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僕は今日も、鍵で扉を開ける。  作者: ささかま。
第2章-b Re:僕は鍵を持っていて、使えば扉を開けられる。
63/99

61、波と潮

お題:小さな外資系企業 必須要素:山田 制限時間:1時間(http://sokkyo-shosetsu.com/novel.php?id=207696)を加筆修正したものです。



【前章(第2章-a)あらすじ】

何でも【見る】ことができる少女、タチバナは、自分の師である鍵屋の理不尽な行動に正当な理由を見出そうとしていた。祖母や彼氏に勇気づけられ、彼女は徐々に持前の元気を取り戻していく。そんなある日、彼女は学内で妙齢の女性から声をかけられる。その女性こそ鍵屋の師であり全知の魔女として名高い白崎灰子だった。鍵屋について黒猫や灰子と共に探るタチバナはやがて災厄の魔女の存在に行きつくが、ウサギの着ぐるみに襲われてしまう。灰子や彼女の弟白崎青司によって難を逃れた彼女は、しかし鍵屋の危機を【目撃】したのであった。

 満たされたものは、


 ※


 ワルサーを握った手に力を込めた。僕を見る本屋はただ柔らかく微笑んでいるだけだ。読みかけの本を小机に置いて僕を見上げ、ただじっと待っていた。


「逃げないのか」


 尋ねる僕に、彼女は苦笑で返す。 


「逃げるつもりはないな。そのつもりなら端からきみを待ち受けるような真似はしない。それに、逃げたってどうしたってきみは私を開けるんだろうから。……そうやって私はちゃんと結末を知っているから、そして“それで良い”と思っている。だからさ、きみが気に病む必要はないよ」


 銃口を見つめながら淡々とそう言う彼女を僕も淡々と見つめる。本屋の言葉の真意はよく分からなかったが、特に何を思うこともない。ただ、一つだけ訂正はする。


「僕に、気に病む心はない」

「……そっか、そうだったね。残念だ」



 残念。

 ああ、そうか。

 貴女はそんな風に思うのか。




 そして、

 彼女が目を閉じるのを僕は見て、



「息を止めて、先輩!!!!」


 倉庫に響いた叫び声を聞いた。



 ※



 それは一瞬の出来事だった。


 突如として、倉庫内に水が満ち、四方八方から渦巻いて逆巻いた。波の奔流に飲まれ、コートとマフラーが絡まる。身動きが上手く取れない。波に混ざって倉庫内の棚から本が散らばった。水に濡れてページが破れ、装丁が剥げ落ちていく。泡で視界が遮られ、波間から辛うじて見えたソファからはいつの間にやら本屋が消え失せていた。どこから水が来ているのか、勢いは収まらない。

 叫びにしたがって息を止めたのが幸いした。咄嗟に周囲を見回して、近くに流れてきた観葉植物を【開ける】。観葉植物の日の光による光合成を促進させて、さらに周囲の空気の泡を集める。半径5m程の球体型空間を形成する。丁度太陽が昇りはじめ、倉庫の窓から光が射しこんでいたのが幸いした。これで一先ず呼吸はできる。

 観葉植物と空気と一緒に波の流れに乗って比較的安全そうな物陰を見つけ、そしてついでと言っては何だが、叫び声の主ともう一匹が溺れかけていたので救出して空間に引っ張り込んだ。横倒しになった本棚の裏側まで流れていき、そこに着地するとそれに合わせて空間も半ドーム型の形をとった。

 服が水を吸ってひどく体が重かった。


「はっはっはっ……し、死ぬかと思った……」

「そりゃあオレの台詞だぜ。だから魔女は嫌いなんだ。ったく、びしょ濡れだぜ」


 さっきの叫び声の主タチバナ、それにその肩に乗った黒猫が呻く。


「……君たちに色々訊きたいことがあるが、安全に立ち話するためにます結界張ってくれるか?」

「は、はい!すいません!」


 タチバナが大きく手をかざすと、僕が作った空間を覆うようにタチバナの結界が形成された。とは言え、タチバナは魔法使いとしては半人前なので、あまり強い結界ではない。が、無いよりはあった方が確実に良い。まあ、魔法使いとしてできそこないの僕がこういうことを言うのもどうかと思うのだが。


「で、君たちは何しにここへ?」

「オレは知らないぞ。コイツ、何の説明もなしに慌てて飛び出しやがったんだ」

「だから説明する時間も惜しかったんだよ。というか、こんなところに住んでいたんだね。さっき地図で見たら外資系企業の倉庫だったみたいだけど……」


 いつの間にタチバナと黒猫は出会い、そして互いにここまで知り合う仲になったらしい。彼女の祖母が言っていたことが頭をよぎる。

 しばらくタチバナと猫は漫才じみたやり取りをしていたが、


「と、とにかく先輩、逃げて下さい」


 とタチバナは言った。僕はと言えば、彼らのやり取りを聞き流してコートからライターを取り出して何とか火をつけようとしていた。すっかり濡れてしまっていたが、タチバナが話しかけてきたタイミングでどうにか火花が散らすことに成功し、あとは魔法で適当に火を強めて衣服にかざして乾かす。


「灰子さんは先輩を!」

「黒猫、何か匂うか?」


 僕が差し出すライターの火に体をかざしていた黒猫は体を震わせると、僕を睨んだ。しばらく無言で睨まれたが、何を思ったのか周囲を見回して鼻を鳴らす。


「ああ、匂うぜ。水に微量の魔法が漂っている。でも、そう濃度は濃くない。あと、関係あるかどうか分からねえが、この水は海水みたいだな。しょっぱいし」

「そうだな。潮の香りがする。膨大な力があればこれだけ多量の水の生成もできるだろうし、本屋はその方法を知っているだろうけれど、そんな非効率的なことを彼女がするわけない。海が近いから、そこから転移させたと考えるのが妥当な線か」


 よく見ると本棚の合間を鰯の群れが縫って泳いでいた。推察は当たっているようだ。


「本屋……全知の魔女はどこにいる?」

「さあな。微量とは言ったが、この倉庫を満たすほどの水だ。どっかにいるんだろうが場所までは何とも」


 天井まで満ちた海の中で本や魚が漂っている。辛うじて著者名が読めるものから、水に滲んで読めなくなってしまったものまで様々だ。

 僕たちが形成した空間の横を通り過ぎた本には“山田●●”と著者名が振られていた。


 ※


 あとは溢れるしかない。


 fin.

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