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僕は今日も、鍵で扉を開ける。  作者: ささかま。
第2章-b Re:僕は鍵を持っていて、使えば扉を開けられる。
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63、結界と大群

お題:弱い熱帯魚 必須要素:いびき 制限時間:1時間(http://sokkyo-shosetsu.com/novel.php?id=208467)を加筆修正したものです。

 本棚の海で泳ぐ魚たちは、


 ※


 冬でも魚たちは元気なようで、この倉庫に満ちた海水の中で群れを成して本棚の合間を回遊していた。倉庫の窓から漏れる日差しを鱗が反射し、幻想的な景色である。

 タチバナも黒猫もそんな景色を堪能するように呑気な会話を交わす。


「熱帯魚とか泳いでいたらもっと綺麗だろうね」

「色味が鮮やかになるのは確かだな。でも温度変化に弱いから、奴らあっという間に浮かび上がっちまうんじゃないかあ?」


 そしたらオレの胃袋の中だけどなあ、と猫はゆるりと笑った。状況が状況なので気は抜けないが、気を張りすぎることもない。今のところ、本棚と本と魚に満ちた海に閉じ込められただけなのだから。


「でもよく考えたら、それって大問題じゃないですか!」


 今更な調子でそんなことを言ったタチバナは若干涙目になった瞳をこちらに向けている。少々取り乱してたようで、彼女が作った結界が揺らいだ。


「大丈夫だ。君が結界をそのままにしていてくれれば、一週間くらいは籠城できる」

「こんな冷たい水に囲まれたところで籠城したら、寒くて死んじゃいます!早く逃げる算段をつけないと!そもそも一週間も結界維持なんか無理です。今でさえ苦労しているのに!」

「……オマエ、グッピーか何かかあ?」


 黒猫がタチバナをからかっている間に僕は周囲を見回す。なるほど、結界が揺らいでいるのは取り乱しているだけではないようだ。海水の流れや水圧で、形状を保つのが彼女にとっては難しいらしい。もちろん、逃げる算段を考えていないこともないが、まさかこの海を作り出した人物であるところの全知の魔女が、逃げ道を用意しているとは考えづらい。


「そもそも何でこんなことに……だって、」

「さあな。これだからオレは魔女が嫌いなんだよ」


 言い合う一人と一匹はさて置いて、仕方がないので結界の縁まで歩いていって僕は右の手袋を外した。僕はそのまま人差し指で地面をスッとなぞる。


「タチバナ、これで少しはマシか?」

「……あ、はい。少しはと言うか大分楽になりました」


 すかさず、黒猫が僕がなぞったあたりの地面を見る。


「何したんだ?」

「タチバナの結界の力を“開いて”、強度を上げた」


 これで仮にちょっとしたミサイルが飛んできたとしても、耐えられる程度の強度にはなっているはずだ。今現在できそこないの魔法使いである僕には、結界をはじめ何かを魔法で作り出すということは全くできない。できるのはせいぜいこうした元々存在する力の効能を高めることくらいである。

 そして、ちょうどのタイミングでそれは訪れた。一番初めに気付いたのは黒猫だ。


「おい、なんか来るぞ?!」


 突如猫が叫び、背中の毛を逆立てた。一瞬遅れて、僕もタチバナにも気付く。本棚を縫うようにあるいは壊すように、凄まじい力の奔流が獣の唸り声のような音を立てて近づいてくる。水が震え、結界内の空気も震えた。


「先輩!!」


 そして、僕らは視認した。タチバナが叫ぶ。

 怒涛の如く倉庫内の全ての魚がこちらに押し寄せてくる。黒や銀のそれらは結界を包み込み始めた。明らかにこちらに害意がある魚たちに、思わず眉を顰める。泳ぐ速さが速いだけにしっかりとは見ることができなかったが、魚たちの体の表面に僅かに白っぽいような灰っぽいような色の模様が浮かんでいる。


「いやっ!!結界が破られる!」

「くっそ!コイツら、魔法纏ってやがるぞ!どうにかならないのか、できそこない!!」


 ミサイルは防げてもこの魚たちは防げない。一見すると可笑しな話ではあるが、実は何一つおかしくはない。黒猫の言うとおり、魚は一匹一匹高密度の魔法を纏っていた。更に言えば、その魔法というのは今タチバナが張っている結界の対抗魔法だった。恐らく、彼女は僕たちの結界をどこかから見ている。周囲を見回しても見えはしないが、これだけの対抗魔法を用意してきている時点でこれはほぼ間違いない。このままだとナイフとリンゴの皮が張り合っているようなものだ。


「タチバナは、そのまま結界の維持を続けるんだ」

「は、はい!頑張ります!」


 手袋外したままだった右手で結界の表面に触れる。結界は魚を弾こうとして若干の熱を帯びていた。

 対抗魔法が作られてしまっているなら、その対抗魔法が効かない結界に変質させれば良いだけのことだ。変質した分、結界を維持するタチバナには負担になるだろうがそう言ってはいられない。結界を構成する魔法の力を組み替える。




 バチッ……バチッ……バチチッ!!!


「う、わ、きゃあっ!」

「タチバナ、集中してろ。大丈夫だから」


 突進してきた魚たちはしばらく結界の周りを回遊していたが、その身に帯びた魔法と変質した結界の力が反発し合って水中なのにも関わらず火花が散った。火花で魚たちが息絶え、スーッと上へと浮かんでいく。


「あーあ、もったいねえ」


 やがて魚はすべて上へと浮かんで行った。黒猫の呟きが小さく聞こえた。



 ※


 座った僕の肩に寄りかかり、タチバナは眠ってしまった。結局、変質した結界を安定させる段階で維持は僕が引き受けたので問題はない。


「随分、弱いグッピーだなあ?」

「あれだけの対抗魔法の中で結界維持をしたんだ。体力を一気に消耗したんだろう」


 タチバナは女子らしからぬいびきをかいていた。眠ること自体は特に構わない。

 むしろ眠ってくれた方が好都合だ。


「どう好都合なんだ?」

「足手まといが減った」

「はっ!なるほどなあ」


 僕の言葉に、猫が笑った。


「しっかし、これからどうするんだ。魔女を倒しにいくのかあ?」

「さあ。いずれにせよ、このままじっとしていたらまた結界の対抗魔法を作られてしまう。移動した方が良いかもしれないな」


 僕は、思案しつつ光射す海を見上げる。



 ※


 あまりおいしくないと思う。


 fin.

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