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僕は今日も、鍵で扉を開ける。  作者: ささかま。
第3章 彼女は扉も鍵も知っているが、その先を知らない。
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86、事件とクロマグロ

お題:昔の魔王 制限時間:1時間(http://sokkyo-shosetsu.com/novel.php?id=237112)を加筆修正したものです。

 嘘の裏には、


 ※


「魔女様、何故そのようなことを!」


 フードを被った魔女がそう喚く隣で、姉さんはどこか虚ろな表情でイヤホンを耳に嵌め、アイポッ●を弄りながら、こちらの声を聞いていないふりをしている。ふりをしているというのは、姉弟である以上はやはり見ればすぐに分かる。


「アイポッ●とイヤホンには魔法的異常が見受けられませんでしたので、即日お返しさせていただいきました」

「しかし!」

「……無知の魔法使い、これで身柄受け渡しは完了です」


 サラは声を荒げる部下を無視して、突然、こちらに声をかけてきた。無知の魔法使いという名前を蔑称として使ってくる魔法使いたちもいないわけではないが、虚偽の魔女、サラ=シャルンホルストとはそれなりの期間付き合いもあり、距離感は分かっている。


「再現の魔女、落ち着いてください。全知の魔女には“輪”をかけてあります。そう恐れることはありません」


 再現の魔女と呼ばれた女はまだどこか不本意そうな雰囲気だったが、一応はその場から数歩下がり頭を下げた。

 俺は少し目線をずらして姉さんの右腕に目をやる。見た目はただの金の輪のアクセサリで何の変哲もないが、魔法犯罪者に対しても使用されるれっきとした拘束具だ。その魔法封じの効果は高い。姉さんも確かその開発に関わっていたはずだが、その時俺はまだお茶会に所属はしていなかったため詳細は知らない。




「姉さん」


 サラたち一行を寿司屋に連れていく前に俺は姉さんに声をかけた。立ち去ろうとする姉さんの腕を輪ごと掴むと、姉さんはイヤホンを外して訝しげな顔をして腕と俺の顔を見比べた。


「……腕が痛いんだけど、何のつもりなの?」

「サラから聞いたと思うけど、ちゃんと“彼”に会っていった方が良いと思うよ」

「弟であろうと、きみからそういう風に強制される謂れはないかな」

「強制はしていない。けれど、そうした方が絶対に良い」


 そうでないと……。

 出かかった言葉を飲み込んで、細い腕を更に握り直す。


「わざわざ言わなくても大丈夫だよ、アオくん」


 肩の相棒がやっと声を発する。


「御嬢さんは絶対に会いに行くから、大丈夫」

「……」


 姉さんは答えずイヤホンを付け直して、俺の手を払った。

 俺もそれ以上、姉さんには何も言わなかった。



 ※



 空港なんてそう頻繁に来るところでもないから、たまにこうして訪れるとかなり色んなものがあるのにびっくりする。

 高級寿司店なんかもその一つだ。雑多な店の並びから、それを発見したのはお茶会ドイツ支部からやっていた寿司好き日本好きドイツ人、虚偽の魔女サラである。

 店内には個室や宴会場も用意されており、サラの部下たちには宴会場を、俺と彼女には個室をそれぞれ用意してもらう運びとなった。


「ホタルイカ」


 淡々とサラは注文をして食べることを繰り返していた。お茶会支給のそのフードを脱いでしまえば、彼女は本当に小柄な少女である。実年齢は俺と同い年くらいだそうだが、本当の年齢は知らない。栗毛を揺らしながら同じようにブラウンの目をメニューに鋭く光らせている。

 そして、ホタルイカと発言する裏ではこんなことを言っていた。


<今回の三国合同魔法医師団襲撃事件ですが、どうやら例の昔から世界を脅かしている魔王、例の災厄の魔女の仕業のようで>


 彼女はその虚偽とという性質で、嘘を言うことができる。そして嘘の裏にはもちろん真実が隠れているわけで。それを他者に聞かせることができるのだ。

 姉さんにはイヤホンを渡していたが、あのような媒体があった方が正確に声が通りやすいらしい。実際、今の俺が認識できるサラの発言内容は、そのニュアンス程度にとどまっている。

 部下たちは別部屋にいるものの、“聞かれて困る話”をしている以上は用心した方が良いだろうという彼女なりの配慮だった。


「それは、また奇特だな」

「いえいえお客様、確かにホタルイカの旬はそろそろ終わる頃ではありますから捕れる量も少なくなってきているようですけれど、まだおいしくお召し上がりいただけますよ。これからのオススメは、特にイカですとアオリイカになるかと」


 注文を取りに来た店員さんがニコリと微笑む。俺も曖昧な表情でそれに応えた。どうも目の前の少女との会話は難しい。

 店員さんが出て行ったタイミングで俺は再び話しかける。


「以前から思っていたが、どうして彼女に関する情報はこんなにも少ないんだ?こんなにも押さえられないなんて」


 彼女。俺の指すところを汲んで、サラは頷く。


「貴方という人は、女性の電話番号を手に入れるのにどれだけの時間をかけているんですか?せっかく私が貴方に女性を紹介して差し上げてもこれでは意味がありませんよ。貴方にもう少し甲斐性があれば、と考えずにはいられません」

<お茶会の魔法使い魔女人口調査及び登録が始まったのは、今から100年ほど前、つまり魔法使いたちの長い歴史から見れば、ほんの最近の話です。そして、災厄の魔女の存在自体はそれより前から確認されています。何百年もの間、彼女は世界を陰から苦しめ、時にその歴史に大きな爪痕を残しているのです。現行の制度がもしももっと前から始まっていたならば、もう少しやりようがあったでしょう……。我が国が潜伏先だと発覚してからは、ドイツ支部の方でも極秘特殊対策部門を設置してはいるのですけれど、現状、身柄を押さえるにしても、なかなか>


 サラは表情を崩さずに長々と発言した。嘘と真実を同時に話されると、聞くこちら側も大した労力になる。今回は裏の発言を聞き取るのに必死で表のほとんどを聞き取りそびれたが、事実無根なとんでもないことを言われていた気がする。


「難儀なことだねえ、御嬢さん」

「そうですね、ハインリヒ。もちろん、もしもの話をするのは不毛であるとは承知しておりますが」


 ハインリヒが舌を出したりひっこめたりしながら言う。あまり大変そうに聞こえないのがコイツの悪いところだと思う。

 サラは中トロのマグロに舌鼓を打つ。


「面倒な話はここまでにしましょう。せっかくの日本のお寿司ですから。やはり中トロぐらいの脂のノリ具合が絶妙ですね。大トロですと脂を呑んでいるような気分になってしまいます。やはりクロマグロは絶品です」

<ただ、内紛や国際戦争、流行病などが起こっている区域を調査すると共通して見えてくるのが共通の魔法色です。今回の事件でも同じ魔法色が見られました。間違いなく災厄の魔女の仕業です>

「黒か」


 目の前の皿を数えて財布の中身を頭の中で確認しながら俺は頷く。

 魔法を使えば多かれ少なかれ痕跡は一部の特殊例を除けばほとんど必ず残るものだ。そして、その痕跡には色がついている。それが魔法色だ。通常なら魔法使用時の一瞬しか見られないとされているが、一部魔法使いはそれらを魔法の痕跡として見ることができる。

 同じ魔法色の魔法使いはこの世には存在しない。人口調査においては性質とともに必ず登録される項目の一つだ。

 そして、黒とは災厄の魔女の魔法色とされている色だ。


「それは姉さんが言ったのか?」

「ええ、貴方のお姉さまが昔勧めてくださいました。それ以後、私はマグロと言ったらクロマグロ一択です」

<ええ。お茶会……特にイギリス本部は、全知の魔女を良い様に利用できればと考えているみたいです。今回も彼女を捕縛し行動を封じた後、事故調査委への協力だけはしっかりさせていましたから>


 昔から魔法使いのみならず人類すべてに災厄をもたらす魔王、悪しき魔女。

 生きる天災と言う人々さえいるその魔女を、俺たちにどうこうできるのだろうか。



 ※ 



 真実がある。


 fin

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