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僕は今日も、鍵で扉を開ける。  作者: ささかま。
第2章-a 彼女は扉の先を垣間見るが、鍵は開けられない。
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56、復讐と黒

お題:どす黒いぬるぬる 制限時間:1時間(http://sokkyo-shosetsu.com/novel.php?id=204730)を加筆修正したものです。

 復讐心は黒。



 ※



 とてもかわいい女の子がとても礼儀正しくお辞儀をした。しかし、私もすかさず自己紹介を返そうとすると、お辞儀していた頭が勢いよく上がった。そして私の傍らに立つ青司さんに向かって、興味津々と言った体で言う。


「先生、この方は先生のお嫁さん!?カイショーナシでビンボーでネクラでヘタレでタイヘンなヘンタイの売れない作家である先生と暮らしてくれる天使のような女性なんていないよって、灰子先生言ってたのに!?」

「字面は近いけど、違うよ。お嫁さんではなくお客さんだ」

「そっか!」


 さっきの良い子そうな様子と裏腹に、意外に毒舌だ。小学生とは思えない。いや、でも今の話からすると灰子さんの影響を受けている気がしないでもない。青司さんは慣れているのか笑って流すだけだ。


「えっと、こんにちは、葵ちゃん。私、タチバナです。よろしくね」

「はい、よろしくお願いします」


 改めて手を差し出しながら自己紹介をすると、葵ちゃんは手を握り返してくれた。


「ねえ、葵。葵は僕がモグラになったらどう思うー?」

「カメレオンでもモグラでもなーんでも、私はハインリヒ大好きだよ!」


 CDラックの上からのんびりと問いかけたハインリヒの質問に葵ちゃんは間髪入れずにそう答えた。うん、やっぱり良い子みたい。



 ※


「あの子、今うちで世話している子なんだ。両親が姉さんの知り合いで」


 結局、私は青司さんに車でおばあちゃんの家まで送ってもらうことになった。私は助手席に座り、膝の上には黒猫が乗っている。葵ちゃんは一緒に来たがったけれど青司さんが言い聞かせて、今はハインリヒとアパートで留守番をしている。会ってすぐにお別れという形だったから少し残念だ。お話するのが好きそうな子だったし。私も年下の子と話したり、遊んだりするのは好きだから。


「両親はお茶会所属の魔法医で国内外問わず、色んなところで活躍していた。姉さんもすごく尊敬していたし親しくしていた。魔法使いとしても優秀だった。俺も会ったことがあるけれど、二人とも気さくで優しい人たちだったよ。そんな二人があるときアフリカの紛争地帯に行くことになった」


 丁寧な運転しながら青司さんは話す。


「紛争地帯と言っても、彼らが医療行為を行っていたのは紛争の中心地域から少し外れたところだった。だからと言って安全とは言い難いし、彼らも覚悟はしていただろうね。そして結果として、彼らはそこで亡くなってしまった」

「襲撃でもされたのかあ?」


 黒猫が私の膝の上で、毛づくろいしながら尋ねた。話の内容の重さとは裏腹に、黒猫の声はいたって軽い。


「いや、それが」


 目の前の信号が赤になり、車はゆっくりと止まった。


「二人、というか彼らが所属していた医療チームのメンバーかな……とにかく彼らだけではなく、彼らが世話をしていた患者たちもみんな時を同じくして亡くなった。死因とか状況とか……お茶会の調査には姉さんも協力したんだけど、彼らはどうやら殺し合ったらしいということが分かった」

「え……そんな。どうして」


 思わず口をついて出てしまった声を慌てて呑み込む。しかし、青司さんは正面を見ながら青信号を確認してアクセルを踏んだ。


「葵の母親が日々の医療記録を残していた。俺も調査資料を読んだけれど悲惨としか言えなかった」


 “今日は、あまり天気が良くない。心なしか銃声も増しているように思う。心配だ”

 “201区画の子どもが亡くなった。昨日まで症状が安定していたというのに、急な変化でみんな困惑している”

 “どす黒いぬるぬるとしたものが患者たちを覆い始めた。何なのだろう。新型のウイルス魔法だろうか”

 “頭を壁に打ち付けている患者がいた。チームメンバーの中にもあまり体調が優れないものがいるようだ”

 “チームメンバーがメスを振り回している。注射器で自分の腕を刺し続ける者もいる。彼らは幻覚でも見ているのか”

 “ぬるぬるが私の口の中にも入ってきた。仲間の気持ちがよく分かる。私も気が狂いそう。おかしおかしいいいいい”

 “出る出る出る出る出る。悲しい嬉しい気持ち悪い。星、が落ちて崖が。おいし、そう目の前。記録用紙が、溶けて食べられた。。。見当た。らない。胃の中を、探さ?なきゃ”


 “心が、爛れる。閉じて。全部閉じてる。助けて”


 ハンドルを握る青司さんの手が白くなるのを私は見た。私はと言えば、さぞかし青ざめた顔をしていたに違いない。言葉は出なかった。


「最期に書いてあった言葉はこうだ。“とうとう何もかも閉じてしまった。何も分からない。怖い。”」


 何も分からない。怖い。


 私はこの言葉を胸の中で繰り返した。聞く限り彼らは襲撃されたわけではないようだ。訳の分からないまま、原因も分からないまま、彼らは死んでいったのだ。


「でも、姉さんは原因を突き止めたんだ。災厄の魔女だ」

「災厄の魔女……」

「そう。災厄の魔女は世の中のありとあらゆる争いの元凶そのものと言われている。医療記録に出てきたぬるぬるとやらも、災厄の魔女の魔法だって姉さんは調べ上げた。姉さんは尊敬していた彼らが亡くなる原因になった災厄の魔女に復讐を誓ったんだ。ずっとずっと、姉さんは、災厄の魔女を憎んでいる」


 まるで呪いだよね、と青司さんは肩を竦めた。


「復讐のためなら他人に迷惑かけることも厭わないんだから、しょうがない姉さんだよ、本当」


 青司さんは乾いた笑いを浮かべた。きっと話の重さを少しでも拭うためだったんだろう。けれど、私はやっぱり笑えなかった。



 ※


 胸に抱く想いは灰。




 fin.

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