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僕は今日も、鍵で扉を開ける。  作者: ささかま。
第3章 彼女は扉も鍵も知っているが、その先を知らない。
82/99

80、蒼白と朱

お題:2つの傑作 必須要素:BMW 制限時間:1時間(http://sokkyo-shosetsu.com/novel.php?id=226708)を加筆修正したものです。

 酒は呑んでも、呑まれるな。


 ※


 すっかり担当編集との打ち合わせが長引いてしまった。

 空が薄紫がかっている。夕方から夜へ移行するその様子を目にして、ため息が漏れそうになったが押しとどめた。長引いてしまったのは他でもない自分のせいではあるから、ため息をつきたいのはまさに担当編集の方だろう。こちらとしては売れない作家なりにもやはり譲れないこだわりというものはあるわけで。特に今回は自分で言うのもなんだが“これは傑作だ!”と思えるものが書けたのだから、担当であってもあまり口出ししてほしくないというのが正直な気持ちだった。もちろん、そういうわけにはいかないとは分かっている。書きたいと思う作品と売れる作品は必ずしもイコールではない。それが分かっている上でやはりこんなことを思ってしまうところからして、やはり俺はまだまだガキなのかもしれない。

 編集はそこのところをしっかりわきまえた上で言いたいことは言ってくるし、しかし尊重すべきところは尊重してくれているのだから、さらにそのガキ加減が身に沁みてくるのだ。

 結局、俺はさっき我慢した分の溜め息をつくことにした。無論、担当編集との打ち合わせが長引いたせいではない。

 そして今まさにその担当編集さんの赤色のBMWクーペで、俺は駅前の焼肉屋に向かっていた。とりあえず駅前で降ろしてもらうことにする。


「でも良かったね、白崎くん。久々にお姉さんとご飯?楽しんで来ると良いよ」

「どうせ“奢ってー!”とか言われんのが関の山ですよ」


 そんな会話を交わして編集と別れた俺は駅から少し外れたこじんまりとした裏通りに入って、その姉に呼び出された焼肉屋へと向かった。

 お店自体は目立たない佇まいで、しかし中へ入るとなかなか混み合っているようだった。忙しそうにジョッキを運んでいた店員に名前を言うと、慣れた様子で先導してくれた。完全とはいかないまでも、仕切りがあって半個室化されている。そして、


「あー!お兄さん、マッコリ持ってきてー!!」


 案内された部屋に店員と共に入ると、かなり酔った様子の姉、そして完全に沈没している男が一人いたのだった。



 ※


「青司、遅いよ!もう始めてるからね!!お兄さん、この子に生!」


 とても二人で呑んでいるとは思えない惨状がそこにはあった。席は掘りごたつ式になっているが、姉さんはそんなのもお構いなしと言った様子でカラージーンズを履いているのを良いことに胡坐をかいている。相変わらずいつもの白衣姿で、今日はレモンイエローの眼鏡をかけ、肩までの髪の毛はストレートで、前髪が小さなピンで留められている。頬が仄かに赤く染まっているのと、ビール瓶、アイスペール、そしてピッチャーがいくつか転がっているのを見れば何があったかは推し量れる。

 酒豪の姉さんに付き合わされたに違いない被害者は、片手にカシオレらしき飲み物を持って完全に沈没していた。顔面が焼肉のたれが入った皿に没している。

 向かい合わせに座った二人の間にあるテーブルには燻る七輪と肉、それにナムルなどのその他つまみ類が節操なく並べられていた。

 俺がこうして唖然と見回している間にも、姉さんは肉をひっくり返している。


「―――-ったら、お酒弱すぎて話にならないわ。最初にカルピスサワーとか乙女チックなもの飲み始めたから、説教してジョッキ呑ましたの。そしたら“僕はもう無理です。カシオレで良いです”とか!何考えてんだか!お子ちゃますぎるのよ!」

「何考えてんだかはアンタの方だ!大学教授が学生に酒を強要するなって」


 そもそも姉さんの押しに対してNOと言えるだけ、彼は大人だと思うのだが。


「良いのよ。固い事言わないのー」


 良い感じの言葉を言ってごまかそうとする気満々だ。

 ここでさっき姉さんが頼んだ瓶ビールが運ばれてきたので、こっそり店員にウーロン茶を頼んだ。


「――――くん、大丈夫?」


 絡んでくる姉さんを押しのけて、俺は――――の隣に座った。下手したら介抱が必要かもしれない。


「……うっ」

「おい、大丈夫かい?ダメそうなら、トイレに」

「……違うっ」

「え?」


 寝言かと思ったら、いきなりガバッと上半身を起こした。目は充血して泣いた後みたいになっているが、その割には顔が蒼白になっていた。なるほど、姉さんとは正反対で酒を飲むと顔が白くなるタイプらしい。ちなみに鼻は完全にタレ漬けになっている。


「何考えてんだかは僕の方ですよ!!!」


 右手に持ったグラスがガンガンとテーブルに叩きつけられ、中身が散る。


「何が“貴女の初めてをくれ、もう余裕がないんだ”だよ!!何であんな恥ずかしいことを僕は!!」

「え……はい?」

「うっはー!――――、流石出来上がってるね。傑作傑作大傑作ねー」


 歌う様に姉さんが言いながら、また酒を煽った。

 ちょっと待てしばし落ち着こうじゃないか冷静になれ。俺がここに呼ばれたのはそもそも姉さんからの呼び出しで“――――が弟子になった記念に飲むから来なさい”ということだったはずだ。それ自体も驚いたというのに、何がまかり間違って初めてがどうのこうのって話になってるんだ?というか姉の初めてとか弟としては別に知りたくない。


「――――くん、本当にちょっと落ち着いた方が。さっきウーロン茶も頼んだから、ね?」

「小説家さん何言ってんれすか!!!落ち着いていられますか!!」


 彼は僕を小説家と呼ぶ。何でも本名で呼ぶのはどことなく抵抗があるらしい。お茶会のお偉いさんたちの言い分に少し似ている。真面目な性格なのだろうが、そんな男もどうやら酒を飲むとこうなるらしい。


「【開ける】にはアレしかなかったとは言え、あんなこと!!」

「姉さん、――――くんに無理やり何言わせたんだ!!」

「いーじゃん何でも。それに無理やりなんて人聞きが悪い。彼が自分で言ったのよ。それよりさ、呑もう。大体、――――、きみは私が初めてだとでも……」

「僕が初めてか初めてじゃないかは関係ない、このクソ師匠!!」


 混沌である。酔っぱらいが二人。ベクトルが違うが、そっくりな酔っぱらいが二人そこにはいた。


「大学教員になるのに年齢詐称して35ってことになってるけどさあ、実年齢はまだピチピチの20代なんだよ?」

「うるさい、アラサー。声聞けば年齢くらい分かりますよ」

「いやーん、変態!」

「変態じゃない!」


 姉さんが近くにあった瓶ごと焼酎を煽る。


「OK、変態じゃないことを証明してみなさいな。今から修行だ!!来い、弟子よ!」

「上等だ!表出ろ!」


 ※


「……店員さん、すみません。お勘定を」




 結局、取り残された俺はウーロン茶を飲み、彼らの分まで支払いをするはめになった。

 本当は、姉に話すべき案件がいくつかあったのだが、それはまた後日にすることにしよう。



 ※


 お願いだから。



 fin.

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