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僕は今日も、鍵で扉を開ける。  作者: ささかま。
第1章 僕は鍵を持っていて、使えば扉を開けられる。
32/99

30、妹と兄

お題:朝の潮風 必須要素:ノリツッコミ 制限時間:1時間(http://sokkyo-shosetsu.com/novel.php?id=193511)を加筆修正したものです。

 すべては君のために。


 ※


 幼い頃、親父とババアが離婚して俺たち兄妹も離れ離れになってしまった。離婚の理由はババアの不倫だった。

 俺は親父に引き取られて、三歳下の妹はババアに引き取られた。幼い妹はきっとババアの腹黒さを理解していなかったのだろうと思う。


「ママが一人になったら寂しいから。お兄ちゃんはパパが寂しくないように一緒にいてあげて」


 妹は言っていた。妹とババアは一緒に隣町に越していった。



 ※


 小学校六年生になった頃、俺は近くの大きな公園で友達と自転車を乗り回していた。相変わらず、俺は親父と二人で暮らしていてそれに対してうだうだ小言をいう奴もいたが、そういう奴は少数派で俺にはそれなりにたくさん友達がいた。たくさんの仲間がいた。

 とにかくいつもの悪友たちと走り回っていた時に、俺は地面にしゃがみ込んで泣いている女の子を見たのだ。長い髪が顔にかかっているため顔は見えない。ただ泣いているだけなら素通りしたのだが、何やら様子がおかしい。女の子の側には大柄の男がいてイライラと叫び散らしている。


「とっとと起きろ。面倒な奴だな」


 男は女の子を張り倒した。


「あれ、やべえんじゃね?」


 友達の一人が自転車を横付けしながら、俺に言った。


「使えねえガキだな」


 女の子はひどく痛がり、呻いている。そこに男の蹴りが入った。転がった女の子の顔から髪の毛が落ちる。


「え」


 思わず声をあげていた。顔から血の気が引いていくのが分かった。俺は後ずさった。自転車が倒れ、フレームがひしゃげる。


「あ、あ」


 友達が心配そうに何事か言っていたが、俺は気に留められなかった。女の子はしばらく虚ろな目を辺りに向けていた。俺に気付くと目を見開く。唇が“お兄ちゃん”と動いた。そう動く前には俺はとっくにそれが妹だと気付いていたのだけれど。


「あ?なんだガキども?散れや」


 俺たちに気付いた男がこちらに向かって凄む。鬼のような形相とはまさにこのことだ。そして男の足は相変わらず女の子を、妹を踏みつけている。友達の何人かが男に怯えて逃げ出した。腰抜けめ、と心の中で毒つきながら男を睨みつける。


「ふざけんな!!てめえ!!」


 考える前に俺は言っていた。


「おい、何言ってんだよ!逃げようって!ヤバいよ!」

「何してんだよ!何してんだ!!!」


 残った友達は俺の腕をつかんで蒼白になっている。俺も同じような顔をしていただろうが、口に出した以上引くつもりはもうなかった。


「お前らには関係ないだろ。コイツは俺の娘だ。ガキには分からんだろうがな、こりゃ教育って奴だ」


 よく見れば妹は腕から足から擦り傷がたくさんある。白い顔にも紫の痣が無数にあった。


「てめええええ!!!!」


 俺にはこの男の言っていることは分からなかった。理解できなかった。ただ妹が痛めつけられている状況が我慢ならなかったのだ。

 俺は友達の制止を振り切って、男に特攻した。



 特攻して、どうするつもりだったのかと言えば、どうするつもりもなかった。状況を打破するのに無我夢中なだけだった。

 結果としては俺は男に一発殴られて昏倒し、友達に自宅まで送ってもらった。男は俺を殴った後に妹を連れて足早に逃げてってしまったらしい。

 そして親父には“友達と遊具の取り合いで取っ組み合い喧嘩になった。段々エスカレートしてしまった”と適当な言い訳をしたのだ。親父はひどく機嫌が悪く言った。


「危ないことはするな。喧嘩は良いが、暴力は良くない」


 変な理屈だ。しかし、俺は素直に“ごめんなさい”と謝った。



 ※



 以前隣町に買い物に行ったとき、親父に妹が現在住んでいる一軒家の場所を教わっていた。随分大きな家で驚いた。ついでに親父は妹の部屋はあそこらしいと、一杯ある窓のうちの一つを指さしたのだ。俺は知らなかったが、ババアやあの男と話をするのに一軒家を何度か訪問したことがあるそうだ。

 妹を目撃した次の日の放課後、俺はその一軒家に侵入した。侵入自体はあまり難しくはなかった。門はジャングルジムの要領で上れたし、壁には雨どいが這っていたからそこから這い上がった。物音に気付いたのかたまたま部屋にいた妹が窓を開けてくれた。今思えば、あの男やババアが気付かなくて良かった。


「お兄ちゃん!どうやってここに?」

「俺はお前のスーパーマンだからさ!!ってなんでやねーん!」


 変なノリツッコミを繰り出すと、妹はクスリと笑ってくれた。昨日見た虚ろな目とは大違いだ。俺もなんだか嬉しくなった。部屋は薄暗く簡素な家具がいくつか置いてある。


「お兄ちゃん、相変わらず面白いね」

「だろ。さあ、ここから逃げよう」


 最初からそのつもりで来たのだ。薄暗い部屋でも妹の腕や足の傷の具合、顔の痣はよく分かった。俺の言葉に妹は怯えた表情を浮かべる。目がキョロキョロと辺りを見回した。


「で、でも、私お義父さんが許したときじゃないと外に出ちゃいけないの……」

「そんなの知らねえよ!」


 俺は妹の腕を引く。妹は傷が痛むのか顔をしかめた。


「あんなの父親じゃねえよ!」


 妹の細い腕が折れそうになるくらい、握りしめていたと思う。とにかく必死だった。


「俺たちの親父は一人だ。昔みたいにさ、一緒に遊びに行こうぜ。お前海好きだろ?朝の海風が気持ちいいって、しょっぱい香りがするね、っていつも言ってたろ?また俺と一緒に」

「お母さんは?」


 妹の一言に俺は絶句した。


「“ママが一人になったら寂しいから。お兄ちゃんはパパが寂しくないように一緒にいてあげて”って私言ったよ?ママが寂しくなるのは嫌」

「……あんなババア知るか」

「お兄ちゃんと私のママだよ」


 妹は俯いた。そして小さいが、はっきりとした声が耳に届いた。


「お兄ちゃんの気持ちは嬉しい。けど私はここに残る」



 ※


「でもやっぱり俺はあいつの為に何かしてやりたかった。だから時々俺がこうして妹のところに来て息抜きさせてやってたんだ。身代わりって奴だな」

「息抜き……妹さんは今どこに?」


 鍵屋が窓枠にもたれながら尋ねる。俺は俺で、パソコンの画面を睨んで、文字を書き起こしながら答える。


「今日は友達とゲーセンだ。んで、妹がいない間は俺が妹のフリってわけ」

「なるほど。その小説は?」

「あいつ、本読むの好きでさ。少しでもあいつのためになれるようにって思って」


 耳にはヘッドホンからのクラシックと鍵屋のふーんという何か考えているような微かな唸り声が聞こえた。今は海に関する小説を書いている。出版社に原稿を出しに行くわけでもなく、新人賞に応募するわけでもない。ただただ、あいつの為に書くあいつのための物語。大海原に出ていく女の子の話。

 結局、鍵屋は大したことは言わずに部屋から出ようとした。


「待てよ、おっさん。あいつを、えーっと……開けにだっけ?来たんじゃないのか?」

「ここに依頼主の娘さんはいない。それに、君の話が本当なら、依頼主の目的はもう達成されてるから僕にできることは何も」

「じゃあ、この話、ババアにばらす?」


 鍵屋は答える。


 ※



 すべては君のための物語。



 fin.

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