47、ゲームと弾丸
お題:都会のオチ 制限時間:1時間(http://sokkyo-shosetsu.com/novel.php?id=198040)を加筆修正したものです。
咲き終わった花が散るときに、
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魔法使いグレイコは、強靭な牙と爪を持つ邪悪なダークドラゴンを倒すべく、王都カーテルリースヒェンを訪れ回復薬や攻撃力強化剤を買い込んで宿へと向かったのでした。
明日は決戦の日。果たして魔法使いグレイコはダークドラゴンを無事に倒すことができるのでしょうか!?
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「これ絶対ドラゴンの住処までに雑魚敵出るよ……。まあ、こっちはレベル89あるから十分いけると思うけれどね。でも、ボス戦までにHP削られてしまうのは痛い。MPはMPキーパー装備しとけば消費を減らせるし、あとは精霊の歌声のアビリティを……」
「……あのさ、お前さん何してんの?」
夜、田貫先生が帰ってしまった後すっかり人気のなくなった大学研究室棟で、私は学会の準備をしていた。
というのは嘘であり、私はオンラインRPGに勤しんでいた。ちなみに学会の準備の方はもう終わっている。
「何ってさ、ゲームだよ」
私は背後に立っているウサギに向かってそう答えた。このウサギ、どういうわけだか私に用事があるらしい。
「ごめん。今ドラゴン対策の最中なんだ。もうすぐ送っておいた先遣隊も帰ってくる頃だし、その戦果も見なきゃいけないから。用事があるなら早く済ませてほしい」
「いや、まあ、俺も手っ取り早く済ませはしたいが」
グレイコという名前は非常に安直だが、それなりに気に入っている。レベルが上がって来て大剣が装備できるようになったので、最近は宝箱から入手したレア大剣を装備している。服装はセーラー服に麦わら帽子だ。髪の毛の色はピンクにしている。コストも増えてペットを飼えるようになったためヒツジを一頭連れている。名前は和牛だ。
「お前さんは、俺を不審だと思わないのか?ウサギだぞ?着ぐるみだぞ?変質者だとか思わないのか?」
「確かに変な奴だと思うよ?きみの足音を聞く限り、きみの中身は空っぽだし。人気が少ないとは言え、一応門にはまだ守衛さんがいたはずだし」
もちろん、ただのウサギさんだとは思っていないよ、と言いながら、私は念には念を入れてレベルUPをしておくためにクエストを受注した。ゾンビ1000体討伐クエストだ。クエスト参加人数が一人に制限されている一見、面倒なクエストだが実は大魔法クラウンパワーLv50以上を発動することで一網打尽にできることをネトゲ仲間から教わった。まさかそんな裏ワザがあったなんてと衝撃を受けたものである。
「変質者かどうかは知らない。私はきみと会うのは初めてできみはさっき私の研究室に入ってきたばかりだから……え、MPドレイン!?ここで?いつもは出ないのに?」
興味を持ったのかウサギが近づいてきて横からPC画面を覗きこんできた。
「MPドレインならLv88以上のサテライトビームで相殺するか、回避技の上級キックロールで範囲外に出れば良いよ」
「そうだったの!?ああ、でもサテライトビームはビッグキャノン戦の時から育ててないからそんなにレベルないしね……。でもMPドレインって効果範囲広いのに、キックロールなんかで逃げられるの?」
「結構ギリギリだけどな。バグなのか何なのか知らんが、ドレイン発動しているゾンビから見て右側は若干攻撃の広がるスピードが遅い。だからそっちなら逃げられる」
どうやらこのウサギもこのゲームのプレイヤーらしい。思わず握手をしながらお礼を述べた。
「良い情報を教えてくれたよ。ありがとう」
「あの鍵屋の師匠とは思えない奔放ぶりだな……。全知の魔女って聞いていたんだが違うのか?」
「すべて知ってしまったら案外世界ってのはつまらないものだよ。ゲームも同じ。攻略本見ながらやったら面白いと思えなくなっちゃう」
クエストを終えて王都の宿屋に入る。宿屋ではHPMPを全快できるが、クエストでの消耗具合によって全快まで数分あるいは一時間弱かかる。
「鍵屋の師匠だとか、全知の魔女だとか……きみのご主人様は情報通だね、黒い魔女のウサギさん?」
「その言葉そのままお前さんに返す」
ウサギはやたら芝居がかった動作で掌を私に差し向けた。
「知り合いの黒猫にちょっと聞いてるよ。でも聞いた話と食い違っているね。きみは綿になってカラスの胃袋行きになったって聞いたけれど」
「生憎、俺は量産型でね」
乾いた笑いに私も笑い返した。
「用件は、私の弟子のことかな?……いや、きみのご主人様の手前、元弟子と言った方が良いかもしれないね。どっちが良い?」
「どっちでも構わない。お前さんが鍵屋に関して知っていることをすべて吐け」
吐け、とは随分な脅し文句だ。“鍵屋”という単語に私はもう一度少しだけ笑みを浮かべる。
「断ったら?背中のチャックから拳銃出して私を殺す?」
「まあ、そうなるか」
軽く肩を竦めるウサギは、しかしあまりそのことに気乗りしていないように見えた。彼がどのような心持ちでいるのか実際に私が理解することは出来ないのだけれど。
「鍵屋に関して知っていることね……。悲しいことに私は鍵屋に関してはほとんど知らない。知っていたらとっくに助けている」
「助けている?」
「そう」
もしも知っていたら、などというのは逃げ口上だと自覚はしていた。結局私は数年前から何も変わっていないんじゃなかろうか。
ウサギは首を傾げていたが、説明する気は毛頭なかった。
「まあ、そういうわけだから、もっと知りたければ本人に直接訊いた方が良いんじゃない?」
「……無理だと知っていてそう言う辺り、お前さんはかなり性格が悪いな」
ウサギが舌打ちを打った。なるほど、予想はしていたが見たところあの男はウサギを返り討ちにしているらしい。私はPC画面に向き直り、アイテムボックスの整理を始めた。ウサギはウサギで案の定背中のチャックを開けて拳銃を取り出す。
「全く、物騒な世の中になった」
私は苦笑しつつ、またウサギに向き直る。相変わらずウサギは笑っていて、私も微笑み返す。頭には冷たい銃口が押し付けられていた。
「都会での犯罪率が上がっているっていう話だけれど、都会に限った話ではないよね。ニュースで報道されるのは悪い言い方をしてしまえば主に都会で起こっている目立つ犯罪っていうオチ。たとえば殺人事件とかは良いか悪いかは別にして、目立つよね。何だか死が軽んじられているような気がして嫌になるよ、本当に」
ウサギは目に見えて体を震わせた。
「お前さん、一体何が言いたい?」
「いや、簡単なことだよ。ゲームもそうだよね。死んでも生き返りのアイテムや魔法があって、どこにも死がない」
体が震え、彼の腕が震えはじめた。私の頭にまでその振動が伝わる。私はさらに言い募った。しっかりと無機質なウサギの目を睨み上げて。
「まあね、きみがそこまでして私を殺したいならそうすれば良いよ。だけど、それが重いものってことを忘れないでほしいな。きみが私の死を受け止めてくれるなら、私はきみの弾丸で死んであげようじゃない」
彼は私の最後の言葉を聞いていたのだろうか。私が台詞を言い終えると彼は跡形もなく消えていた。ご主人様のところへ帰ったのだろうか。
※
受け止める者がいないのならば、それはただ地に臥して踏みつぶされるだけ。
fin.