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僕は今日も、鍵で扉を開ける。  作者: ささかま。
第1章 僕は鍵を持っていて、使えば扉を開けられる。
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34、道具と意思

お題:君の夕飯 制限時間:1時間(http://sokkyo-shosetsu.com/novel.php?id=193009)を加筆修正しています。

 空っぽなのだとして、



 ※


 “返すつもりはない。僕はマクガフィンの正体を知っている”





 あの男の言葉に俺は心底笑ってしまった。いや、俺は空っぽだから“心の底”さえもない。“心底”なんていう言葉自体がナンセンスだ。

 種明かしを簡単にすれば、俺はあくまで俺の主人による“マクガフィンと名乗る男”の模倣でしかない。作り物でしかない。更に言うなら量産型である。消滅してもまた作れば不死鳥のごとく大復活!と言えば聞こえは良いが、実態はただのゾンビだ。以前、俺の主人は使い魔に逃げられたことがあるらしく、“生きているものは基本的に信用できない”らしい。

 では、生きていないものは信用できるということなのかと思えば、そういうわけではない。道具は使い勝手が良く、要らなくなれば気軽に廃棄処分にできる。信用の対象にすらならない。

 ついでに言うなら、鍵屋もそうだが、俺も“マクガフィンと名乗る男”の正体を実は知っている。しかし、ここでそれをネタバレするつもりはない。それに仮にしたとしても、それは無意味だ。ナンセンスだ。

 それに、正体を知ってはいて誰であるかは知っているが、そいつのことを俺はほとんど知らないのだ。


 ※



 鍵屋の部屋から出た俺は当然あの魔女の元へ帰らなければならないはずなのだけど、その前に何となく駅前にブラリと立ち寄った。昼間は親子連れやら小学生やらで賑わう通りも、夜となった今は仕事帰りのサラリーマン、OL、それに飲み屋の呼び込みアルバイトでひしめいている。冬の寒さをしのぐのに、酒や肴や暖かさを求めて白い息を吐きながら歩き回るその様子はひどく雑多だが、その雑多さが心地よくもある。俺は、人というものがそこまで嫌いじゃない。だから“マクガフィンと呼ばれるあの男”もきっと人が好きだったのだろう。その点、あの魔女、俺の主人は正反対だ。

 ウサギの着ぐるみを着ていると目立つかとも思ったが、大して問題にはならなかった。何かの打ち上げでもあるのか大学生らしき一団が謎の奇声を上げてテンションを上げていたり、呼び込みの叫び声をあげていたり、むしろそっちの方が目立っている。ただ、まだまだ酔っぱらうには早いだろう時間帯だというのに早くも赤ら顔の何人かに声をかけられた。


「よお!いかすウサギさんだねー!バニーガール?」

「お前さん、残念だなー!残念ながら俺はオオカミさんだぜ!」

「げー!男かよお!!見た目はウサギだけど中身はオオカミってか!!」


 ノリの良い若いサラリーマンや美尻のOL姉ちゃんに飲み会に誘われたが、断るしかなかった。着ぐるみの中身を見られたら色々面倒だし、そもそもこの身体では酒だって楽しめないからだ。代わりに、去っていく美尻を一生懸命凝視して頭に叩き込んだ。眼福。


「なんかニオうと思ったら、アンタ、あの魔女の駒かあ?」


 ついでにその胸元も御開帳願えばよかったなどと思ったのがバレたわけでもないだろうが、奇妙な声があらぬ方向から聞こえたので首を傾げつつおでん屋の屋台の屋根の上を見た。乗っていたのは夜空に溶け込むような黒い猫だ。と言っても、周囲の明かりのせいで大きな目が反射していた。ウサギが目立たないのだから、猫が一匹喋るくらいなら誰も気づかない。テンションが上がると、不思議と不思議が不思議じゃなくなるのでそれが不思議だ。

 猫はヒラリと飛び降りて、無言で首を振り俺に“ついて来い”と合図した。



 ※


 俺はその猫の後にノコノコと付いていった……わけがなかった。

 猫の尻尾をヒョイと摘み上げ、身体を抱き上げる。


「心臓の鼓動が聞こえないなあ?さてはオマエ、中身はないなあ?」

「そういうお前さんだってただもんじゃないだろうに」

「そうだなあ。お互い様さ」


 猫がニヤニヤ笑う。こうして抱き上げられるのも計算の内だったのかもしれない。

 一先ず猫を抱えて裏路地に入った。表通りとは打って変わって、人っ子一人いない。行き止まりのゴミ溜めのようなものがあり、そこで俺は猫に話しかける。ここなら少なくとも邪魔者は入らないはずだ。猫は猫でしきりに鼻を擦っているあたり、恐らくゴミの悪臭が強いのだろうが知ったこっちゃない。


「お前さん、あの魔女について知っているのか?」

「知っているか知らないかで言ったら、そうだな……知らないなあ?」


 猫は嘯いて、俺の腕の中からスルリと抜け出した。そしてヒラリと身を翻して、ゴミ溜めのドラム缶の上に乗った。


「あの魔女のことは何も知らない。“知らない”ということは知っているが、それ以外は何にも。ただなあ、ちょっと最近きな臭い気がして、嗅ぎまわってるってだけだぜ?」


 あと訊きたいこともある、と猫は続けた。


「どうせオマエは駒だろうし、正直に答えやしないだろうが、尋ねる。オマエの主人は今どこにいるんだ?」

「それに答えて俺に何か得があるのか?」

「特にないなあ。損ならあるかもしれないが」


 ドラム缶の上で猫は鋭そうな爪を俺に見せつけた。見え透いた挑発に一応乗っておく。


「……でも答えなかったら答えなかったで、俺がお前さんの夕飯になっちまうってことか?」

「オレはグルメだから綿は食えないが、オマエが望むならそこらにいるカラスの胃袋にぶち込んでやっても良い」


 恐ろしい事をサラリと言う。この猫はどうやら主人と因縁があるらしい。主人は“今は居場所を誰にも悟られたくない”と言っていた。正直何のつもりなのかさっぱり分からないがしばらくは潜伏していたいらしい。“誰にも悟られたくない”という言葉には猫も含まれるだろうか。だとすれば、


「カラスの胃袋行きか……俺はやっぱりMなのかねえ?」


 訝しげな目線が俺を刺す。肩を竦めてそれに応じた。綿が擦れる音がする。


「お察しの通り、俺はただの道具でね。ご主人様の意志を超えることはできねえな」

「じゃあ、何であんな駅前でふらついていたんだ?それも主人の意志か?」


 その疑問はもっともだ。ただの道具がこんなところにいるか。こんなところで、人と話して、更には“人は嫌いじゃない”だなんてそんな感想を持つだろうか。

 少しばかり考えて俺は答えを出したが、結局質問には答えなかった。

 代わりに背中のジッパーを開けて、銃を取り出す。着ぐるみの口の部分でその銃口を咥える。何故そんなことをしたのかと言えば、簡単な話だ。


「じゃあな」


 俺はカラスに食われるよりもその方がマシかな、と思ったのだ。



 ※


 その思いは、どこにある?


 fin.

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