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僕は今日も、鍵で扉を開ける。  作者: ささかま。
第2章-a 彼女は扉の先を垣間見るが、鍵は開けられない。
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51、灰と青

お題:希望の小説家 必須要素:即興イラストのステマ(http://sokkyo-shosetsu.com/novel.php?id=201898)を加筆修正したものです。

 弱い者は逃げ、



 ※


「逃げた方が良いってこと、だよね?」

「ご明察」


 テーブルの上から辺りを見る。さっきから妙な匂いはしていたが、まさかこんなことになっているとは思わなかった。全知の魔女も表情から察するに気付いていなかったようだ。


「おいおい、全知の魔女の名が泣くぜ?何でもご存じなんじゃあなかったのかねえ?」

「良いじゃない。きみが気付いてくれたんだから」


 しれっと言うが、さっきちょっと驚いていたのは見逃さなかったぞ。タチバナと目を合わせると、ぎこちない笑みを浮かべていた。いや、もしかしたら顔の筋肉がひきつっているだけで笑っているわけではなかったのかもしれない。

 パスタ屋内の空気は重く、そして何より、いつの間にやらオレたちがいるテーブル席以外すべてウサギの着ぐるみが座ってこちらを見ていた。しかしパスタを運ぶウエイターはそれに気づいていないようだ。笑顔でパスタを運び、空の食器を運ぶ様が、気持ち悪いくらい清々しい。オレたちだけが何か幻覚のようなものを見せられているのかもしれないとも考えたが、いずれにせよただならぬ状況なのは変わらない。


「ね、お客様アンケートに書こうか。店長宛のメッセージ欄に“ウサギがたくさんいて困ります”って」


 こんなときなのに白崎はそんなことを言って茶化す。しかも本当にお客様アンケートに何か書き始めた。


「灰子さん、何なんですかこれ……ウサギって?」


 タチバナはウサギと初対面らしい。とうとう涙目になっている。


「見た目がファンシーなウサギさんだとしても中身までファンシーとは限らないってもんだね」


 それに対して白崎は答えになっていない答えを返す。

 ウサギは不思議なことにこちらを見つめるだけで、何かをしてくる様子はない。無駄に挑発しないのが吉だろう。と思った矢先だった。


「ねえ、ウサギさん!随分と軽いものになったみたいね!」


 いきなり立ち上がった白崎が大声で挑発をかました。


「おい、白崎!」

「重みを忘れるなと忠告したのを忘れたか!?きみは空っぽだが、それが分からないほどすっからかんでもないはずだ!……それともきみは“きみ”ではないのか!?」


 ウサギは一斉に振り向いて、そのプラスチックの目が照明を反射する。

 全知の魔女がここまでバカとは恐れ入った。意味の分からない挑発文句に思わず、声を上げかけたときだった。


「カエセ……」

「カ…エ……セ」

「………カ…エセ」

「カエ……セカエセ」

「カエセ……カエ……セ」

「カエセカエセカエセカエセカエセ」


「黒猫……これ何?」


 いきなりウサギたちが大合唱を始めた。タチバナに訊かれたって、オレは知ったこっちゃない。“返せ”などと言われてもまるで理解できない。


「この人たち……中身がない……」

「そりゃそうだ。こいつら、綿だからな」

「違う!違うの!そうじゃなくて……!」

「やはり別にいるのか」


 取り乱して首を横に振りまくるタチバナの目の前で、白崎が小さく呟いたのをオレは聞き逃さなかった。別にいる、意味は分からないがこの期に及んで意味のない戯言を言うような奴ではないだろう。

 相変わらず“カエセ”の声は続いていたので、もしかしたらタチバナには聞こえなかったかもしれない。


「タチバナちゃん、これあげるから今は逃げて」


 そして白崎はタチバナの手を軽く握り、さっきのお客様アンケートを持たせた。いつの間にか枚数は2枚に増えている。良く見ればいずれも表の記入欄には何も書いておらず、裏に文字だか模様だかが書かれていた。


「でも私だけ逃げるわけには!」

「1枚目に書いてある住所まで行って、2枚目をそこの住人に見せて。そうしたらきっと助けてくれる」


 ね、と言い聞かせるように、そしてらしくないくらい切実に白崎はタチバナにそう言った。


「だけど!」

「きみは弱いって言ったでしょ?きみではこの状況をどうにもできないけれど、私ならできる。だからせめて、ちゃんと聞き分けてくれないかな?黒猫くん、その駄々っ子を早く連れてって」

「……了解」


 顔は余裕そうな笑みを浮かべていたが、随分といらだった声だ。こりゃあ、オレも逆らったら猫鍋にされそうだ。気迫はなかったが、毅然とした言い方にタチバナは息を呑む。紙をくしゃりとタチバナの拳の中で丸まった。しかし涙目で、唇を噛んで


「分かりました……逃げます……」


 タチバナは言った。


 ※


 店を出てようとしても、ウサギは一切手を出してくる様子はなかった。ただこちらの動きに合わせて目で追ってくるのは気味が良いものではない。カランとドアベルが勢いよく鳴る。

 外は相変わらず寒く、オレはタチバナの肩に乗ってマフラーに体を埋めた。ついでにタチバナが持っているさっきの住所を見る。


「ここからそう遠くはないなあ。線路を渡ったところにあるボロアパートだ」

「うん」


 タチバナ自身もマフラーに泣きそうな表情になっている顔を埋めようとしているが、正直丸見えである。目の周りが赤く腫れていた。

 とりあえずこの子を促して早足でオレたちはアパートに向かった。白崎は恐らくあのウサギたちの足止めか何かをしてくれているんだろうが、それがいつまで持つかは分からない。

 アパートはとても古く、塗装が剥げている。3階立てで、壁には蔦が這っている。とんでもないぼろアパートだ。


「ここの2階だな」

「うん」


 さっきから話しかけても“うん”しか言わない。まあ、余計な受け答えをしなくて良いのはありがたいっちゃあありがたい。

 相槌だけでも涙声なのだから、それ以外をさせたらきっとコイツは嗚咽を漏らすに違いない。からかってやっても良いが、そんな場合ではないのでそれについては何も言わないことにした。猫のオスとしてのたしなみ(?)である。

 2階へと上がる階段はかなり錆びており、ギシギシと揺れた。転びはしなかったもののタチバナは危なげに段を踏みしめる。階段を上ってすぐの部屋前には三輪車とバットが置かれていた。指定された住所は2階の一番奥の部屋である。表札はない。


「殺風景だな。人は住んでいるみたいだが」


 今見ている風景に似た絵をオレはかつて見たことがあった。オレがまだあの魔女の使い魔だった時に、アイツは人間の画家を捕えてオレのいた書斎に連れてきた。そして何を思ったのか“15分で、貴様が今まで生きてきた中で見たもっとも素晴らしい景色を描け”と命じたのだ。結論から言えば、その画家は景色を描ききることなく死んでしまった。“15分などではとても描ききれない。もっと時間があれば素晴らしい絵を貴女のために描き上げよう”……あの魔女は人類的には美しい部類に入るらしく、魅入られる男は多かった。この画家もその一人で、あの魔女の為に美しい絵を完成させる意思はあるようだった。しかし、魔女自身が彼の言葉を聞き遂げることはなかったのだ。時間内に描ききれなかった未完成の絵に男の血の赤色が飛び散った時に彼女は言ったのだ。“ああ、良い絵だ”。狂っていると思った。

 こんな緊急事態にこんなことを思い出すとはなんてことだろうか。兎にも角にもこんなところにオレたちを助けてくれる人物が本当に住んでいるのか大いに疑問である。全知の魔女の奴、住所を間違えたんじゃなかろうか。希望を裏切られる気がしてならない。

 タチバナも同じ思いなのか不安そうだ。しかし、意を決したように扉横のチャイムを鳴らした。ビーッと長々とした音が止む頃になって、


「はーい」


 少し間延びした声がこちらまで届いた。扉が開いて、顔をわずかに覗かせたのは鍵屋と同年代かそれより年上の男だ。キョトンとした表情、茶色がかったくせっ毛の下、縁なし眼鏡の困惑した瞳がこちらを見ている。まだドアチェーンがかかっていた。


「えーっと、どちら様?」

「私、白崎灰子さんの知り合いです……これ、なんですけど」


 掠れた声で何とか答えながら先程の2枚のアンケートのうち、住所でない方をタチバナが見せると男はため息を吐いた。


「ああ、きみは姉さんの知り合いか」


 そして、何かを察したような様子で


「はじめまして。俺は、白崎青司と申します」


 そう男は名乗った。


 ※


 助けを求める。


 fin.


ステマになっていないような……大目に見てください^^;

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