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僕は今日も、鍵で扉を開ける。  作者: ささかま。
第2章-a 彼女は扉の先を垣間見るが、鍵は開けられない。
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49、ハッピーエンドと物語

お題:自分の中のピアノ 必須要素:ハッピーエンド(http://sokkyo-shosetsu.com/novel.php?id=201191)を加筆修正したものです。

 ただ、物語は進んでいく。


 ※


 とある男からの依頼を受けた。何のこともない依頼だが、ただ進んでやりたいかと言ったらそうも言いきれない依頼だった。

 そしてその数日後に、僕は駅前のカフェを訪れていた。カフェの向かいにはパスタ屋がある。確かあそこはあの黒猫が贔屓にしていたな、と僕は思い出しながらコートから取り出した懐中時計を見た。時刻は13:00になりそうなお昼時で、そのカフェもそれなりに混み合っている。店先に出ているメニューは簡素ではあったが、飾り文字などでレトロな雰囲気を醸し出している。このセンスは嫌いじゃない。


「あ、すいません!お待たせしました!」


 そう言いながら息を軽く切らせながら倒けつ転びつといった体で女性が駆け寄ってきた。

 お待たせ、と彼女は言うが、待ち合わせ時間に指定した13:00のちょうど5分前といったところだ。


「いえ、僕が少し早く来てしまっただけですから。寒いですし、話は中でいたしましょう」

「そうですね!すいません!」


 なんだかそそっかしい人だ。僕は彼女の為に取っ手を握り、扉を開いた。ついでと言ってはなんだが、微笑を浮かべながら。



 ※


 男からの依頼は、ある女性を開けてほしい、というものだった。それはそれで何の変哲もない、言ってしまえばありふれた依頼ではあったのだが“その女性”というのが問題だった。

 依頼は電話で受けて、その直後依頼主と直接会って詳しく話を聞いた。

 電話口で大体のことは分かっていたのだが、やはり実際に示されるとどうにもあまり良い気分ではなかった。と言うのも、依頼主が直接会ったときに今回僕が【開く】ことになる女性の写真を渡してきたからであって。女性はどこか自信に満ちた、しかしそれを誇示することはあまりしないような表情だった。前髪を真ん中分けにして長い髪を項の部分で一つに縛っている。藤色の縁の眼鏡の奥の瞳はどこか子供の用に輝いていて。髪型や眼鏡を頻繁に変える癖は変わっていない。

 それは数年前、僕がドイツに発つまで師事していた本屋、もとい、白崎灰子であった。


 ※


「柿谷ひとみと申します。本日はどうもです」


 何とか座席を確保すると、彼女は落ち着きなくキョロキョロと目線を動かしながらそう言った。とりあえず、メニューを手渡す。

 目の前の女性は所謂ゆるふわ系などと言われるファッションで華美過ぎず、清楚な雰囲気を醸し出している。


「僕は、鍵屋と申します」

「カギヤさん……最初見たとき変わった苗字だなって思ったんですよね。あ、なんかすいません。失礼な発言でした!」

「いえいえ、よく言われますから。慣れていますよ」


 カフェの店内は人が多くいる割には静かで、ピアノBGMが流れている。

 注文を聞きに来た店員にサンドイッチとコーヒーのセットを頼むと、柿谷さんも“同じものを”と蚊の鳴くような声で言った。


「あの、カギヤさんはどのようなご職業の方なんでしたっけ?白崎教授のお知り合いだそうですが、教授……ですか?でもお若いですよね……?」

「彼女には昔個人的にお世話になった時期がありまして。柿谷さんは彼女の勤務先で事務をされているんでしたね」

「はい、それ以外にも灰子さんには色々お世話に……」


 先にコーヒーが運ばれてきたので、僕は自分のカップに例の如くフレッシュを入れた。柿谷さんは意外にもブラック派らしい。人は見かけに寄らぬものである。


 依頼主が写真と一緒に渡してきた資料の中に柿谷さんの仕事用のメールアドレスがあった。依頼を遂行するにあたっては、やはり現在の本屋のことをできるだけ詳細に押さえておきたかった。依頼主に尋ねても良かったのだが【聞いた】ところ、彼は大学教授である白崎灰子しか知らないようだった。

 僕も人のことは言えず数年前の彼女のことしか分からなかった。しかし事を構えるなら彼女の勤務先よりも彼女の自宅、あるいは潜伏先にしておきたいと思ったのだ。彼女がどこで住んでいるにせよ、きっと人に見つかりにくい場所だろう。それに、仮にも全知の魔女と名乗っている以上も下手したら今の僕よりも“あの女”の情報を隠し持っている可能性もある。依頼をこなしてしまう前に、彼女にその点を尋ねておきたい。


「えっと、素敵なBGM、ですね」


 そういうわけで、柿谷にコンタクトを取ったわけだ。“白崎教授の知人”を名乗って、“白崎教授から貴女を紹介された。是非会いたい”という文面で呼び出した。まさか、こんなにあっさり事が運ぶとは思わなかった。 僕の大学時代にも彼女は大学事務をしており、僕は彼女の顔を一方的に知っていたが、彼女は僕のことを覚えていない。覚えていなくても支障はないし、その方が都合は良い。

 

「ああ、良いですね」


 ピアノの響きが、かつて蓄音器で流してあの魔女と踊った曲と似ていて、僕は柿谷さんの発言に偽りなく頷いた。クラシックと言うよりはポップな感じで弾むような音色だ。


「私の中では、ピアノってもっと重い曲弾くってイメージなんですよ……なんて言うかジャジャジャジャーン!みたいな……」

「それ、ベートーヴェンですね。交響曲第5番「運命」第1楽章」

「あ、たぶんそれです!」


 運命もそこまで重いわけではないと思うが、冒頭部分が有名すぎてそのようなイメージなのだろう。それに、あえて言うなら“厚い”と言う方がより良いのではないかと僕は思う。


「なんかポップな感じのピアノって新鮮で」


 柿谷さんがカップに口を付けたのを見て、僕も自分のコーヒーを飲む。


「だから……私……」


 最後に彼女は何を言おうとしたのかは分からないし、興味もなかった。

 彼女の手からカップが落ちる前に僕は彼女の手を支え、華奢なカップの取っ手を持ってソーサーに乗せる。彼女は穏やかな寝息を立てて眠っていた。仕込んだ睡眠薬が思いの外早く効いたようだ。今は眠っているが、起きたときにはここで僕と話した記憶も曖昧になっているはずだ。

 僕は、彼女の鞄から持ってくるようにメールで言っておいた“白崎教授”の資料を取り出して僕は二人分のお金を置いて店を出た。




 ※


 きっとハッピーエンドはありえないだろう。


 fin.

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