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僕は今日も、鍵で扉を開ける。  作者: ささかま。
第3章 彼女は扉も鍵も知っているが、その先を知らない。
75/99

73、遭遇とオムライス

お題:かっこ悪い血痕 制限時間:1時間(http://sokkyo-shosetsu.com/novel.php?id=219967)を加筆修正したものです。

 きみと私が出会った頃の話。


 ※


 教員が教卓から見渡した世界というのは、学生が期待しているものよりもなかなか違ったりする。例えば、大概の学生は授業中に居眠りを決め込んだり内職をしたり携帯ゲームに興じたりするために教員から目立たないであろう席、つまり一番後ろの席に座ろうと考える。けれど、実際その一番後ろの席っていうのはこれ以上ないほど目立つ。

 授業中に熱心な目を向けてくる学生は、大概教員側から死角になる教室の前の方の席に座るのだから、あらゆる意味で本末転倒もいいところである。そして、今学期はそれなりに熱心な学生が例年よりも多そうだ。


「そんじゃ、一番後ろでキスしてるカップルさん、その熱烈な想いをドイツ文学にも向けてみようか?」


 大概の、特に大学教員は、後ろの席の学生をスルーしながら授業を進めるのだろうが、私は生憎こういう不埒な学生にちょっかいを出すのが大好きなので、授業中不意に大きな声でそんなことを言ったりする。複雑怪奇な様々な事情で大学教授の座に就くことになった私は周りの教師陣よりも比較的年齢が若いので、言ってみればこれは精神的に子供な部分なのかもしれない。

 カップルは顔を赤らめながら頭を掻いてこちらに会釈をするので、私もとりあえず弄りも大概にしといてあげるという意味を込めて、それに眼鏡をちょっと上げて応じた。ちなみに今日の眼鏡はビビッドオレンジ縁だ。私は更に白衣のポケットに両手を突っ込んで肩を竦める。ちなみに白衣の下も眼鏡の縁と同じ色のシャツだ。


「熱烈な感情、特に恋愛感情なんかは文学の要って言っても過言じゃない。だから、私としちゃ学生諸君の恋愛は推奨するよ。若いうちにいっぱい恋して、いっぱい愛して、場合によっちゃ失恋もしなさいな。ただ、絡み合うなら授業が終わってからでも良いでしょう?」


 大教室の半ばに座っている男子集団から口笛と冷やかしの声が上がった。それをきっかけに教室は爆笑の渦に包まれる。この授業を取っている学生のほとんどは一年生だが、彼らは去年単位を落とした二年生たちだ。冷やかす暇があるなら課題を出してほしい。


「まあ、でもあれね、今日は一学期の初回授業だし、早めに終わっとこうか。次回からは18世紀の文学についてやるからね。この時代はドイツ文学だけではなく、ドイツの国自体も歴史的転換点となっていて……」


 大体、“授業はここまで”と言った後、学生は教員の言葉なんか聞いちゃいない。それを教員の側も分かっているから、別に良いのだけれど。

 私は教卓のパソコンを閉じ、プロジェクター用のケーブルやなんかを片付け始めた。スクリーンをボタン一つで納め、投射機の電源を切る。

 と、その背を叩く者がいた。


「うん?何?」


 今時、授業後にこんな風に教員に声をかける生徒なんているんだな、と私は半ば感心しながらケーブルをまとめる手を止めずに振り向いた。

 先程まで、教室の左隅の前の方に座っていた生徒だと私は一目でわかった。先程は前の席が死角になるとはいったけれど、やっぱり熱烈な視線を教卓に向けてくる生徒というのは座席の位置関係なく目に入るものだ。特にこの学生は授業中終始、何をそこまで目を輝かせてこちらを向いていたのだから、覚えてしまうのも無理はない。なかなか良い目をしていたのでやたら印象にも残っていた。

 私より、10cmほど背が高いだろうか。それでも私を見下げる感じがない、穏やかな黒い目だ。目と同じ色の髪は少し長めのような気もするけれど、不思議と彼の雰囲気には似合っていた。黒いVネックシャツの上にアースカラーの襟のあるシャツを合わせている。下は黒いズボンに黒いスニーカーで、全体的に暗くて地味な色合いであまりファッションセンスは良くない。


「白崎先生!!僕を弟子にしてください!お願いします!」


 と、冷静に観察している間にそんなことを言われた。


「……え、えーっと?ちょっと待って」


 ケーブルを教卓に一先ず置く。純粋な目がその動作さえも追ってくる。


「きみ、名前は?」

「ドイツ文学専攻一年、――――です!!弟子にしてください!!!」


 その名前を聞いて、少し前に学生課から受け取った履修者名簿を頭に巡らせた。確かに彼の名前はその中にあったように思う。

 そして、頭の中で彼の発言を吟味する。弟子にしろ。無論、ドイツ文学の弟子にしろなんていう話ではない。つまり、私の正体をこの初対面の学生は知っているのだ。


「とりあえず、そうね……」


 この学生の大声で、悪い意味で注目が集まってしまっている。そりゃそうだろう。弟子にしろなんていきなり言い出す学生なんてそうどこでも拝めるものではない。


「お姉さんとデートしない?」


 私は冗談めかしてそう言った。



 ※



「私はね、生憎弟子は取ってないんだよ」


 デートと言っても、お昼時に食堂に行って一緒に食べようというだけの話である。私はデミグラスソースオムライス、学生はケチャップソースオムライスを頼んだ。どうして二人ともオムライスなのかと言えば、この大学の学食での有名メニューだからである。いつも限定豪華オムライスが数量限定で出ているのだが、今回は売り切れている。今日の限定オムライスはエビクリームとタラバトッピングのオムライスだったようだ。無念。


「何でですか!!貴女は全知の魔女でしょう!」

「どこでそれを知ったかは知らないけれど、あまり大声を上げてほしくはないかな。それと、ケチャップ、飛んでるよ」


 ただでさえ、お昼時である。こんな大勢の中で魔女だの魔法使いだのが知られたらとんでもないことになる。

 オムライスのケチャップは彼の上着に付着して、まるで血痕のようになっていた。と言っても所詮はケチャップなのでそれを考えると格好悪いことこの上ない。


「どこで知ったも何も、魔法使い魔女の間で貴女はかなり有名じゃないですか……」


 口元のケチャップを意外に上品に拭いながら、学生は呆れたように言う。確かにそうだ。良い意味でも悪い意味でも、私は有名である。


「まあ、そういうのは置いておいてさ……。このご時世、魔法で売っていくのは止めた方が良いと思うよ。魔法なんか使わなくてもちゃんと勉強して、就職して、結婚してって人生歩めるんだし。魔法が科学より栄えていた時代ならまた別なんだろうけどそういうわけではないでしょう?余程のことがあって、家の秘伝魔法を継がなきゃいけないとか、親がお茶会に務めているとかなら、魔法を使う必要性もあるかもしれないけど」

「僕に、家族はいません」

「あらそう」


 ちょっと悪い事言ってしまったかもしれない。学生は何事もなかったかのようにトロフワな卵を口に入れているけれど。

 お茶会とは要するに、何をしているのかよく分からない胡散臭い国際魔法組織である。私がこうして大学教授でいるのもこのお茶会の指示であるところが大きい。いや、指示と言えばまだ聞こえが良いけれど、実際は“命令”と言ってしまった方が良いかもしれない。とりあえず、あまりお茶会絡みでは良い思い出がないので、この学生がそういう関係者ではないというならそれは幸いなところである。


「それにね、私は甲斐性ないよ?弟子なんてとってもまともに魔法の使い方とか教えてあげられないし」

「それでも、お願いしたいんです」

「……どうして?」


 私は尋ねる。大きな瞳の奥にある真意を汲み取ろうと、彼を見つめた。

 彼はしばし逡巡して言う。ただ真っ直ぐに。


「倒したい相手がいるんです」


 ※


 私がきみに出会った頃の話。



 fin.

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