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僕は今日も、鍵で扉を開ける。  作者: ささかま。
第1章 僕は鍵を持っていて、使えば扉を開けられる。
33/99

31、おつかいと整理整頓

お題:日本式の村 必須要素:化粧水 制限時間:1時間(http://sokkyo-shosetsu.com/novel.php?id=191804)を加筆修正したものです。

今回の話は、あまり気分のいい結末ではありません。グロい描写などはありませんが、閲覧注意。

 捨ててしまえば楽になれる。


 ※



 今日の駅前商店街は、休日ということもあり人手が多かった。活気があふれているのは、商店街としては都合の良い事なのだろうが、今回の依頼としてはいささか厄介であった。


 僕は今、小さな子供の後を追っている。男の子と女の子の双子だ。今回の依頼は彼らの母親から引き受けたもので、あの子たちを開けるのが僕の仕事である。

 依頼主は双子たちに商店街へ買い物に行くように言いつけた。帰りにご褒美に公園で遊んできても良いと彼女が子供たちに言うと、彼らはリビングで飛び跳ねとても喜んでいた。僕はその様子を母親に指示された通り、隣の部屋から聞いていた。




「依頼料はいくらくらいになりますか?」

「出せる分だけ出していただければ」

「そうですか。娘と息子をお願いします」


 依頼主は深々と頭を下げたのを僕は不思議と冷めた目で見ていた。特に彼女に思うところはなかったが、彼女の娘、息子に対してはやはり思うところがなくはなかった。


 初めておつかいに行くらしい双子は随分と不安そうに歩いていた。特に双子の妹である女の子は男の子にすがりつきながら歩いている。


「おにーちゃん、ヤッキョクってどこなの?」

「おにくやさんがここだから、もっとむこうかなー?」


 母親が持たせた手書きの地図を男の子は穴が空くほど見つめている。女の子もキョロキョロして薬局を探しているようだ。母親が買ってくるよう指示したのは、薬局で売っている化粧水だ。初めておつかいをする子供たちに化粧水を頼むなんて難易度が高いような気もするが、母親はそこまで気を回していないようだった。母親は、


「何を買うかは問題ではないですから」


 と笑っていたのだ。確かに子どもたちだけに買い物に行かせることに意味があるのだから、母親の言うことはもっともである。


 回り道や遠回りをしたが、双子は薬局にたどり着いた。双子の興味が途中であちこちに移るので、途中で助け舟でも出した方が良いかとも思ったが、なんやかんやで自力で到着できたので良しとしておく。

 流石に薬局内まで着いていかなかかったが、しばらくして薬局から出てきた二人はちゃんと化粧水を買えたようでビニール袋の取っ手を二人で仲良く持っていた。

 僕は不自然に入ってしまっていた肩の力を抜いた。


 ※


 夕方になっていた。日が沈みかけた空は真っ赤に染まっている。懐中時計を確認すると、4:00を回っていた。

 双子は公園に向かったが、家から薬局までの道順とは違い全く迷うことはなかった。やはり、興味関心を持っていることに関しては、子どもというのは覚えが良いものである。

 公園は閑散としていて、いるのは僕とこの双子くらいだ。閑散としていて小さな公園。今回の依頼を考えると都合が良い。


「すべりだいしよー!!」

「待っておにーちゃん!!」


 滑り台の階段を上る二人を尻目に、僕はブランコの柵に腰かけた。久しぶりになかなか長い距離を歩いた気がする。双子をつける合間に調達した缶のブラックコーヒーに例の如くフレッシュを入れて口を付けた。双子は飽きずに何度も何度も繰り返し、滑り台を滑る。何回も、何十回も。手すりに買い物をしたビニール袋が揺れる。



「“大きな森のそばに、ひとりの貧しい木こりが住んでいました”」


 双子を見ていて、そんな言葉が口について出てきた。


「“ねえ、おまえさん。明日の朝早く、ふたりの子どもを連れておいきよ”」


「おにーちゃん、わたしブランコしたい」

「ぼくもするー!」


 滑り台への興味が薄れた双子がビニール袋をしっかりつかんでこちらに駆け寄ってくる。取り残された滑り台が夕日を反射して少し寂しげだ。


「“自分のかわいい子どもを、森のけだもののところに連れていくなんて、そんなことできやしないよ”」

「おじさん、なにしてるの?」


 男の子の方がブランコの柵に寄りかかり僕を見た。女の子は一足先にブランコに乗ってはしゃいでいる。


「おじさんはブランコしないの?」

「僕は結構です。仕事があるので」

「おしごと?どんな?」


 缶コーヒーはすでに飲み終わっていた。僕は懐中時計を確認する。時計は4:30に差し掛かるところだ。仕事をしなければならない。


「良い子はおうちに帰る時間ですね」


 僕は、言った。



 ※



 双子の持っていたビニール袋を母親に差し出した。中ではガラス容器が割れてしまい、化粧水が漏れ出している。母親はそれを袋から出すことさえせずにそのままゴミ箱に捨ててしまった。


「ありがとうございます。助かりました」

「いえ」


 僕は短く答える。依頼主は朗らかな笑みを浮かべる。


「これからはこんな安物化粧水使うような生活ともおさらばできるんだと思うと清々します。あの子たちのせいで生活も苦しかったもので。女手一つでの子育てに疲れちゃったっていうか……同年代の友人はみんな結構遊んでるのに不平等な話ですよ。あ、でも鍵屋さんは独身でしたっけ?」

「今は独り身ですね。子どももいたことがないので、子育てについても……でも、大変さはお察しします」


 僕が社交指令的に適当な言葉を並べると、母親は優雅な微笑みを深める。いや、母親と言うのは適切ではないかもしれない。笑みには母親らしい温かみが何一つなかった。


「ところで、これからどうされるんですか?」

「騒がしい子どもたちはもういないので、自分の人生を全うしたいと思います。貴方のおかげだわ。本当にありがとうございました」



 村八分という言葉を僕はふと思い出した。一昔前の農村ではよくあった話で、今でも根絶されたとは言い切れない程度の名残があったり、地域によっては未だ根強く存在する場合があるのが現実だ。現にあのタチバナの家族も昔住んでいた山間の村でそのような憂き目に会って、こちらに越してきたという話だった。


 村八分。

 人間は皆平等でなければならない、逸脱した者には制裁を。

 気に入らない人間は消えれば良い。

 なんて人間的で非人道的なシステムだろう。


 今回の件にしても似たような話だ。この女は自分の人生に邪魔なものを捨てた。まるで部屋を整理整頓してこれはいらないこれはいるなんて仕分けするかの如く。


 ゴミ箱に捨てられた袋をチラと見れば血が僅かに付着していた。






 依頼主は最後まで笑顔だった。



 ※


 何を捨てたかは、また別の話だけれど。



 fin.

白水Uブックス『初版グリム童話集1』から一部引用しました。

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