認めよう。だが、無知の魔法使い、一つお前の考えを問いたい。彼女ほどの魔女がいきなりこんな形で死を迎えるなどあり得るだろうか」


 立場上は俺の上司である女性は被ったフードの下から疑問の言葉を口にした。白い息が漏れ出るのが見えた。


「さあ、どんなに力のある魔法使いだろうと死を前にしたら皆同じだと俺は思います。無論、魔法使いに限らず人間も、です」

「……すまん。あまりにも無責任な発言だったな」

「構いません」


 上司の疑問は尤もだと俺自身も思った。そもそも姉さんに対する疑問は俺自身も抱いている。そもそも上司に言った言葉とは裏腹に、俺も姉さんが爆発などで死ぬとは到底思えなかった。それに、そう思う根拠は何も姉さん自身のことだけに限らない。


「色々大変だったな。お前も喪に服す時が必要だろう。全知の魔女が安らかに眠ることを私も願うよ」

「……ご足労ありがとうございました」


 潮時だと思ったのだろうか。ありがたいことに、上司は俺を霊安室に残して退室していった。調査書などの提出もやっておくとのことだったので、言葉に甘える。

 そして、一人になった俺は姉さんの顔の布を外した。真っ白な顔は安らかで、今にも動き出しそうにも思える。


「どう見る?」

「どう見るって言っても、困るな」


 肩に乗って沈黙を守っていた相方が言葉に応じた。


「ボクには本当に死んでいるようにしか見えないな。でも、」


 ハインリヒはそこで少し息をつめた。俺も思わず振り返る。コートのポケットに手を突っ込む。

 薄暗がりの霊安室、そのたった一つの扉が少し錆びついた音を立てて開く。そこから顔を覗かせたのは一人の女の子だった。


「あ、ごめんなさい。お、驚かせてしまったみたいで」

「構わないよ。むしろありがとう、タチバナちゃん」


 俺に一番最初に状況を知らせに来てくれたタチバナちゃんが出入り口に立っていた。

 


 ※



「でも、【触ってみる】価値はあると思うなあ」


 のんびりとした声がタチバナが入ってくる前の話を続けた。正直思った通りの台詞だった。

 タチバナちゃんは冷え性なのかマフラーを巻き直して、手袋をした手を必死に擦っている。確かに少しここは寒い。下手すると外より寒いかもしれない。改めて生きている人のための部屋ではないことを実感する。


「なるほど。確かに一理あるね。やってみよう」


 僕はこげ茶の手袋を外してタチバナちゃんに渡した。


「これ、良かったら使って」

「ええ、でも大丈夫ですのでお気遣いなく!」

「そっか。でもいずれにせよ、持っていてもらっても良いかな?」


 慎重に姉さんの胴にかかっていた白い布を捲ると、タチバナちゃんがハッと小さな声を上げたのが聞こえた。

 姉さんは白衣を着ていたが、その腹回りは血まみれで汚れていた。変色して少し茶色っぽくなっている。鉄のような硝煙のような臭いが混ざった臭いも漂ってくる。

 白衣の袖の部分を慎重に捲って素肌を露わにさせ、俺は姉さんの腕に【触った】。

 特に何も起こらない。


「え……?あれ……?」

「どうしたの、御嬢さん?」


 即座に反応したのはタチバナちゃんだった。振り返って見てみると顔が少し歪んでいる。困惑するように姉さんの体を見ると、こちらに顔を向けてくる。


「青司さん、灰子さんに何をしたんですか?」

「タチバナちゃん、何か【見えた】?」


 タチバナちゃんは判然としない表情で言葉を探しているようだった。俺の手袋を弄りながら考えるように口を開く。


「灰子さんが、すごく深いところにいるんです……底というか、湖底かな?そんな感じで。今、青司さんが触れた瞬間、その湖面のような部分が揺れたんです。波長……湖が割れようとしてのかな、でも割れなくて」

「流石だね、そんなことまで【見える】とは!流石、御嬢さんだよ!優秀だ!将来有望だね!多分!」


 ハインリヒが舌を突き出した。


「でも、こりゃ大変だね。まさか青くんが【触って】も“そこまで”しかできないなんてさ」

「全く困ったな」


 困った。これまで【触って】ダメだったものはなかったのに。でもタチバナちゃんが【見た】ことによって、これは一つの望みにも変わった。

 予測が、結論に変わる。


「あの、一体どういうことなんですか?私は何を【見た】んですか?それに触るというのは?」

「まあまあ、落ち着いて。今から説明するよ。青司くんが」


 俺がか!と内心突っ込みを入れながら、それでも事情をあまり把握できていないタチバナちゃんに告げる。


「タチバナちゃんは魔法の性質って分かるよね。俺の性質は無知。それで、【触った】物なり人なりの魔法的性質を消失させることができる。もちろん、魔法使いの魔法の力を抜いてしまったりということじゃなくて、簡単に言えば、かけられた魔法を【触る】だけで消してしまえるんだ」


 触った姉さんの手は本当に冷たかった。まるで湖の底に沈められてしまったかのように。温かさの欠片も見つけることができないように思えるほど。


「お茶会の調査結果、それに彼らの話を聞く前にきみが話してくれたこと、総合して考えて姉さんの死は不自然すぎると感じた」


 姉さんは単に魔法にかけられて、何かしらの行動不能状態に陥っているだけなのではないだろうか。タチバナちゃんの話に出てきた“鍵屋”なる魔法使いの手によって。

 かけられた魔法がどういう類のものかまでは分からないが、“遺体”にここまで厳重に魔法を施していると分かった以上これまで可能性だったことが確信に変わった。


「触ってその呪いなり魔法なりが解けたなら一番良かったが、まあそう簡単でもなかったみたいだね。恐らく何十層にも魔法が折り重なっているうちの1枚が消失して、それがきみには揺らぎに見えたんだ」

「つ、つまり……」


 動揺しているタチバナちゃんの言葉を僕は継いだ。僕も多少動揺して声が震えた。予測していたこととは言え、やはり心のどこかではそれを疑う自分もいたから。それでも僕はタチバナちゃんに言った。


「白崎灰子は、生きている」



 ※



 しかし、澄んでいる。



 fin.

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