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僕は今日も、鍵で扉を開ける。  作者: ささかま。
第2章-b Re:僕は鍵を持っていて、使えば扉を開けられる。
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62、雨と願い

お題:有名な豪雨 制限時間:1時間(http://sokkyo-shosetsu.com/novel.php?id=208322)を加筆修正したものです。

 願いは、ただ一つだけ。


 ※


 日本では突発的な大雨のことをゲリラ豪雨と言うらしい。俺としては面白い言い回しだと思う。日本語のこういった独特の表現はなかなか興味深い。しかし、ゲリラ豪雨と言うと“ゲリラという言葉は軍事的だ”と懸念を示す人間がいるらしい。彼らの思うところが分からないでもない。この平和なご時世そんな物騒な言葉は似合わないし、不謹慎だ、といったところだろう。

 雨はあまり好きではない。昔、雨が降ったある日、ライン川で溺れて死にかけたことがあったからだ。


  いや、違う。死にかけたことがあるのは厳密には俺ではなく“ヴィル”である。



 ※


 なんでいきなり雨の話を始めたかと言えば、災厄の魔女ヒルデガルド、つまり主人がいきなりそんなことを言い始めたからだった。まだ日が出始めたばかりの清々しい、少し冷えた冬の朝に、である。大きめのベッドの上で上半身を起こし、冬よりも冷たい目で主人は窓の外を見つめていた。細い指先で窓の結露を拭う。


「雨だ」

「は?これから雨でも降るのか?」

「違う。雨はもう降っている」


 寝起きの掠れ声の主人に、はあ、と曖昧に返事をした。外はまだ暗かったが、どう見ても雨が降るような天候ではない。

 俺は俺で彼女が飲む紅茶をいれている。スッキリとした香りが部屋に満ちた。ウサギの着ぐるみが紅茶をいれて、真っ黒なネグリジェの女性に振舞っているなんてシュールな光景だ。


「随分と激しい雨だ」

「そうかい、そうかい。はい、おまたせしました、ご主人様」


 繊細なカップを恭しく差し出すと、主人は軽く頷いてそれを受け取った。繊細なカップよりもさらに繊細そうな指でそっと縁をなぞる。こうしているときは比較的機嫌のいい時だ。もちろん、主人、もとい災厄の魔女に機嫌などという不確かなものが備わっているとは思えないというのが実のところではある。そういう意味も込めての“比較的”である。


「なあ、主人。ちーっとばかりお願いがあるんだが」

「何だ?」


 もしかしたら俺の読みは外れていたかもしれない。冷えた声が更に温度を低くしたのを俺は感じ取っていた。


「“俺”を作るのはもうやめてくれないか?」

「何故だ?」


 良かった。一応は話を聞いてくれるらしい。


「何でってそりゃあ、そう何度も殺されるのはやっぱり嫌なわけだよ。ナイフで腹刺されたり、丸焼きにされて銃で撃たれたり、量産されて魔法に利用されて挙句爆発したり……」

「自害したり、か?」


 ギクリと音が出ても良いくらい俺はのけ反った。着ぐるみのおかげで表情がないのが救いである。

 自害。確かに一度したことがあった。あの黒猫と遭遇したときの話である。結局、あのクソ猫は、俺の最期の願いを聞かずに、喧嘩相手のカラスの胃袋に俺を突っ込みやがったらしい。

 災厄の魔女は俺の反応をあまり問題視していなかったようで、カップの中の赤い水面に目を向けて声を発した。


「問題はないだろう。壊れれば作り直しもする。貴様は道具なのだから」


 “問題はないだろう?”ではなく“問題はないだろう”である。?がつくか、つかないか。僅かな違いで、偉い差だ。

 確かに俺は道具で、例えば今だってこの魔女の意思は超えられない。もしもこの魔女が“その場で屈んで私の足を舐めろ”などと命令してきたら、俺自身が屈辱的に思おうがそうするしか選択肢はない。いや、というか、これはなかなか良いシチュエーションな気がする。まあ、それはさておき。


「お前さんの言う通りかもしれないな。でも、きっと“ヴィル”はそうは言わんよ」


 この名前は出したくなかったが、仕方がない。



 “ヴィル”

 自らを“マクガフィン”と名乗る男であり、俺の元となった人物。

 元となった人物が誰なのかを知ってはいるが、ただそれだけだ。そいつがどんな奴なのか、どんな顔をしているのか、全く何もかも知らない。

 言ってしまえば、俺はそいつのコピー量産品に過ぎないということしか分からない。

 しかし、それでも思う。ヴィルは多分俺が生まれることなんか望んじゃいない。



「ヴィルが誰なのか、お前さんにとって“何なのか”は知らない。けれど、俺みたいなもんを作り出すのはやめるべきなんだよ。俺のためにも、主人のためにも、ヴィルのためにもならない」


 災厄の魔女は水面から目を離さない。だから、彼女の思うところを知る由はない。やっと発した言葉さえ、


「……ひどい雨だ」


 という一言だけであとは黙ってしまった。なんだ、これは。まるで空気に向かって話しかけているような、いや、空気に向かって戯言をほざいている方がまだマシなレベルだ。

 咄嗟に俺はティーポットを床に向かって投げつけた。衝動的にそうした。そこに何も理屈はなかった。

 派手な音を立ててポットが割れ、中の赤い液体が飛散した。俺の体とベッドのシーツ、布団に沁みを作る。液体は熱いはずだが、無論着ぐるみの体ではそれすらも感じない。


「ふざけるな」


 道具は持ち主の意思を超えることはできない。けれど、俺は怒ることができた。今更ながら、発見である。黒猫に指摘された時点で何となく感じてはいたが。

 何かが沸々と体の底から沁みだしてくるような不思議な心地がした。その沁みだしてくるままに俺は言葉を吐き続けた。


「ふざけるな!俺はもう嫌なんだ!嫌なんだよ!!こんなことして何になるんだ!!早く、早く俺を……!」


 早く俺を、殺してくれ……!


 そう心の奥底から叫んで、心なんかないはずの俺は、願いを知った。

 それが俺の願いなのかヴィルの願いなのかは判然とはせず、それがただ悲しかった。


 ※


 俺が俺でありますように。


 fin.

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