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僕は今日も、鍵で扉を開ける。  作者: ささかま。
第3章 彼女は扉も鍵も知っているが、その先を知らない。
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84、間違い電話と何でも屋

お題:打算的な何でも屋 制限時間:1時間(http://sokkyo-shosetsu.com/novel.php?id=228384)を加筆修正したものです。

 彼女は女王に肺と肝を食べられてしまった。


 ※


『あーもしもし、僕今度そっちの方に出張すんやけど、何かほしいお土産とかあります?最近やと、イチゴチョコ生八つ橋とかインドカレー生八つ橋なんていう、なんやハイカラなんもあるけど。やっぱ普通の方がええ?』


 本屋がドイツに去った後、僕は大学生として勉学に追われていた。


『先日はご来店ありがとうございます。ご注文されてました書籍の方が入荷いたしましたので、ご連絡いたしました。こちら1週間取り置きとさせていただきますので、その間にご購入くださいませ』


 本屋の授業がなくても他の授業は通常通り執り行われ、レポート課題なども多い。


『俺、単位取れるんすかね!?まさか留年すか?やめてくださいマジで!!』


 そんな中でも見境なく、タイミングを読まず、それは鳴りつづけた。

 何がか?


『姉さんのおかげでシャバにまた出てこれましたわ。この恩は忘れねえっす。ぜってえ返すっす』


 無論、あの日本屋から受け取った携帯電話である。かかってくるたびに教室から出て、電話を受ける。


『柿谷です!あの、この前色々融通していただいたおかげで、無事にそちらの大学事務への就職決まりました!ありがとうございます!』

「……すいません、人違いではありませんか?」


 僕は、電話がかかってくるたびに繰り返した言葉を呟いた。向こうに悪気があるわけではないだろうが、流石に講義中に何度も着信が来てしかもすべて間違い電話と来ればイライラもしてくる。それが口調に出てしまったのだろう。受話器越しに相手の奇妙な悲鳴が聞こえた。


『ひえっ!すみません!私ったらドジなのは変わらないなあ……』


 相手はそう言いながら電話を切ってしまった。

 まったく何なんだ。本屋は僕に間違った携帯電話を渡してきたということだろうか。少なくとも今までかかってきた電話すべてがたまに来るセールスを除いてすべてが本屋宛ての電話である。さっきの柿谷とかいう女性からの電話も彼女はそう言わなかったが、話の内容から推測するに本屋宛てだろう。それにしても色んな人間から電話がかかってくるものだと呆れてしまった。

 お茶会などの魔法関係者、大学関係者、外部企業、店舗、町工場、どっかのお偉いさん、小学生、大量殺人鬼、手品師、麻薬密売人、葬儀屋、そもそもどこの国の言葉で話しているのか分からない人物……挙げたらキリがない老若男女が、本屋に電話をしてくる。彼女は大学教授ではなく何でも屋でもやっているんじゃないかと半ば疑ってしまう。もちろん、あの魔女のことだから、何でも屋をやるにしても代金などを念入りに見積もって、それにそぐわなければ切り捨てるという手法をとるような、かなり打算的でずるがしこい何でも屋なのだろうが。

 そんな風に考えているうちにも携帯電話がマナーモードで振動した。とりあえず、今回の相手にもちゃんと説明しようと、通話ボタンを押して口を開く。


「すいません。この携帯は、」

『あれ、きみは……――――くん?』


 これまでそういうことは一切なかったのだが、今回初めて本屋と僕との共通の知人から電話がかかってきた。とは言え、彼も呆気にとられているようで言葉を詰まらせている。無理もない。


『これって姉さんの携帯だと思ったんだけど、違ったかな?』


 自分の姉に電話したつもりが、その弟子に繋がってしまったと知った青司さん、小説家さんは、そう呟いた。



 ※



『すまない。また姉さんが迷惑をかけたみたいで。このお詫びは必ず……きみ、フィナンシェは好きかな?』

「小説家さんは悪くないですよ。それに大丈夫ですからお構いなく。菓子折りなどは結構ですから」


 事情を一応説明すると小説家さんはやたらと恐縮した様子で詫びてきた。もちろん迷惑は被っているが、小説家さんに罪はない。すべての罪はあのアホ師匠の本屋が背負うべきである。ということは、もちろん弟である小説家さんには一切言えないのであるが。先日、彼の家を訪問した時に台所に積まれていた菓子折りを思い出しながら、僕は固辞した。


『たぶん、姉さんは姉さんで携帯を別に持っているよ。たぶん、ドイツにいる間に日本国内からの連絡を絶つためにその携帯をきみに渡したんだと思う』

「なるほど。確かにこんな勢いで電話かかってきたら、学会にも支障が出そうですね」

『だからと言ってきみにそれをすべて押し付けるのは……ねえ、美味しい醤油煎餅があるんだけど』

「大丈夫ですからお構いなく」


 言われてみたら納得する理屈だ。というか、あの魔女ならやりかねない。


『でも、困ったな。姉さんにどうしても連絡したいんだ』

「急用でしょうか?」

『急用というか緊急かな』


 小説家さんの声に緊張が走り、僕も思わず身を竦ませる。

 電話をしながら思案する間に、僕は一つあることを思いだした。


「そういえば携帯に本屋のものと思しき電話番号が一件だけ登録されているんです。お教えしますから、そこにかけてみては?」

『そうだな。頼むよ……いや、やっぱり今から俺がそっち行っても良いかな?多分、姉さんのことだから、きみが持っている携帯からしか着信受け付けていないとかありそうだからね』

「……確かに」


 流石、姉弟。手口はよく分かっている。


『きみ、確か姉さんが専任やってる大学の学生だよね?』

「そうです。でも部外者がキャンパス内に入講するには手続きが必要なので……。そうですね、大学最寄駅のカフェはご存知ですか?」

『うん、知ってるよ。じゃあ、そこに10分後で良いかな』

「はい」


 腕時計を見ると、心理言語学の講義はまだ20分ほど残っていたが、もう知ったことではない。出欠席は講義の最初にもう取ってあるので、あとは試験前に多少苦しめば済むことだ。

 電話を切って僕は駅前に向かった。



 ※



 カラン、と軽い音でドアベルが鳴る。

 既に小説家さんは、窓際の席に座っていた。スーツ姿でネクタイもしっかり締めていた。前回飲んだときに見た私服とのギャップで違和感しかない。何も頼んでいないのかテーブルの上には水の入ったグラスが置いてあるだけだ。


「――――くん、悪い。急に呼び立てて。授業とかは平気かい?」

「大丈夫です。それより、緊急の用件なんですよね」

「そうなんだ。まあ、緊急と言っても、もう起こってしまったことだから手遅れではあるんだ。けれど早めに姉さんに伝えた方が良いと思ってね」


 黒い携帯電話を操作し、電話帳に唯一登録してあった番号を出す。そのまま手渡すと、時間が惜しいのか彼は性急に電話をかけた。小説家さんはどこか焦っているようでいて、それを平静さで補っているような様子があった。

 呼び出し音が鳴る。


「そのまま座っててくれ。たぶん、きみはここにいてくれた方が助かる」


 立ち去った方が良いだろうかと、腰を浮かすと小説家さんが腕をつかんできたのでまた席に戻る。ドイツは今何時だろうか。こちらが今お昼を少し過ぎたあたりだから、早朝といったところだろうか。


「もしもし、姉さん」


 電話の向こうの声は聞こえない。少しくぐもった音が答えるのが聞こえる。そこに笑い声も含まれているように聞こえたが、小説家さんは厳しい顔で、それを崩すことはなかった。


「悪いけど、ふざけている時間はないんだ。こっちも急いでいるんだよ。だから手短に言う」


 電話の向こうで本屋も笑うのをやめたようだった。BGMもない店内で、小説家の声が静かに響いた。


「詩織さんと旦那さん……つまり榛名夫妻、それに彼らと共にアフリカ紛争地帯で活動していた魔法医師団体、およびその患者、周辺住民が、何者かの魔法によって死んだ。……うん、魔法の特定は本国の派遣員がするみたいだけど。遺体が返還され次第、葬式もあると思うから。……姉さん、くれぐれも迂闊な行動はっ!!」


 小説家さんが声を荒げ、すぐに言葉を切った。唇を噛んで苦悶の表情を浮かべると、僕の方を見て、携帯電話を差し出す。


「姉さんがきみに代われって」


 受け取ってすぐにそのまま耳に当てると、予想外にテンションの高い声が聞こえてきた。


『やあ、――――!やっぱり青司と一緒にいたんだね。元気してる?私がいなくて寂しくない?』

「……寂しくありませんよ、別に」

『あら、残念。私は寂しいのになあ?寂しくて死んじゃいそうよ。そんなところに姉弟子が死んじゃったなんて言われたら、ねえ?』


 手汗が酷く、咽喉も渇くようだった。本屋はいつもと変わらない朗らかさに妙なテンションを混ぜつつ話している。

 受け答えを間違えたら終わりだと、直感が告げていた。唾を飲みこんでどうにか言葉を繋ぐ。


「寂しいなら早く帰ってくれば良いでしょうに。学会が終わったらすぐ帰ってきてください。貴女に用のある人間が大勢いるようなので」

『ごめんね、――――。すぐ帰るのはちょーっと無理そうなのよね』


 全知の魔女はそんな風に言って、


『ちょっと急用を片付けてくるから遅くなるわ。それまで、どうか元気でね』


 電話は一方的に切れた。

 その後、何度かけ直しても、彼女は電話に出ることはなかった。



 ※


 それ以来、彼女の行方は誰も知らない。


 fin.

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