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僕は今日も、鍵で扉を開ける。  作者: ささかま。
第1章 僕は鍵を持っていて、使えば扉を開けられる。
9/99

7、真実と嘘

お題:嘘の四肢切断 必須要素:自動車保険(http://sokkyo-shosetsu.com/novel.php?id=187807)を加筆修正したものです。

 優しい嘘で、彼は自分の四肢を切断したのだ。



 ※


 僕は病院に足を運んでいた。



 今回の依頼主はその男の母親を名乗る女性だった。自動車事故にあってからおかしくなってしまった息子を助けたいという大変献身的で、母親らしい母親である。僕には自分の母親が生きていた頃の記憶はないが、世の中の人間が考える理想的な母親というのは恐らくこのような姿をしているのではないかと思う。


「保険が降りているのでいくらでもお支払いできます。息子を……どうか息子を助けてください」


 依頼のお代に関して、依頼主はそう言って電話口で必死に頭を下げた。何故電話口で話しているだけで相手の動作まで分かるかと言えば、それは僕がいわゆる魔法使いという奴だからである。もっとも、いつだったか助けた猫に“できそこない”と言われた通り、僕は魔法使いとしてはできそこないであるが。




 病室の男はどこか虚ろな目をして遠くを見つめていた。いや、遠くさえも男は見つめていないようだった。目はただどこかに向けられているだけで何を見ているかまでは分からない。怪我の具合は甚大なようで、彼の頭には包帯が、四肢にはギプスが装着されているようだった。うっすらと消毒液の匂いがする。


 依頼主には一度病室の外に出てもらい、男と二人きりになった。男はしきりに何かを呟いていた。その一言一言には何の意味もなく、何の感情も込められていない。

 いや、違う。きっと籠められないのだ。




 しかし、僕にはそれで十分だった。彼を開けるのは意外に容易だった。ただ一言で十分だった。


「彼女は、貴方にそれを望んではいませんよ」


 僕は語りかけた。そして、彼は独り言をやめて、振り向いて僕の方へ目を向けた。



 彼は、僕を見ていた。




 ※




 僕が病室から出たのは、あの母親に退室してもらってから数分後のことだった。彼女はベンチに座り込み随分と憔悴しているようだった。しかし、僕の姿を認めると目にわずかに光を取り戻し、駆け寄ってくる。


「息子はどうでしたか?開けられますか?」

「彼を開けることはできますよ。どんな鍵でも開けるのが鍵屋ですから」

「では、貴方はどうやって息子を開けてくれるのでしょうか?」


 彼女は僕の擦り切れたコートにすがりついた。僕は彼女の両肩を掴んだ。目線を合わせるために少し屈む。


「息子さんを開けるのは、無理です」

「え?でも貴方、今開けられるって……」

「一つ貴女に確認したいことがあるんです」

「何ですか?」


 目の前の女性は目を泳がせた。僕は言う。





「貴女の息子は、もういません」




「は?」





 彼女は目を見開いた。よく分かっていないようなので、僕はもう一度言う。


「言い方が悪くて申し訳ありません。正しくは、“貴女たちの息子は、もういません”です」

「な、何言ってるのよ……」


 依頼主の声が震えた。


「そんなわけないじゃない!!!あの子は!!あの子がいないなんてそんな!!!そんなわけないじゃない!!ありえないわ!!嘘嘘嘘嘘嘘ウソウソウソうそうそうそ!!!!私の息子は、あそこにいるじゃない!!怪我しているけど、ちゃんとまた歩けるようになるわ!!」


 爆発したかのように彼女は叫んだ。近くにいた看護師が数人様子を見に来たが、様子は自分が見るからと言い聞かせて退散させる。

 彼女はまだ半開きといったところである。


「病室にいる彼のことですか?貴女は自分の夫の顔まで忘れたんですか」


 相手はもはや体を屈めて手で耳を塞いでいたが、その手を掴んで耳から引きはがす。


「今回の事故で貴女の息子は死んだんです。だから、僕には開けることができません。僕が開けられるのは、病室にいる貴女の夫と、貴女だけだ」


 僕がそこまで言うと、彼女は抵抗を止めてその場にへたり込んでしまった。つかんでいた手首が赤くなって痛々しいほどだった。




 彼女はしきりに何かを呟いていた。

 恐らく息子の名前だろう。




 ※




「彼女は、貴方にそれを望んではいませんよ」


 僕は語りかけた。そして 彼は独り言をやめて、振り向いて僕の方へ目を向けた。

 彼は僕を見ていた。

 確かに僕を見ていて、目からは涙が零れ落ちていた。


「彼女は、貴方が息子に成り代わることを望んじゃいないでしょう」


 僕は続けてそう言った。ベッドの上の男はベッドの上で身じろぎもせず静かに泣く。嗚咽を押し殺すように。自分の愛する妻に、その慟哭が漏れ聞こえることがないように。


「僕の仕事はここまでです。貴方を開けるようにというのが彼女の依頼でしたから」

「鍵屋さん……俺の依頼を、聞いてほしい」


 男は、新しい依頼主はそうしわがれた声をあげた。まだ声は震えていたが、迷いはなさそうだ。


「何でしょう?」

「俺の嫁さん、開けちゃくれないか?アイツは現実を見なきゃならん」


 俺もな、と依頼主は言った。


 僕は頷いた。



 ※



 夫として、愛する妻の元へ歩むのを止めた。

 夫として、愛する妻に触れることさえも。

 優しい嘘で、彼は自分の四肢を切断したのだ。


 開けた今、彼は、彼女は、どこへ行くのだろう。



 fin.

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