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僕は今日も、鍵で扉を開ける。  作者: ささかま。
第2章-a 彼女は扉の先を垣間見るが、鍵は開けられない。
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58、弔いと未来

お題:日本式の弔い 制限時間:1時間(http://sokkyo-shosetsu.com/novel.php?id=205248)を加筆修正したものです。

 怖くてたまらないのは、



 ※


 車は徐々に減速して、おばあちゃんの家の前に停車した。夜になって辺りはすっかり暗くなり、冷え込んできた。ドアを開けると、その冷たい空気が車内に流れ込んできて、私は自分のピンク色のマフラーを押さえた。


「送っていただいてありがとうございました。ハインリヒくんや葵ちゃんにもよろしくお伝えください」

「これくらいお安い御用だよ。姉さんと何をしているのかは知らないけれど、あまり無茶しないようにね、猫くんも」

「オレは無茶なんかしないさ」


 青司さんは車の窓越しに、そういえば、と私に声をかけた。


「姉さんから電話で伝言を頼まれていたんだ。“パスタ代は払っておいたから心配しないでね。また機会を作って、今日話せなかったことを話そうと思っているから”だそうだよ」


 そういえば、今日食べた分の支払いをしていない。いくら逃げるためだったとは言え、未払いというのは気が引ける。今度会うときに払っておかなくちゃ。

 灰子さんと別れる直前に彼女から言われたことを忘れたわけではないけれど。


「よく分からないけれど、食事代くらい姉さんに払わせておけばいいよ」


 私の思いを知ってか知らずか、青司さんはそんな風に苦笑した。


「葵もきみを気に入ったみたいだし、よかったら今度はうちに遊びにおいで。今回みたいに逃げてくるんじゃなくて、ね」

「はい、是非そうさせてもらいます」


 私たちは別れの挨拶を交わした。発進した車に私は手を振った。



 ※


「何てこと……」


 思わず口を手で押さえた。炬燵のある和室でカラスたちが、傷ついて倒れている。それだけなら、まだ“もしかしたら近所の猫と喧嘩したのかもしれない”と思うこともできたのだけれど。そういう様子ではないように見えた。


「どっかの猫と喧嘩でもしたのかあ……?」


 黒猫も同じことを思ったのかそんな風に言ったけれど、カラスと彼らを治療するおばあちゃんのただならぬ様子を見て、それ以上茶化すようなことはしなかった。


「おばあちゃん、どうしたの?」

「誰にやられたんだかねえ……分からないんだよ」


 きっと私が【見れ】ば、そういうことも分かるだろう。けれど、彼らを【見る】勇気が出せずにいる。思い出してしまう。先輩の結界を【見透かして】しまったときの、あの引き絞られるような苦しさを。

 おばあちゃんの手の中にいた一羽が弱々しく“カア”と鳴き声を上げた。黒猫がスッとそのそばに近づいて、おばあちゃんを見る。


「おい、こいつら言葉を失くしやがったんじゃないだろうな?」

「お前の言うとおりだよ。何が起こったのか分からないが、使い魔から言葉を奪うなんて、ただものができることじゃあないよ」


 私はカラスたちを見つめた。彼らの呼吸は浅く、そして早い。傷も相当深いみたいだ。羽も変な方向に折れている。


「おばあちゃん、イロハとワカバは?」


 イロハとワカバ。おばあちゃんの使い魔である五羽のカラスのうちの二羽の名前だ。今この部屋にいるカラスは三羽しかいない。

 私の問いかけにおばあちゃんは力なく首を横に振った。それ以上の言葉は無い。察してはいたけれど、こうして突きつけられるとやはりつらい。

 私は震える手で、炬燵の上に横たわっていた一羽のカラスに触れた。少しでも宥めるように。少しでも癒せるように。


「そんなことって……」

「遺体は蔵に。明日、寺岡さんに来てもらって弔う予定だよ」


 おばあちゃんの言葉が終わる前に私は立ち上がっていた。部屋の襖に手をかけて開ける。背中からおばあちゃんの声がした。


「とても惨たらしいことになっている。見に行くのはおよしなさいな」


 静かで、厳しくて、優しい声。確かに見に行かない方が良いのかもしれない。

 私は一度振り返る。


「お前は、優しいのだから」


 黒猫の青い瞳がこちらを意味ありげに見ていた。その意味が分からないほど、私も子供ではないつもりだ。改めて私は傷ついたカラスたちに目をやる。


「……おばあちゃん、ごめんなさい」


 いつまでも、目を逸らしてばかりでいるわけにはいかない。



 ※



 安置された二羽のカラスは確かに残酷な殺し方をされたようだった。黒い木目の机の上に彼らは横たわっていた。いや、“横たわっていた”なんて言葉を使うのが憚られるほどに、彼らはその原型を留めていなかった。

 寒い蔵で私は白い息を吐く。いつの間にか黒猫が私の後に付いてきていた。


「黒猫まで来ることなかったのに」

「喧嘩仲間を弔ってやれないほど度量が狭いと思われていたのだとしたら、心外だぜ?」


 猫の言葉に私は笑ってみる。しっかり笑えてはいないだろうけれど。

 イロハとワカバの羽にそっと触れる。驚くほど冷たい。そして、彼らからは何も見えない。いくら見ようとしても。先輩の扉の向こうに見た空虚さとは違う。今の彼らには扉さえもない。彼らは死んだのだ。


「黒猫、私ね。実は【見た】んだ」

「何をだ?」


 彼らはもう【見え】ないけれど、おばあちゃんが看病していたカラスたちを。

 勇気なんて結局私にはなくて、でも【見て】しまったものを整理しようと必死に自分のコートを掴んでいる。私は弱く、きっと多くの人が言うように優しいのだ。優しいから、私はバカみたいに動けずにいる。


「カラスを襲ったのはあのパスタ屋さんにいたウサギ。あと、黒服の女の人」

「災厄の魔女か……!?」


 災厄の魔女。あの人がそうなのか。

 金髪に碧の目のとてもゾッとする美人な人だった。直接見たわけでもなく【見た】だけなのに、まるで瞳に吸い込まれてしまうような心地さえして。


「私があの子たちに探らせていたのよ」


 振り返るとおばあちゃんが真っ直ぐこっちを見ていた。どうやら、他のカラスたちの看病が終わったらしい。


「お前が危ないことに首を突っ込みすぎているようだったから、カラスたちに言って様子を見てもらっていたの」

「危ないことって?」

「お前には言っていなかったけどね。私の力は、未来を【視る】力。本来、現在と未来は扉のようなもので隔てられているけれど、その向こうを私は【視て】、知ることができる」


 驚いて目を見開いた。これまでおばあちゃんとは長く過ごしてきたけれど、おばあちゃんの力がそんなものとは知らなかった。


「これ以上お前が進むと、とんでもない未来が訪れる。だから、お止め。これ以上、危ないことはしないでおくれ」


 おばあちゃんはどんな未来を見たのだろう。薄紫のショールを必死に体に巻きつけているおばあちゃんがひどく小柄に見えて、悲しかった。私はおばあちゃんを見つめて、未来に怯えるおばあちゃんを見つめて、


「大丈夫だよ、おばあちゃん」


 それでも、私はそう言う。きっとまだ笑えてはいなくても。


「おばあちゃんは、私を守ってくれてたんだよね。ありがとう」


 おばあちゃんに未来が【視える】ように、私には人の心や結界の中が【見える】。それはとても怖くて恐ろしいことで。いつだって足が竦みそうになる。

 だからいつだって大丈夫なんて安易なことは言えなくて。易しいことは言えなくて。


「もう大丈夫だから」


 けれど、私はもう一度そう言う。


「守られるばかりじゃダメだって分かったから、私は進むよ。そして、おばあちゃんが何を見たか分からないけれど、私はそんな未来も変えてみせる」

「ふかしやがって」


 黒猫の苦笑にも、どうにか私は笑って見せた。


 ※


 見えても見えなくても同じこと。



 fin.

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