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僕は今日も、鍵で扉を開ける。  作者: ささかま。
第3章 彼女は扉も鍵も知っているが、その先を知らない。
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82、方向付けと力

お題:黒尽くめのデザイナー 必須要素:下駄箱 制限時間:1時間(http://sokkyo-shosetsu.com/novel.php?id=227723)を加筆修正したものです。

 力は発生して、そこに留まった。



 ※


 梅雨入りをしたばかりのこの日に僕は、近々ドイツで学会あるとか何とかで自宅でプレゼンの用意をしているという本屋を訪ねた。あらかじめ聞いてあった住所にいざ行ってみると、そこは軽く人避けの呪い(まじない)がしてあるだけのただの倉庫だった。こんなところに女性一人で住んでいるなんて物騒この上ないが、住んでいるのが本屋なら賊に襲われたりする心配もないだろう。

 もとから人気は少ないようで、呪い云々以前に人ひとり見当たらない。倉庫の外壁は錆びついていてところどころ穴が開いている。大きめの通用口も同様で、じっと見ていると錆が模様に見えてくる。遠目なら斬新なデザインの扉と言い張れば通用するかもしれない。もしも僕がデザイナーならこんな悪趣味なデザインにはしないだろうが。とか、何とか思いつつ、錆びた蝶番を無理矢理軋ませて僕は倉庫内に入ったのである。

 そこには無数の本棚、無数の書籍がひしめいていた。本棚の一つ一つに番号が振ってあり、さながら図書館のようだ。図書館と決定的に異なるのは、この本棚が無造作に散乱するように置かれているということである。棚の一つ一つには番号がラベリングされているが21035番の本棚の上に65214番の本棚が斜めに置かれているといった具合である。扉を入ってすぐのところに色とりどりのハイヒールが入った下駄箱が置かれていた。


「あー良いよ。――――、土足で入って来て」


 いくら倉庫でも土足はまずいだろうかと自分の黒いスニーカーを見ながら考えているところに大声が響いた。それならば、と僕は遠慮せずに足を踏み出した。



 ※


 足場の上に置かれたソファで寝転ぶ本屋の隣で、僕はコーヒーを啜った。フレッシュを入れようとしたが、あらかじめ入っていた。本屋は本屋で、もちろん転がっているだけではなく何やら忙しくスライドやら資料やらを作成している。

 今日も相変わらず珍妙な格好だ。いつも通りの白衣、ベージュの輪ゴムで後ろで無造作に束ねた髪、それに同色の眼鏡。レンズにパソコンの画面が反射している。


「きみだって今日は随分と黒づくめな格好しているじゃない。だから珍妙とか言われる筋合いはないな。私がデザイナーならもっとマシな格好にしてあげるんだけどね。男性ファッション誌が12352番棚にあるよ。きみには上から2段目右から6冊目の5ページ目で特集しているゆるふわ系男子の服とか似合うんじゃない?その棚、ここからちょっと遠いけど」


 色合いはおとなしめなのに、言うことは相変わらずである。確かに今日着てきた服は黒いTシャツに薄目の黒いカーディガン、濃い紺のズボン、さっきも言ったが黒いスニーカーといった具合で、ファッションセンスのあるなしで言ったら、後者であるのは自覚している。


「ところで今日は何の用かな?」

「数日前に電話で言った。修行計画を立てるって話だったじゃないか」

「でもねえ、見ての通り、ちょっと忙しいのよね。それに」


 反射した画面が見えなくなったと思ったら、眼鏡の向こうからジトッとした目線がこちらに向けられていた。思わずぎょっと仰け反る。


「それに、きみの魔法ならもう見た」

「確かに師匠になってもらう前から何度か見せた。それならさっさと修行計画立てて」

「そして、見た上で言わせてもらうけど、きみの魔法は一般的とは言い難いのよ」

「……は?」


 キーボードの上を走る手が止まり、右人差し指がこっちを指さした。


「独学で魔法を学んでこれなら、私がわざわざ教えるよりも独学続けた方が良いんじゃない?」

「そんな、だけど僕は本屋に……」

「一般的じゃないものは排斥される。それは世間一般の常識。けれどね、私はきみの魔法に興味がある」

「じゃあ、」

「うん、だからこそ私はきみに魔法を教えることはできない。私の教えで、きみの貴重な才能をダメにしたくないのよ。まあ、確かにきみの魔法には欠点もあるっちゃあるけれどさ」


 珍しい。本屋が若干食い気味にこちらに乗り出してくる。


「……でも、それは私がわざわざ教えることでもない」


 わざわざ教えることでもない。

 突き放された、のだろうか。本屋はしばし難しい顔をすると、もちろん、と口を開く。


「この前きみに言ったことは嘘じゃない。私はきみの師匠だし、きみは私の弟子だ。だからこそ、何かしらきみに知恵を授けるべきなんだろうね。でも言わせてもらうけど、私は少し悩んでいる」

「全知の魔女なのに悩むんだな。何を悩んでいるんだ?」

「なのに、じゃない。だからこそ、だ。それに私は全知の魔女であっても全能じゃないからね。全能じゃない限り、全知なんてものは持て余してしまうものだよ。……悩んでいること自体は至極簡単で単純なことだけれどね」


 たとえば、と言いながら、本屋は制作中のスライドの画面を僕に見せてきた。写真がいくつかあってどれもこれも白黒だが、人、いや、魔法使いであることが恰好から窺えた。


「ここにいくつかの魔女・魔法使いに関する名画がある。どれもこれも杖を持っていたり、手を対象に差し向けていたりするでしょ?」

「そうですね。杖以外にも水晶やら天秤やら髑髏なんかも」

「そう。どれもこれも描いたのは魔法使いではない人、つまり芸術家たちだ。こうして描かれる魔法使いたちはある種の傾向があって、これは実際の魔法使いたちにも当てはまっている。今でも昔でも当てはまっていることだよ。さて、きみは、魔法使いたちがこうやって指向けたり、道具持ったりするのは何でだと思う?」


 まるで大学の講義のようだった。本屋の質問に僕はしばし考え込む。もちろん、魔法を使うのにそれらが必要だから持っているのだろう。儀式に必要な動作なのかもしれない。しかし、不可解だ。そんなものなくても、あるいは指など指さなくても魔法を使うことは出来るではないか。そんな無駄な事物や動作を入れることで何が彼らの利になるのだろう。


「なるほど、OK。きみの言い分は分かった」


 僕の説明を聞いた本屋がジト目をそのまま口調に表しつつそう言った。


「本来、魔法というものは方向付けを必要とするんだ。それ自体はただの力でしかないんだよ。力の方向を導いてやらなければどんな力もそこに留まり続けるしかない。方向づける手段として杖や天秤、水晶などの道具が用いられる。指にしても、その指した方向に力を行使するから指しているのよ。そこで、きみの魔法の一般的でない部分についてだ」

「僕?」


 いきなり僕の話になって、呆気にとられる。


「――――、きみ、魔法使うときって何か使う?それか、何かモーションを起こす?」

「えっと、いいえ?」

「だよね?でも、さっきも言った通り一般的にノーモーションで魔法を使えるなんてことはないの。私だって魔法を使ってたときは必ず動作に方向付けを加えていた」


 つまり、彼女が言いたいのは、ノーモーションでの魔法の行使をどう指導したら良いのか皆目見当がつかないということらしかった。しかし、それはそれで研究対象として貴重なサンプルだからということで喜んでもいるようだった。僕はモルモットか何かなのだろうか。

 一方でモーションなしで魔法を使えるのは普通だと思っていた僕からすれば、本屋の話は少し驚きの情報である。

 余談だが、今度の学会でその魔法行使の際の方向付けについて議論するそうだ。スライドづくりは間に合うのだろうか。



 ※


 行く宛てが分からなかったからだ。


 fin.

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