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僕は今日も、鍵で扉を開ける。  作者: ささかま。
第3章 彼女は扉も鍵も知っているが、その先を知らない。
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87、茶番と本心

お題:彼が愛した広告 必須要素:挽き肉 制限時間:1時間(http://sokkyo-shosetsu.com/novel.php?id=237886)を加筆修正したものです。

 私は、


 ※


「……腕が痛いんだけど、何のつもりなの?」


 腕を掴む弟に私は尋ねる。腕輪が手首に食い込んでいる。痕になるかもしれない。


「サラから聞いたと思うけど、ちゃんと“彼”に会っていった方が良いと思うよ」

「弟であろうと、きみからそういう風に強制される謂れはないかな」

「強制はしていない。けれど、そうした方が絶対に良い」


 そうした方が良い理由は、言われなくても何となく察していた。私はきっと今相当ひどい顔をしている。自覚はある。

 そんな私を察してか、弟の肩にいた使い魔が口を開いた。


「わざわざ言わなくても大丈夫だよ、アオくん。御嬢さんは絶対に会いに行くから」


 カメレオンが大きな目でこちらを見る。


「大丈夫」


 弟どころか、カメレオンにまで察せられる有り様か。つくづく自分が嫌になる。

 イヤホンをつけてしまえばもう弟の声も彼の使い魔の声も何も聞こえなかった。代わりにサラの声が耳元で小さく聞こえた。


<せっかく無事に帰国したのですから、そんな物騒な顔はおやめください。先程の“手続き”で貴女は釈放されたのですから。もっと喜んでもいいのでは?>


 もうここまで来ると返事をする余力はなかった。

 さっきまで握られていた腕をさする。金色の腕輪はただ鈍く光るだけだ。


「とんだ茶番だわ……」


 小さくそう言って嘆息した声は空港の喧騒の中に消えていった。



 ※



 サンドイッチハウスのとあるテーブル席、その向かい側には仏頂面の男が一人座っていた。テーブルの上に水が二人分置いてあり、近くにあるガラスの水差しにも水がたっぷり入っている。表面は結露していて、水滴が零れ落ちていた。

 男の目の前と私の目の前にはそれぞれおいしそうなハンバーガーが置いてあったが、どちらも手を付けていない。

 彼の背中側は壁になっていて学生らしい男と女が絡み合っている写真と共に“あなたもワーキングホリデーで彼女をget!”という文言が書かれている。何ともチープな広告だが、このチープさがもしかしたら今の若い子たちには受けるのかもしれない。


「……」


 男は、私の弟子は、何かを言おうとして口を開き、また閉じるということを繰り返している。真面目で熱心だがこういうところでは器用ではないのは、相変わらずのようだ。そして相変わらずという点では、彼の服装はいつも通り暗い色合いで言ってしまえば地味だった。

 つまるところ、彼は……――――は、私が出国する前とは何ら変わることもなくそこにいた。


「何暗い顔しているんだかね」


 だから、結局初めに言葉を発したのは私だった。


「せっかく帰ってきたって言うのに“おかえりなさい”の一言もないの、弟子よ?」

「……」


 あらら、これは重傷だわ。内心そんなことを思いながら、どうしたもんかと頭を抱える。

 参った。実はこういうところで器用でないのは私の方もかもしれない。


「帰ってきていないだろ、貴女は」


 やっと言葉を発したかと思えばそんなことを彼は言った。どうしたことだろう。たったそれだけの言葉のはずなのに胸を刺すような思いがした。私が胸を刺されたのではなくて、“私が彼の胸を刺したかのような”……。


「何言ってるの!きみの目の前に私はいるじゃない!」


 私は一笑する。


 ああ、白崎灰子。なんてバカみたいなことしているんだ。こんな風に言ったって、どうにもならない。分かっているでしょう。


 分かっていて私はただ笑う。まだ私にはその余裕があるのだから。せいぜい、余裕があるうちは笑って……


「いや、」


 ――――は私の笑いを一言で打ち消した。


「今にも人を殺してしまいそうな顔している貴女に、帰ってきているなんて言われて騙されるほど僕は馬鹿じゃない」


 そういうきみこそ、何て顔をしているんだ。まるで人を刺してしまったことを死ぬ気で悔いているような顔じゃないか。結果として、どちらも互いに互いを刺しあっている。そんな状況なのだ。

 目の前のハンバーガーから肉汁が少し零れているのが目に入る。少し赤みがかっていた。


「それに、親しい人が亡くなったっていうのにそんな軽口を叩こうとするような人じゃないはずだ、貴女は」


 間違いなく、――――は今回の私のしたことの詳細を聞いているはずだ。私が知り、私が調べてたことの詳細を。

 歯の奥が痛いな、と気付いた時は思い切り噛みしめていた。色んなものを、私は。


「……あらら、勝手にそんな風に言って。きみに私の何を知っているっていうの?」

「僕は全知じゃないから、貴女みたいになんでもは知らない。貴女と過ごした時間はまだ本当に少ない。けれど、少なくとも僕は貴女が親しい人のためなら手段を選ばない人だってことは知っている」


 そして、手段を選ばずにその仇を取るだろうということも知っている。


 まるで人を刺してしまったことを死ぬ気で悔いているような顔……それが更に深くなる。思っていることが駄々漏れだ。でもきっとそれは今の私もだろう。


「貴女は何でも知ることができるから、その場で最善の方法を取ろうとするだろう。でも君の知っていることで、すべてを解決できるなんてことはないはずだ。だから、きっとあの時こうしていればああしていればって、後から後悔することも多いだろう。だけど、言っておく。何もかも君のせいとは限らないんだ」


 彼に言われて考える。

 私は、私のせいだと思っていたのだろうか。今回のことを。

 全く思っていないとしたら嘘になる。


 大人になるにつれて、表情を隠す方法を覚えていったはずなのに。そうやって人は大人になっていくはずなのに。この男の前だと、それすら崩れていく気がしてダメだった。

 弟やお茶会の魔法使いたちの前では何食わぬ顔ができたというのに、ここではそんな簡単なはずのことが難しかった。


「私は、」


 声が掠れた。唾を飲み込んで再び口を開く。


「私は、知りたくないことを知って後悔するという段階は通り越しているの。だからきみの考えはハズレ。とっくの昔に、知りたくないことを知らないでやり過ごして逃げ出すということを、もう私は知っている。友人が死んだところで、その感情をちゃんと処理する方法も知っている。私は全知の魔女だから。ね?だから、平気なのよ」


 きみの気遣いは嬉しいけど、と続けようとした。

 続けようとして、突如視界がぶれた。


「平気とかいう話じゃないだろう、白崎灰子!!」


 平手で頬をぶたれたと気付いたのは、彼が振り絞るように私の名前を呼んでそんな台詞を吐いたときだった。

 じんとした痛みが遅れてやってくる。押し殺すような彼の声も続けてやってきた。


「そんなこと知っている人がそんな顔してそんな声を出すわけないだろうが。君は何でも知っているとか嘯いておいて、自分のことは何にも知らないんだな。自分の胸に手を当ててみろ。そしたら、そんなバカみたいな台詞吐けなくなるはずだ」


 いつの間にやら、彼は泣いていた。


 バカみたいね。いい歳した男が。

 きみが泣いてどうするの。

 そんな言葉さえ出てこなかった。


「そんなこと覚えている人がそんな顔してそんな声を出すわけないだろうが。貴女は何でも知っているだろうが、自分のことは何にも知らないんだな。自分の胸に手を当てて訊いてみろ。そしたらそんなバカみたいな台詞吐けなくなるはずだ。貴女はそこまで器用じゃないだろう。貴女はそこまで薄情じゃないだろう。僕はそういう白崎灰子を知っている。だから、貴女の力になりたいと思っている。無茶をするなと言っても聞かないだろうから、せめてこれだけは言っておく。無茶をするなら僕も巻き込め。頼むから、」


 頼むから、ひとりでどこかへ行かないでくれ。


 ああ、何だろうこれは。

 彼を泣かせたのは、私か。


 今回のことで相当心配をかけてしまったらしかった。

 けれど、私は謝らない。そこまで私は愚かではない。


「……助けて」


 謝る代わりに、絞り出すように言ったのはそんな言葉だった。こんなすがるようなことを言ったのは久しぶりだ。


「お願い……私は、災厄の魔女を、殺したい……」


 絞り出すように言ったのは、そんな本心だった。



 ※


 知りたい。


 fin.

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