41、甘えと対峙
お題:穏やかな友人 制限時間:1時間(http://sokkyo-shosetsu.com/novel.php?id=195176)を加筆修正したものです。
時系列としては第1章32、視認と拒絶の直後です。
【前章(第1章)あらすじ】
【開ける】力を持つ男、鍵屋はその力を用いてあらゆる依頼をこなしていた。しかし、ある依頼の最中に自身の弟子である少女、タチバナに現場を見られ軽蔑されてしまう。
黒い猫やウサギの着ぐるみに翻弄されながらも日々を過ごす彼は、やがてかつての師に関する依頼に行き当たる。
泣きたいときは泣いてから、
※
先輩の頬を張った掌が不思議と熱かった。なのに、身体はガクガク震えて、その場に座るのもやっとだった。結局、私は鍋の材料をちょうど台所にいたおばあちゃんに渡して、そのままへたり込んでしまったのだ。
「お夕飯にするから手を洗いなさいね」
おばあちゃんは私の肩に手を触れてそう言った。何も尋ねないで置かれたその優しい手がなんだか辛くて、私は小さく頷くことしかできなかった。せっかくおばあちゃんに手料理を食べさせてあげようと思ったのに。
不思議と目の前の冷蔵庫の白さが眩しくて目を瞬いた。
「お前は肉団子が好きだから、いっぱい入れようね」
「……うん」
「おつゆは少し甘めに作るから」
「……うん」
震えが止まらない。ピンクのマフラーに顔を埋めると、涙を吸ってて湿っていた。
「怖かったわけじゃないの、おばあちゃん」
私はたまにこうして勝手におばあちゃんに話をする。おばあちゃんは特に何かを見通す魔法は得意だから。私のことなんて説明しなくてもほとんど筒抜けで。たぶん、今日私が見たものも、見てしまったものも、きっとお見通しなのだ。
「ただ、何だか私、どうしたら良いのか分からなくなっちゃって……」
でも、きっとそれは甘えだろうから。せめて自分の気持ちはちゃんと口に出してちゃんと伝える。そうしたら、おばあちゃんも私の話をちゃんと真剣に聞いてくれるから、私も真剣に話すのだ。小さい頃から魔法に対する憧れを聞いてもらっていた時と同じように。
おばあちゃんはトントンと軽快にお野菜を切っていたけれど、私の言葉を聞くと包丁から手を離して頭を撫でてくれた。
「分からないなら焦らなくても良いんだよ。分かりたいなら分かるまで食らいついていくまでのこと」
そう言いながらしゃがみ込んだおばあちゃんに私は抱き着いて、子どものようにワンワン泣いた。もう大学生だというのに情けない。結局、私はおばあちゃんに甘えてしまう。
「良いんだよ、今は甘えても。だけれど、泣くだけ泣いたらその後はちゃんと自分の足でお立ちなさいな」
今はまだ震えているけれど。
「うん……!」
おばあちゃんのエプロンにしがみついて力強く頷いた。
たっぷり泣いた後、おばあちゃんの特製お鍋を二人で食べた。温かくて、美味しくて、またちょっと泣きそうになった。
※
「悩んでいるなら、一度お寺に足を運びなさい」
お鍋を食べ終わって食器を洗う段になった時のことだ。
「お寺?今日、阿修羅像を預けに行ったばかりだけれど」
「そうね。数日置いてからの方が良いかもしれない」
「お寺に何かあるの?」
「阿修羅さんに会ってくると良い」
もうそんなにお怒りでないと思うから、とおばあちゃんは鍋の中の鱈を突きながら笑っていたっけ。
そんなわけで阿修羅像を預けて五日ほど経った日、私はお寺を再び訪れたのだ。
「和尚さん!また来ちゃいました!」
「これはこれは、瀬戸バアのお孫さんかい」
「はい、先日はおはぎ美味しかったです。ありがとうございました。お礼と言ってはなんですが、こちらよろしければ」
私のおばあちゃんは、近所で“瀬戸バア”と呼ばれて親しまれている。瀬戸というのはおばあちゃんの苗字だ。おばあちゃんは昔から人を惹き付ける魅力のある女性で、今でもそれは衰えていない。噂じゃ隠れファンがいるとかいないとか。
私は和尚さんに近所のドーナツチェーン店で買ったドーナツを差し出した。
「おお!もしかしてオールドファッション入ってるのかい!!大好物だよ!」
「新作もいくつか入ってます。喜んでいただけて良かったです」
これも実はおばあちゃんの“あそこの和尚さんはオールドファッション好きだからね”という助言の賜物だ。他にも和尚さんのご家族向けに色んな種類のドーナツを詰めてある。
「ところで、今日は先日の阿修羅像を見に来たんです。見せていただいてもよろしいですか」
「うん?構わないよ。こっちな」
本殿の脇にある少し小さな蔵に案内される。和尚さんは鍵を袈裟から取り出して扉を開けた。中へ入ると大小様々な石像が並んでいた。
「わあ!すごいですね!」
「色んな人が色んな像を持ってくるからね」
“あそこだね”と和尚さんが指さした先にある石像は数ある石像の中でもどこか異彩を放っていた。
「じゃあ、私は少し席を外そう」
「え、良いんですか」
「構わないよ。瀬戸バアにはお世話になっているし、ドーナツももらったし。ゆっくり見てって。で、終わったらこの鍵返しに来てくれるかい?寺の裏にある“寺岡”って表札かかってるの、私の自宅だから」
「分かりました」
私は鍵を一つ受け取った。少し赤茶に錆びた鍵だった。
※
阿修羅像はちょうど正面の棚の上、私の目線より少し上の辺りに鎮座してた。
「えーっと……初めまして?」
何となく目が合ってしまって、私はそんなことを呟いた。どういうわけか蔵中の石像の目線がこちらを向いているような気がしてならない。
阿修羅像は穏やかな目をしていた。“阿修羅”と言うからには、怒り狂っているイメージがあったのだけれど。あまりに穏やかで、まるで古い友人と一緒にいるような安心感がある。
“阿修羅さんに会ったら、ちゃんと偽りなく自分の悩みを曝け出してみなさい”
これもおばあちゃんの助言だ。
「あの、私」
傍から見たらとても奇妙な女の子だと思われそうだが、人が来る気配はない。それどころか恐ろしいほど静かだ。けれど、心はやはりざわめいている。
「……私、自分が何で悩んでいるか、実はよく分からないんです」
ただ正直に私は内心を吐露する。
「先輩のしたことは今でも素直に許せないし、腹立つし、悲しいし、もう訳が分からないくらいなんです。でも怒れないっていうか、怒れない自分が腹立たしいというか……怒りスパイラル?みたいな?」
ああ、自分で言っていて意味不明だ。でも、吐き出すうちに何か見えてきそうで、私はとにかく話を続ける。
「怒っているんだけど、なんて言うか……何もかも失くしてしまった先輩を、私は怒ることができないんです。何で失くしてしまって、何で空っぽなのかまでは私にも分からないけれど……それでも。もちろん、私は確かに怒っているんだけれど、その怒りをぶつける先には何もないんです」
虚に怒ったところで、ただ虚しいだけだ。
阿修羅像は黙って私の話を聞いてくれた、少なくとも私はそう感じた。少しは怒りに荒れていた心が静まった気がする。
「なんかすっきりしちゃいました。ありがとうございます」
ありったけ話し終えて、私は阿修羅像に向けて頭を下げた。
「良いってことよ!!」
蔵を出る直前、そんな声が聞こえた気がした。
たぶん気のせいだろうけれど。
※
もう一度前を向こう。
fin.




