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僕は今日も、鍵で扉を開ける。  作者: ささかま。
第3章 彼女は扉も鍵も知っているが、その先を知らない。
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77、春告鳥と桜

お題:うるさい伝承 必須要素:しめじ 制限時間:1時間(http://sokkyo-shosetsu.com/novel.php?id=225081)を加筆修正したものです。

 春告鳥よ、どうか



 ※


 ホーホケキョ

 ホー、ホーキョッキョ


 少し鳴くのが苦手らしいウグイスがいるようで、その健気な声が私のいる場所にも聞こえてきた。大学の研究室棟の裏に小さな庭があり、そこに一本の大きな桜の木がある。もう5月も半ばで花こそ散ってしまっているものの、青々とした葉が芽吹いている。丁度、裏庭に麗らかな日差しが差し込む午後、キャンパスの喧騒を少し遠くに聞きながら、私はその桜の木の根元に座っていた。


 ホーホケキョ

 ホー、ホーキョッキョ


「~~~♪」


 拙い鳴き声だけれど、嫌いじゃない。読書をしながらそっと聞き耳を立てて、私も大きめの桜色の鰐口クリップで邪魔な長い髪をまとめ上げながら、その鳴き声に便乗する。すると、芝生が揺れて擦れる音もしてきた。



「それ、何の歌ですか?」


 そして、その音が私のすぐ傍らで止まった。少し目線を上げれば、眼鏡の縁の桜色が見えて、全体的に暗めの色合いの服が見えてくる。相変わらず冴えない学生だと思いつつ、私は彼の質問に答えることにした。


「知らないよ。だってこの歌には題名がないんだもの」


 訝しげな気配が風と共に揺れて私は、やっと彼の顔を見上げる。桜の花をバックに、その暗さは非常に際立っている。


「私がまだとある人物の弟子だった時に、姉弟子が歌ってくれた歌。でたらめに鼻歌で歌ってくれたその歌を私が覚えているだけ。何の歌かは知らないし、正直そこは重要じゃないんじゃないかな」

「本屋、貴女はいつもそうだ。知らない知らないばかりで。全知の貴女が知らないはずなんかないのに」


 本屋という不思議な呼称は彼が私に名づけたものだ。何でも、本人いわく本名を呼ぶのが心苦しいらしい。魔法使いは確かに名前を隠す傾向にはあった。名前は私たち魔法使いを縛るものだからだ。魔法使いを縛り、成すものと認識されていたからだ。しかし、それは昔の話だ。それこそ、魔法がまだ科学よりも重宝されていた時代の話。縛る云々は迷信や伝承の類だというのが、現在の認識の相場である。魔法使いでさえ魔法を使わないことが多い現代では、こんなことを間に受けているのはお茶会のお偉方たちか、この男くらいだ。


「本屋なんて呼び方はよしてくれと言ってるだろうに」


 そんな男の様子がやはりおかしくて、思わずクスクス笑ってしまう。


「私には白崎灰子っていう名前があるのだから、それで呼んでよ」


 そう言うと、――――は苦い顔をして、


「そのうち。けれど今は」


 とだけ言った。


 ※



 ――――がまだ昼食を取っていないと言うので、せっかくだからここで食べなよと隣に座らせた。話に寄れば、この時間帯は授業がなく空き時間らしい。

 彼が持っていたランチボックスからは可愛らしいサンドイッチが出てきた。卵フィリングとシメジを刻んだものをマヨネーズであえてライ麦のパンに挟んだり、胡椒を効かせて少々炙ったハムとパリッとしたレタスやサワークリームを合わせてさっぱり風味のサンドもある。なるほどなかなか料理が得意らしい。


「しかし、どうして私がここにいるって分かったの?」

「勘、みたいなものです」


 彼は私の必修授業を全出席した上で、レポートもなかなか良いものを出してくる。それのみならず、上級生向けの授業にまで顔を出してくる始末である。“始末だ”なんていう言い方をしているのは、未だに彼が私の弟子になることを諦めず、呆れるほどに執念で私に付きまとって自らの魔法を見せに来るからだ。大学生としても魔法使いとしても、天性の勘というか、才能というか、そういうものはあるように思う。


「どうして僕は貴女の弟子になれないんですか?」


 口をモゴモゴ動かしながら、彼は言う。


「僕の魔法が拙いからでしょうか?話にならないということでしょうか?」


 そうではない。決して。

 先程も言ったが、なかなかに才能もあるし、私がちょっと気まぐれで彼の魔法に口出ししたことに対しても呑み込みが早い。というか早すぎる。それでも話に聞いたところによると、これまで誰かに魔法を習ったことはなく独学だというのだから驚きだ。

 なので、彼を弟子に取らないのは、


「違う違う。私が魔法を使わない魔法使いで、使えない魔法使いで、先生役なんかできないってこと」


 もう正直に言ってしまった方が良いだろう、と思いながら私は頭に降ってきた花びらを払った。

 さっきまで読んでいた本にしおりを挟む。


「全ての魔法使いはお茶会によって人口調査やら何やらの名目で個人情報登録されているのは知っているよね?名前やら生年月日、血液型、国籍とか……それに性質が登録される」

「本屋の“魔法性質論”の論文なら呼んだことがあります」

「あら、それはどうもね」


 “すべての魔法には性質がある”ということを提唱したのはお茶会創設者の魔法使いだったが、私は“すべての魔法使いには性質がある”と主張している。その根拠は色々あるが、今は置いておこう。いつだったか私が提唱した理論が、何故かお茶会イギリス本部のお偉いさんに認められ、現在の魔法使いの間では一般常識にさえなりつつある。しかし、まさか彼のように論文まで読んでいる人は稀だろうが。


「登録したが最後、“全知”という性質をお茶会が欲しがった。だから、私はそれを提供した。提供させられた」


 お偉いさんたちのそういう提供要求に、幼かった私は逆らうことはできなかったし、逆らうことはしなかった。それは単純に逆らう理由がなかったからだ。


「つまりどういうことかと言えば、私の性質はお茶会のものであり場合によっては白崎の家のものでありってことでね……実質、私は魔法を自由に使える身ではないってわけよ」

「それで貴女はそれを受け入れて、魔法を使っていないんですか?」


 彼の瞳は案の定怒りに燃えていた。いや、もしかしたら日差しが反射しているだけなのかもしれない。彼を動かす謎の正義感。理由のない、空っぽのそれはやっぱり気味が良いものではない。


「でもまあ、それは表向きの理由でね、本当の理由は別かな。聞きたい?」

「教えてください」


 流石の即答にしばし苦笑して、でも彼の心意気に敬意を払って私は話すことにした。


「全知の魔法なんてね。使ったってつまらないのよ。たとえばゲーム攻略で攻略本見てしまった時のような、たとえば小説の結末を読む前からネタバレされたような、たとえば」


 また花びらが降って来て、ウグイスが鳴く。


「……知らない方が良かったことを、知ってしまったような」


 私が魔法を使わないのは、そんなどうしようもない理由だった。



 ※


 どうか、すべてを告げてしまわないで。


 fin.

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