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僕は今日も、鍵で扉を開ける。  作者: ささかま。
第1章 僕は鍵を持っていて、使えば扉を開けられる。
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38、永遠と恐怖

お題:憧れの小説家 必須要素:二号機 制限時間:1時間(http://sokkyo-shosetsu.com/novel.php?id=194179)を加筆修正したものです。

 すべてを知っていたって、神様にはなれない。



 ※



「本題?」

「そうそう、用事があったからきみはこんなところまで来てくれたんでしょ?それが本題。用事がなくっちゃ、今のきみは私のところになんか来てくれないじゃない」


 愛用のソファに寝そべりながら、私は黒いコートの彼を見下ろす。相変わらず冴えない服装だ。たくさんの本棚の中に埋もれている彼は読めない表情をして私を見上げている。せっかく彼の名前を読んであげたのに無頓着にも程がある。まあ、言ってみればドイツに行く前の彼と帰ってきた後の彼では全く違ってしまっているのだから無理もない。ロボットでたとえるなら一号機から二号機に、つまり別の機体になってしまったような感じ。グレードアップしたかは別として。

 彼は持っていたリルケの本を律儀に元の場所に戻した。


「……訊きたいことがある。どうしても分からなかったことだ」

「良いよ。何が訊きたい?」


 彼のコーヒーカップは床に置かれていて、湯気もなくなっている。冷めてしまったようだが、彼がそれに気を留めるそぶりはない。


「あの女の名前が知りたい」


 彼の言う“あの女”とは、災厄の魔女だとか夜を統べる魔女だとか呼ばれる、生粋の魔女らしい魔女のことだ。訊かれるとは思っていたけれど、まさかこんなにストレートな訊き方をされるとは思っていなかった。確かに私は回りくどいのは好きではないから、彼が時々見せるこのような率直さには好感が持てる。


「きみはドイツで何を学んだんだい?師匠の名前も知らないとは」


 呆れ返ってみせるが、反応が薄い。 


「災厄の魔女、夜を統べる魔女……大仰な名乗りだけれど、名前はヒルデガルド=フォン=シュバルツシルト」

「それは対外的にそう名乗っているだけだ」


 語気が強まったのを感じて私は、本で口元を隠して少し笑った。


「彼女はその名前で本当の名前を閉ざしてしまっているんだ」

「よく分かっているじゃないか。そしたら、きみのやるべきことってもう限られているでしょ?閉じているものを開けるのはきみの専門なんだから」


 まあ実際、それができているなら、今ここにいるきみはこんな風にはなっていないだろうけれど。

 私は心中そう付け足した。


「開けようとして、失敗した」


 案の定、彼はそう言った。


「貴女風に言えば彼女の性質は閉塞って言えば良いのかな」

「閉塞、ね。言い得て妙だ」


 彼の返答に密かに感嘆する。

 閉塞。閉鎖とも違う。


「あの女の名前は知らないな。本当に知らない」

「知ろうと思えば知れるんだろう?」

「あれほど念入りに隠された名前を知る方法は知らない、ということは知っているけれどね」


 彼は眉を顰める。私はソファの上で寝返りを打ってその様子を眺めた。


「……一応、探りは入れたんだな」

「そりゃあね、ダメ元ではあったけれど。結果はご推察の通り。手は尽くしたんだけれど、私じゃ力不足だったみたいだ」


 力になれなくてごめんね、と言うと彼は頭を振った。そんな彼の様子を見て、私は一つ話をする。


「私は、幼い頃小説家に憧れていたんだ。色んな世界を作れる人に。神様みたいって思ってたよ」

「貴女にぴったりだ」

「そう?」


 私は読んでいた本を閉じて、表紙を見やる。カバーをかけているので、何の本を読んでいるかまでは私以外には知り得ない。


「世界はページを開けばいつだってそこにある。永遠にそこにある。でもさ、私はそれがある日怖くなった」


 世界中から本を掻き集めた。そういう時期が私にもあった。


「いくら私でも、永遠がいつまで続くかってのは分からない。分からないものってのは、怖いんだよ、やっぱり」


 永遠がいつまで続くか。きっといつまでも続くのだろうけれど、それが怖くてたまらなかった。それから私は小説家という人間が恐ろしくなってしまったのだ。彼らはある意味永遠を作ることができるのだから。


「私は、永遠が、怖い」


 それはきっと……


「あの女も同じだって言いたいんですか」


 彼は言う。私は彼を憐れむように見た。今、彼の瞳にあるであろう人物を私は憐れんだ。私ではない。彼が言う“あの女”だ。

 私は彼女を許すことはできないけれど……。


 私は結局彼の質問には答えなかった。

 この質問に答えるのは私の役目ではなかったからだ。

 そう、知っていたからだ。



 ※



 私はソファから起き上がった。


「さて、また本題から話がそれてしまったね」


 というか、今回そらしたのは彼の方なので私に罪はない。


「もう回りくどい話は止めにしよう。仕事で来たんだよね?知ってるよ」


 彼は苦い表情を浮かべた。


「それと、回りくどい説明もいらないよ。私を気に食わないと思う奴なんか大勢いるし」


 私は今の大学教授という職業に執着はないけれど、周りは違う。大方、今の私の地位を狙っている奴が彼に依頼をしたのだろう。私を開けるように。

 もちろん、依頼主は私と彼が顔見知りとは知らなかったに違いないけれど。


 彼は梯子を伝って二階に上がり、私の目の前へとやってきた。手にはいつの間にかワルサーが握られていて、銃口がしっかりこちらに向けられている。私は読みかけの本にしおりを挟んで脇の小机に置いた。ソファに寝そべったまま彼を見上げる。


「逃げないのか」

「逃げないよ?逃げたってどうしたって、きみは私を開けるんだから」


 今の彼は鍵屋だから、きっとそうする。私が元師匠だとか、そんなことは彼には関係がない。


「それにね、今回に限っては結末が見えちゃってるのよ。結末を知っちゃってるのよ。そして私は“それで良い”と思っている。だからさ、きみが気に病む必要はないよ」


 きっと今のきみに、私が今言った意味は分からないだろうけど、それで良いんだ。分からなくて良い。

 そう思う私に、彼は言う。


「僕に、気に病む心はない」

「……そっか、そうだったね。残念だ」


 ああ、本当に。

 それだけが私は心残りだ。




 そして,

 私は目を閉じる。





 そして私は人間だから、抗わずにはいられないのだ。



 fin.

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