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僕は今日も、鍵で扉を開ける。  作者: ささかま。
第3章 彼女は扉も鍵も知っているが、その先を知らない。
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74、愛と地下室

お題:愛の地下室 制限時間:1時間(http://sokkyo-shosetsu.com/novel.php?id=220579)を加筆修正したものです。

 眩しいものを見るときは。


 ※



「倒したい相手がいるんです」


 僕は至極真面目にそう言ったのだけれど、目の前の魔女はきょとんと目を丸くした。手に持ったスプーンから卵が零れ落ちそうになるのをすんでのところで口に運ぶ。


「倒したい相手ね……」


 眼鏡の奥の瞳に映る物を僕は知ることはできない。もしも心の中を透かして見ることができるような魔法があれば便利なのにと思う。もしかしたら世界のどこかにはそんな魔法があるのかもしれない。

 目の前の瞳は何を思ったのか、思考するように上を向く。手元では卵がライスと一緒にグシャグシャにかき回された。そして、やっと視線がこちらに戻ってきて


「惚れ薬とかなら他を当たった方が良いんじゃない?」


 と口が言う。


「……ほ、惚れ薬?」

「確かにそういう薬があるのは知っているし製造法や入手法も知っているけどね。でも、順序が逆じゃない?薬なんかに頼るよりも自分の思いはちゃんと伝えた方が良いに決まっているでしょう?……あれ?もしかして気持ち云々には頓着しないの?だとしたら、暗い地下室にでも閉じ込めて一人にして……」

「何の話をしているんですか、貴女は!!!」

「相手を押し倒す方法」


 心の中を透かして見る魔法がなくても分かる。全知の魔女の口元が弧を描いて、僕をからかって楽しんでいる。倒すの意味をわざと違えている。


「でも真面目な話、誰かを自分のものにするには効果的なのよ、地下室ってのは。暗いところにただ一人、時間の感覚も空間の感覚も徐々になくなっていく。そのうち自分が誰だったかも忘れちゃう。そこに救いの光が現れれば、誰だってそれにすがりたくなるでしょう?その心理を利用すれば相手を陥落させるのなんか簡単!愛する相手に効果的!まあ、コレって実は拷問の手口でもあるんだけど、覚えておいて損はないと思うよ?」

「覚えておきます。覚えておいて得をするかは別ですが」


 言うことは確かに正しいだろうが、そんな物騒な知識は現代日本では使いどころがなさすぎる。大体、それは愛とは言わず病んでいるとは言わないだろうか。


「そんで?倒したい相手っていうのはどちらさま?」


 面白半分にとりあえず聞いておくか、という姿勢が丸わかりなところが少し癪ではあるが、一先ず話を聞いてくれそうなことに安堵する。そして僕は言った。


「僕が倒したいのは、災厄の魔女です」



 ※


「あっはははははははっ!!!」


 食堂にいた人間が全員こちらを振り向いたんじゃないだろうか。とにかく多くの視線を感じたが、僕はそちらを振り向くことはせず、目の前の全知の魔女を見つめていた。当の全知の魔女はと言えば、とうとうスプーンを皿の上に取り落として、涙を流しながら腹を抱えて高らかに笑っていた。

 そこに嘲笑うような響きはなかったが、しかし明らかに僕の発言を真面目に受け取っていないのは分かった。ひいひいと、目の前の魔女は苦しそうに息を切らす。


「あーごめんなさい。ちょっと面白いジョークを聞いたもので!ほら!皆さん、食事を続けてくださいな!!」


 全知の魔女の言い様に思わずカチンと来る。学生たちは魔女の言葉に納得したのか、ざわつきながらも視線は余所に散っていった。


「ジョークって言ったのは謝る。そういう意味で言ったわけじゃないから許してちょうだい」


 先程の言い様に一言言い返す前に、一通り笑い終えた彼女はそう言うとテーブルの上にあったペーパーナフキンを一枚手に取って涙を拭いた。もう一枚取り出して手元に置く。白衣の胸ポケットからボールペンを取り出すと、何かをサラサラと書き出してテーブルの上に伏せた。

 先程の彼女の真意が分からないほど子供ではないつもりだったが、やはり今も何かしら言い返したい気持ちもあるのも事実だった。しかし、最終的には言葉を飲み込んで僕はただ首肯した。


「さて災厄の魔女の話ね……世界中のあらゆる争いの元凶、世界を夜の闇へ引きずる者、夜を統べる魔女、色んな呼び名はあるけれど、きみの言う災厄の魔女はこの災厄の魔女という認識でいいのかしら?」

「はい」


 うむ、と全知の魔女は目を輝かせる。そして、ちょっといくつか質問させてもらうから、と言って僕の方に顔を近づけた。テーブルを挟んでいるとは言え、前のめりになった彼女と僕の顔は10cm程度しか離れていない。


「災厄の魔女の調査はお茶会がやっているのは知っているわね?」

「はい」

「そういう専門機関に処置を任せようとは思わなかったの?あるいは、きみ自身がお茶会のメンバーになろうとは思わなかったの?」

「いずれも一度は考えましたが、それは合理的とは思えませんでした」

「何故?」

「お茶会はあくまで組織単位で動きます。そう考えると、一人の方が動きやすいので。後は僕の気持ちの問題です」

「気持ちということは災厄の魔女に何か個人的恨みでも?」

「ありません」

「なら、」


 どうしてそこまで?


 最後の質問をするときだけ、全知の魔女は訝しそうに眉を寄せた。個人的恨みがある、と思われていたのだろうか。そんなものはない。一切ない。僕は災厄の魔女と顔を合わせたことも、彼女の魔法の被害にあったこともない。ただ、


「ただ、災厄の魔女が存在してはならないものだから、倒したい。それが僕の気持ちです」


 それだけの、言ってしまえば単純な理由で僕は災厄の魔女を追っていた。いや、今も追っている。


「僕はここ数年、世界を回って生活していました。現地で物資や資金調達をしながらの旅です。色んな人にあって色んな人と向き合いました。紛争地帯に足を運んだこともあります。そんな中で災厄の魔女の存在を知って……僕は彼女がこの世にもたらすものをそのままにはしておけない」


 そう言うと、全知の魔女は乗り出していた顔をひっこめると、背を椅子の背もたれに預けてしまった。目線もさっきとは裏腹にまったく余所を向いてしまっている。そして、


「きみは純粋なんだね」


 と溜め息と一緒に小さく呟かれた。


「実は、何となくきみは地下室に閉じ込める側ってよりは閉じ込められる側なんじゃないかな、と思っていたんだけど、納得しちゃったな。まあね、その熱心さは驚嘆に値するよ。けれど、私はさっきも言ったように弟子はとらない。きみのような熱心で純朴な人間なら尚更」


 だから、代わりにきみを弟子にしてくれそうな人紹介してあげる、と彼女は先ほどの紙ナフキンを表に返す。見たところ、どこかのアパートの住所が書かれているようだ。


「できれば貴女の弟子になりたいのですが」

「いやいや、私なんかより師匠として彼の方が適任だよ。大丈夫。私が、この全知の魔女が、保証してあげる」


 全知の魔女のお墨付きなんて確かになかなかないものかもしれない。少なくとも尋ねてみる価値はありそうだ。


「ちなみにここに住んでいる人ってどんな人なんですか?」

「ああ、私の弟だよ」


 全知の魔女は朗らかに笑いながらそう言った。


 ※


 警戒心を持て。

 

 fin.

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