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僕は今日も、鍵で扉を開ける。  作者: ささかま。
第2章-a 彼女は扉の先を垣間見るが、鍵は開けられない。
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53、魔女と魔女

お題:くさい木 制限時間:1時間(http://sokkyo-shosetsu.com/novel.php?id=202565)を加筆修正したものです。食事中の方、若干注意な描写があります。ご注意ください。

 ウサギに羽はない。



 ※



「カエセカエセカエセカエセ……」


 ウサギたちの大合唱を聞きながら私はコーヒーを飲んだ。タチバナちゃんに持たせた紙と同じものを作って、コーヒーと一緒に持ってきてもらった伝票と一緒にテーブルの端に置いたのだ。

 念のため、タチバナちゃんには強い力を込めた紙を渡しておいたが、今置いてある方に籠めた力はかなり弱いものだ。しかし、ウサギたちは私のテーブルを覗き込むようにギュウギュウひしめき合うだけで近づくことはできないようだった。


「“中身がない”か……」


 タチバナちゃんがここを出る直前に言った言葉だ。単純に着ぐるみの中身が空だという意味もあるだろうけれど、きっとそっちの意味ではない。


「きみは空っぽだったんだね、ウサギくん?」

「カエセカエセカエセカエセ」


 語る言葉も失くしたらしく、ウサギはただ鳴くだけだ。少しそれが悲しく感じる。


「きみは返せ返せと言うけれど、何を返せば良い?返せるものがなければ返せないよ。私はきみから何も奪ってはいないのだから」


「ウバッテ……?」

「ウバッタ??」

「ウバッタウバッタ????」

「ん……?」


「ウバッ……タ」

「ウバッタ……」

「ウバッタウバッタ!!!」

「ウバワレタアアアアアア!!!!!!!!!!」


 そして一瞬沈黙し、


「アァアアァァァァアアアァァァアアアアアアアあああァァァァァァァああアァアアァァァァアアアァァァアアアアアアアあああァァァァァァァああああぁぁあアアァァァあぁぁあああぁっァァァァァァァアァァァッァッァァアアアアアッァァァァァァァァアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッァァアアアアアアアアアァアァアアァアァァあぁぁぁぁっァァァァっぁあぁぁァァァァああぁぁあアアァァァあぁぁあああぁっァァァァァァァアァァァッァッァァアアアアアッァァァァァァァァアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッァァアアアアアアアアアァアァアアァアァァあぁぁぁぁっァァァァっぁあぁぁァァァァアァアアァァァァアアアァァァアアアアアアアあああァァァァァァァああああぁぁあアアァァァあぁぁあああぁっァァァァァァァアァァァッァッァァアアアアアッァァァァァァァァアァァァァァァァァァァァァァァァアァアアァァァァアアアァァァアアアアアアアあああァァァァァァァああああぁぁあアアァァァあぁぁあああぁっァァァァァァァアァァァッァッァァアアアアアッァァァァァァァァアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッァァアアアアアアアアアァアァアアァアァァあぁぁぁぁっァァァァっぁあぁぁァァァァァァァァァッアァアアァァァァアァアアァァァァアアアァァァアアアアアアアあああァァァァァァァああああぁぁあアアァァァあぁぁあああぁっァァァァァァァアァァァッァッァァアアアアアッァァァァァァァァアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッァァアアアアアアアアアァアァアアァアァァあぁぁぁぁっァァァァっぁあぁぁァァァァアアアァァァアアアアアアアあああァァァァァァァああああぁぁあアアァァァあぁぁあああぁっァァァァァァァアァァァッァッァァアアアアアッァァァァァァァァアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッァァアアアアアアアアアァアァアアァアァァあぁぁぁぁっァァァァっぁあぁぁァァァァァァアアアアアアアアアァアァアアァアァァあぁぁぁぁっァァァァっぁあぁぁァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 ウサギは鳴き声を変えて、雄叫びを上げる。段々、その音量は重なり増していく。いつしか甲高い叫びになる。あまりの不快音に視界が歪み、目が眩む。頭がガンガンと痛む。

 しまったと思った時には遅かった。


 テーブルがぐにゃりと曲がり、四足で歩き出す。店内の観葉植物が赤や青に点滅して、四方八方に枝を伸ばし、何かが腐った肉のような臭いを放つ。手を添えたカップがドロリと溶けて、手の上をヌラリと這う。

 中身のコーヒーが虹色に光った。それが勝手に口に入って来て、舌を刺すように刺激する。胃まで流れ込んだ虹は、胃を溶かすように、捻じ曲げるように動き回る。

 急激な感覚の変化に付いていけず、私は嘔吐した。口から出てきたのは、緑色のスライム状の何かだ。それは白衣にまとわりついて、そこから首元へと這い上る。


「くっ……はぁっ……」


 酸素の十分に届かない頭で案外冷静に“自分はどうやら厄介な魔法にかけられたらしい”と分析していたりした。ただ、分析できたところでこの状況を打破できる糸口はつかめていなかったし、仮に打破する方法を知っていたとしてもその方法を実行に移せるだけの力が今の私には存在しない。伝票と一緒に置いておいた紙は見えない何かしらの力で折りたたまれ、折鶴となって飛んで行ってしまった。

 何か。何でもいい。この状況をどうにか……。周囲をどうにか見渡す。

 ウサギは鳴き続けていたが、歪む視界の中で大勢のウサギのうちの一匹がこちらにワルサーを突き付けているのが辛うじて見えた。


「アアアアァァァァァアアアアアア!!!!!!」


 一発の銃声が響いた。

 私は咄嗟にその場に頭を伏せた。弾が頭上をすり抜けて何か別のものに当たった音がした。


 そして


「……!!」


 静寂が唐突に訪れた。



 ※


 一瞬にして静寂が訪れ、鳴き声が絶えた。私の感覚も一気に戻ってきた。

 少し重い頭を上げて辺りを見回すと、雪が降っていた。少なくとも一瞬はそう見えたが、室内に散る白いものを見て、私は自分の考えを否定した。

 フロア全体にウサギが大量に死んでいる。いや、もともと中身がなかったのだから、このような表現では語弊があるかもしれない。

 とにかく、大量にいたウサギは例外なく爆散していた。店内には彼の“中身”である綿が散らばり、降っていたのだ。体や頭、四肢があちこちに転がっていた。最期の執念なのかどうかは知る由もないけれど、頭だけになっても、または片目だけになっても、彼らはプラスチックの目玉をこちらに向けているようだった。

 観葉植物やテーブル、カップはウサギが鳴きだす前に戻っていた。まあ、当たり前と言っては当たり前である。魔法で店が狂っていたわけではなく、魔法で私が狂っていたのだから。兎にも角にも、五感が正常に戻って一先ず溜め息を一つ吐く。


「貴様は面白いな」


 そして、元に戻った目で私は正面を見つめる。さっきまでタチバナちゃんが座っていた位置に、黒い服の女が座っていた。黒い縁あり帽子を被った長いブロンドの髪の間から、碧色の目がこちらを冷たく見ている。同性でありながら、綿の雪が降る中に座って静謐な雰囲気を漂わせているそれはとても美しいと思えた。

 私はその女を知っていた。実際に会うのは初めてだけれど、知っている。


「一応聞くけど、災厄の魔女さん?」

「そのような名で呼ぶ者もいる。が、それはあくまで通名だ。ヒルデガルド=フォン=シュバルツシルトと名乗っている」

「なるほどね」


 気だるげな口調に、気だるげな視線がこちらに向けられる。


「ウサギさん、あなたのだよね?」

「いかにも。しかし、ウサギに遣いは無理だったようだな。一羽だろうが何羽だろうが、彼奴らが空であることは変わりなかったようだ」


 見たところ、こちらに害意はないらしい。なら、少し切り込んでも良いだろうか。さっきの魔法の影響が残っているのか、何だか嫌な汗が背中を伝う。


「返せって言ってたけれど、返してほしいものって何なの?」

「――――に奪われたものだ」

「――――は確かに私の元弟子だけれど、彼から奪われたものを私に返せって言うのはやっぱり違うんじゃないの?」


 私の言葉に災厄の魔女は、目を見開いた。長いまつげが揺れ、やがて目が伏せられる。


「そうかもしれないな」


 案外簡単に頷いた。しかしすぐに


「しかし、――――が返却しないとなれば、周りの人間を殺して――――に頼むしかないではないか。そうすれば彼も」


 心を開いてくれるだろう?


 当たり前のように魔女はそう言った。

 同意を求めているのか、最後の質問に合わせて金髪が揺れて彼女が小首を傾げた。

 私はあのウサギたちがこの魔女に生み出されたという事実を今更ながら実感した。


「失礼だけど、バカみたいに狂った理屈ね」


 そして、


「反吐が出るわ」


 笑みを浮かべた。



 ※


 私たちがそうであるように。


 fin.

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