85、帰国と輪
お題:ロシア式の愛 必須要素:イヤホン 制限時間:1時間(http://sokkyo-shosetsu.com/novel.php?id=235490)を加筆修正したものです。
愛する人間だけが、叱りつけ矯正する権利を持っている。
※
私が帰国した頃には、日本は梅雨明け間近だった。
まだ雨はよく降っているようで、この日も随分と雨脚が強いようだった。
荷物は現地から自宅に送るように取り計らってあり、今の私は手荷物一つ持っていない。と言うより、そういったものを持つことを許可されていないという方が正しい。いや、お荷物という意味では私は確かに“お荷物を連れて”きている。
私の傍らに長めの黒いフード付きローブを着た女の子が一人、その背後に同じような服装をした者が3人、そして更に少し離れて私たちの周囲を取り囲むように5,6人程いる。
国際線の到着ロビーにこんな不審な服装の人間が大勢いれば目立ちそうなものだが、周囲の人間はそれを見向きもしなかった。誰も彼もがこちらを認識していない。
ただ一人、私の迎えに来た男を除いては。
「随分と厳重警戒だな、サラ=シャルンホルスト」
その男、白崎青司は、私の隣のフードにドイツ語で挨拶した。フードの方は少し浅めの会釈で返す。
「虚偽の魔女様の名前を口にするとは何たる無礼。無知の魔法使い風情が。貴様、仮にもお茶会の者ならば口のきき方を覚えろ」
真後ろにいたフードのうちの一人が、蔑むように呟いた。お茶会では古い魔法使いたちの伝統に則って、互いの魔法の性質で互いを呼び合うことが習わしだ。
無知の魔法使いと呼ばれた弟の方は、肩を軽く竦めただけで特に反論はしなかった。
「失礼を働きました、虚偽の魔女様」
「私は構いません」
傍らのフードの下から涼やかではっきりとした声が聞こえた。相変わらずフードの下は見えない。青司は青司で困ったように首を掻いている。
その動作で、ようやく私は彼の肩にカメレオンが乗っているのに気が付いた。青司の使い魔、ハインリヒがまるで彫像のように動かずそこにいた。彼が外に出てくるとは珍しいような気がする。
「そう頑なになることもないでしょう。無知の魔法使い、私の部下がご無礼を」
虚偽の魔女、サラ=シャルンホルストは深々と頭を下げた。
「ああ、いやそんな。俺は確かに無知の魔法使いと呼ばれるべき存在ですし。古くからの伝統や礼節は重んじられるべきだと思いますよ。それにこちらこそ、この度は我が国の全知の魔女がご無礼をいたしました」
弟は“我が国の”という部分を強調しながらそう言った。気乗りしないようだったが、こういう細かい言葉にも外交戦略的な意味合いがあるのだから致し方ない。弟は相変わらず虚偽の魔女の方を見ていたが、彫像のカメレオンがこちらを向く。表情までは動かないので、まったくどういう視線なのかは測れない。けれど、言いたいことはなんとなく分かる。今回に関しては全く釈明の余地はない。が、そもそも釈明する気はなかった。
私は私の行動を後悔はしていない。反省もしていない。
「いきなり学会を飛び出して行方不明になったかと思えば、ロンドン本部に無断侵入して機密Aランク数項目を閲覧、本部経費を浪費し物資購入、多用途戦闘機ユーロファイタータイフーンをカーニングスビー空軍基地より強奪。単身アフリカ方面まで飛んでいかれて……説明は既に聞いておいでですか?」
「まあ、大体は文書で拝見したしました」
苦笑いの青司には申し訳ないが、事実だ。
しかし戦闘機でアフリカ大陸に差し掛かりそうなところで魔法空軍により撃墜されて、本部まで連行された。
その後もお茶会の審問会でゴタゴタを起こしたが、ここでは割愛しておく。長い話をするのはやっぱり嫌いだから。
虚偽の魔女は小さく溜め息を吐いた。
「ならば、話は早いです。日本の身柄受け渡し要請を受理いたしましたので、こうして来日いたしました」
弟が虚偽の魔女と書類を突き合わせているのを、私は何となく眺めていた。周りのフードたちの視線がかなり鬱陶しい。
ためしに近くにいるフードに声をかける。
「ねえ」
「何ですか?」
「白衣のポケットにアイポッ●とイヤホンが入っているんだけど、音楽聴いても良い?」
「許諾できません。そもそも、貴女の持ち物はすべてお茶会で没収・監査にかけたはず。何故、そのようなものを」
「私が許可しました」
虚偽の魔女がこちらのやり取りに声を飛ばしてきた。許可されているのなら、今更どうこう言われる筋合いはない。私は耳にイヤホンを挿した。
「虚偽の魔女様、何故そのようなことを!」
「アイポッ●とイヤホン、それぞれ魔法的異常は見受けられませんでしたので、即日お返しさせていただいきました」
「しかし!」
「……無知の魔法使い、これで身柄受け渡しは完了です。再現の魔女、落ち着いてください。全知の魔女には“輪”をかけてあります。そう恐れることはありません」
アイポッ●を操作すると右手で金の腕輪がチャリンと軽薄な音を出した。この輪、私も発明に携わった特別製で、魔法を強制的に封じる力がある。これまでの“魔法を使おうと思えば使えるけど、禁止令が出ているから使えない”というのとはわけが違う。開発当初から更にグレードアップして更に封印事項が増えたと聞いたが、詳しくはよく知らないし興味もなかった。
「まあ、きっとサラも貴方の部下も長旅でお疲れなんでしょう。お寿司でも食べにいきませんか?」
「回転しないところでお願いします」
イヤホンを挿したままの耳で私は弟と虚偽の魔女の会話を聞く。イヤホンからはこう聞こえた。
<灰子さん、私はこれから青司にお寿司を奢ってもらいます>
これが虚偽の魔女の性質である。嘘を言いながら本当のことを伝える少女、サラはさらに続ける。顔を青司に向けたまま、本当の言葉だけを私に向ける。
「マグロが食べたいですね。三崎の」
<ここの近くのサンドイッチハウスで貴女を待っている人物がいると、青司さんから伝言です>
私は天を仰ぐ。
聞こえなかったふりは通用しないと分かっていたけれど。
私は俯くように頷いた。これで彼女には通じるはずだ。気が滅入るが、彼に会わないわけにはいかないと分かっていた。
※
だから、どうか私を叱ってください。
fin




