45、優しさとトカゲ
お題:トカゲの艦隊 必須要素:いま話題のあの人 制限時間:1時間(http://sokkyo-shosetsu.com/novel.php?id=196580)を加筆修正したものです。
目玉を失くしたトカゲは何を見る?
※
その黒猫は身軽な動作でデスクの上に飛び降りた。
「本題?さっきまでの話は何だって言うんだ?」
「前置きというか確認かな。私としても不確かだったことを、タチバナちゃんに会うことによって確認できたから。情報の整理という意味でも大切な確認話だったよ」
黒猫は灰子さんの使い魔だろうか。おばあちゃんも何羽かカラスを使い魔として飼っている。今更、猫が言葉を発したところでは驚かない。
「確認、ですか……」
「そう。確認っていうのはいつだって重要だよ?バカにしちゃいけない。自分の立ち位置をしっかりわきまえていないと、何かに足元をすくわれる。すくわれたことさえ気づかないかもしれないからね」
口調はさっきから軽いけれど、灰子さんはまだ全面的に私を信用していない。猜疑心が見え隠れしている。その実、猜疑心を持っているのは私も同じだった。全面的には信用できない。私はまだまだ未熟だから、彼女を“見間違えている”可能性も捨てきれない。
「あの、先輩が……鍵屋さんが、名前を捨ててしまったのは何故なんでしょうか?」
だからこそ、一方的に灰子さんのペースに合わせるわけにはいかない。私は決して彼女から目を離さないように注意して、尋ねた。
「それは私にも分からない」
端的な口調で恥じることなく、灰子さんさんは言う。彼女は何でも知っている魔女ではないのだろうか。
全知の性質を持つ、何でも知っている魔女。知らないことなんかない女性。それが白崎灰子という人物のはずなのに。
きっとそんな不満な表情が出てしまったのだろう。灰子さんはため息をついてメガネの奥の瞳を輝かせた。
「私は確かに全知の魔女らしいんだけどね。色んな事情で基本的には魔法を使わない主義なの……まあ、たまにちょーっと使うけどね。だから、知らないという事実は確かに知っているけれど、知らないことは知らないんだ。ごめんね」
「いえ、私に謝らなくても……」
灰子さんを責めても、何にもならないと分かっているのに。
「っていうか、アレだな。二人の女にこうして話題にされるって。鍵屋ってのはモテモテなんだな」
「面白いこと言うね」
灰子さんはクスクス笑い、
「あーあ、また話が逸れちゃったね。ともあれ、こうして初めてお話して“いきなりだけど信じてほしい”なんて言うつもりはないけれど、私は私の知っていることを話す。だからきみも彼のことを話してほしい」
真剣な顔でそう言った。
※
私が話せることと言ったら、私は彼と出会い彼を助けたことや彼に魔法を習っていたことくらいだ。灰子さんも黒猫も決して口を挟むことなく、拙い話を聞いてくれていた。
手の中のマグカップは少し冷めかかっていた。
「そうか。殴ったんだね……殴ってくれたんだね……」
「……はい」
彼と公園で出会って、彼を殴った。それから、私は先輩と会っていない。町で見かけることさえも。
私が話せるのはそこまでで。私は少し俯いた。
「タチバナちゃん、話してくれてありがとう。きみは優しい子なんだね」
灰子さんは自分のマグカップを置いていた。空いた手で黒猫の首元をあやすように撫でている。
「あはは、そうか……そうか……」
乾いた笑いが研究室に響いた。部屋のたった一つの窓からは夕日が差しこんでいる。光が私の目に当たって、その刺激は痛いくらいだ。ひとしきり笑った後、灰子さんは再び本棚に手を伸ばした。
「タチバナちゃんは、夜鳴きウグイスとめくらトカゲの話は知っている?」
白衣にかかる長い黒髪が綺麗で私はそれを見ながら、質問に答える。それにしてもいきなり何の話だろうか。
「いえ、知らないです」
「タイトルなら聞いたことがあるぜ。内容までは覚えちゃいねえが」
黒猫がデスクで伸びをしながらそう言う。
「まあ、文字通りウグイスとトカゲの話。もとはフランスの話だけれど、グリム童話にも載ってる」
本棚から取り出された本は古びた装丁で、表紙には金の文字で『グリム童話 2版』とドイツ語で書かれている。それを開かずにデスクに置いた。
「昔々、ウグイスとトカゲがいました。ウグイスとトカゲはそれぞれ片目ずつしか目を持っていませんでした。ある日、ウグイスが結婚式に出席することになり、式の間だけトカゲは自分の片目をウグイスに貸すことにしました」
優しいトカゲはウグイスに目を貸し、狡猾なウグイスは式が終わってもトカゲに目を返すことはなかった。
「目を失ってしまったトカゲは末代までウグイスに復讐してやると誓いました。ところが、トカゲは飛ぶことができませんので、両目になったウグイスにとっては敵ではありません」
「……それで?」
「今でもトカゲはいつだってウグイスを狙っているのです、めでたしめでたし。まあ、もしも仮にトカゲが艦隊組んで攻めてきてもウグイスは文句は言えないだろうね」
ちっともめでたくない。どこが童話だというのだろう。
唖然とした私と黒猫に、曖昧な笑みが向けられる。
「ドイツ文学専攻なら『グリム童話』くらいは押さえて損はないと思うよ。貸してあげるから、ちょっと読んできなさいな。生憎、今は日本語訳本を持ち合わせていないからこれしか貸せないけれど」
手渡されて、改めてその本を見る。かなり読み込まれているようでところどころ擦り切れている。ちなみにグリム童話くらいはもちろん知っているし、確かにドイツ文学科に所属してはいるけれど、私はどちらかというと文学専攻ではなく言語学専攻である。あまり授業では言語の歴史書に触れてばかりで童話は読む機会がない。
「おいおい待てよ、白崎。何でそんなおとぎ話を聞かせたかっていうオチを聞いてないぜ?」
「ああ、そうだったね」
黒猫が私が訊きたいことを訊いてくれたので、私はまた灰子さんに目を戻した。灰子さんも私に向き直る。そして、
「私が知っている彼の話を私はしよう。でも、きみが私の話を聞いても、私を恨まないでほしい。どうか呪わないでほしい。きみは優しいから」
白崎灰子という魔女は、私に対して頭を下げたのだ。
※
決まってるだろ。めでたしめでたしの裏側さ。
fin.
トカゲの艦隊というお題に頭を悩ませた作品です^^;
即興小説はたまに無茶ぶりがあるので楽しいですね。




