40、名前と追憶
お題:ぐちゃぐちゃのこだわり 制限時間:1時間(http://sokkyo-shosetsu.com/novel.php?id=194941)を加筆修正したものです。
あの時の真っ直ぐな瞳を、
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まだ、あの男がドイツにいた頃の話だ。
大学の学生課から連絡が入った時、私は自分の研究室のパソコンでオンラインRPGに勤しんでいた。ゼミ生から勧められたもので、グラフィックやら操作性やらストーリー性やら申し分ない。主人公の魔法使いがそこそこヘタレキャラなのも好感が持てた。その魔法使いの容姿を自分の好みに改造できるのもこのゲームの楽しいところだ。ちなみに私の魔法使いは猫耳に浴衣、長靴を装着し、武器はメリケンサックという私のこだわりをまさに示したものとなっている。
ちょうど敵を撃破して回復の為に町に戻ったところだったので、研究室の固定電話を取った。
「はいはい、白崎です」
「灰子さ……じゃなくて、白崎教授、ご無沙汰しております。学生課の柿谷です」
柿谷とは学生課の若手職員で、私と顔見知りだ。他の気難しい顔した職員たちよりは愛想が良く話が通じやすい女性だが、ちょっとドジっ子なのが玉に瑕である。
「あらま、柿谷。内線なんて珍しいね。何かあったの?また恋愛相談?また一緒に飲みに行く?」
「違いますよ!仕事のお話です!教授のゼミ生についてお伺いしたいことがございまして」
私はコントローラを脇に置いてデスクの側の棚にさしてあるゼミ生名簿ファイルを取り出した。そこまで人数が多いゼミではないので結構薄い。
「今ちょっと書類整理をしていたんです。それでちょっと……。白崎教授の三年生ゼミ所属の学生で、学生番号LG-101301の生徒なんですけど今どこで何をしているかご存知ですか?」
「LG-101301……?」
学生番号を照会してみると、彼女はあの魔法使いについて尋ねているようだ。今はドイツに留学しているが、そろそろ帰ってくる頃かもしれない。一時期はよく連絡を取り合ったものだが、忙しくなったのか彼の方から連絡を寄越さなくなったのだ。あの男は、ああ見えて魔法の筋は良いので、余程のことがなければ、ヘマはしてないはずなのだけれど。
「――――くんがどうかしたのか?」
「……すいません。学生の名前、もう一度お願いできますか?」
「え?だから、――――くんだって」
言いかけて私は名簿を見る。名前を確認したわけではもちろんない。彼は私のゼミ生であると同時に、私の弟子でもあった男だ。名前を間違えるなんてありえない。
私は、確かにそこに彼の名前と顔写真があるかどうかを確認したかったのだ。
「彼は今ドイツで留学しているよ。確か私の方からそっちに届も出したはずだけど?」
「すいません。ちょっと確認します。……そうですね。確かに先ほどお伝えした番号で留学手続きもされているようなんですけれど……」
柿谷はしばし逡巡したようだった。まあ、無理もない。彼女は妙なことを言ったのだから。
「この学生、名前が分からないんです」
※
結局、内線での会話だけでは収拾がつかなかったので私の方から学生課に出向くことになった。研究室棟からは少し距離があるので少し難儀だ。
「これはこれは白崎教授、ご足労いただきありがとうございます」
出迎えたのは職員の中でも古参の男だ。渋い顔をしているのは、私のことが率直に嫌いだからだろう。その後ろで柿谷が軽く頭を下げている。手にはファイルを何冊か持っていた。
「また髪型を変えられたんですか」
「眼鏡も変えましたよ」
私は青縁の眼鏡を軽くくいっと上げた。ちなみに髪型はポニーテールだ。
「とてもお似合いですね。どうぞこちらにお掛け下さい」
比較的慇懃に男はそう言うと、相談用窓口の丸椅子を勧められた。
「学生番号LG-101301の学生に関するお話だと伺ったのですが」
「ええ、ちょっと妙なことがありまして。柿谷から話は?」
「大まかなことは伺ってますよ」
「じゃあ、見ていただいた方が早いですな」
男が柿谷に合図し、柿谷が私にファイルを手渡す。中を開くと、あの魔法使いの成績やら何やらのデータが詳細に記録されている。パッと見た感じだと、彼は私のゼミ以外でもかなり良い成績を修めているようである。確かに学生として彼は結構真面目で実直な部類に入る。ページを捲ると今現在は留学中である旨が記されていた。
「ここなんですが」
と、男は彼の名前が書かれている部分をトントンと指で叩く。
「彼の名前が書かれていないんです。こちらの顔写真も貼られていなくて。妙でしょう?他の記録も当たったんですが、やはり姓名ともに不明で」
続けて彼がトントンと叩いた場所には魔法使いの不愛想な顔写真が貼られている。間違いなく、名前が明記され、間違いなく顔写真がある。
妙ではある。彼が言うのとは別の部分で。
記載された名前を睨みながら、私はこう答えた。
「確かに妙ですね」
※
結局その日は妙なことの原因も分からないままだった。学生課の方で調査をすると言われたが、たぶん彼らでは解決できないだろう。間違いなく魔法が絡んでいるし、それも単純な魔法でもない。それに、学生課のお偉いさんは確か魔法使いではないはずだ。
次の日、私のゼミ生の園田という学生が研究室を訪ねてきた。制作中の論文に関して訊きたいことがあるとのことだったので、前もって相談に乗る約束をしていたのだ。
「ねえ、園田。私のゼミって学生9人だよね?」
「何言ってんすか?灰子センセ?とうとうボケが始まったんすかー?えーっと、三島でしょ、江本でしょ……4,5,6だから……うん、ウチのゼミは、8人っすよ!っつーかそれより、それよりオレの単位っすよ!!取れますかね!?ね?!」
その日の夕方、私はドイツの大学の教授に電話をした。
「もしもし、グスタ。元気?今、そっちは朝?」
「やあ、ハイコ!久しぶりだね!実に清々しい朝だよ。何か用かね?」
「用って程でもないよ。そっちで預かってもらっている私の坊やは元気にしているかなって思ってさ。――――は元気?」
「すまない。誰だって?そもそもここ数年君の学生はこっちに来てないじゃないか。また優秀な若者を寄越してくれるのを今か今かと待っているというのに」
私は電話を切った。予感が外れていなければ、何か飛んでもないことが彼の身に起こったのだ。
「さて、ちょーっと面倒なことになっていそうだね」
彼がドイツに渡った理由を知っている身としては、そして個人的にも、とても看過できない事態だった。
※
あの時の真っ直ぐな瞳を、私はまだ覚えている。
fin.
第一章完です!
次から第二章行きます!




