表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕は今日も、鍵で扉を開ける。  作者: ささかま。
第1章 僕は鍵を持っていて、使えば扉を開けられる。
30/99

28、靴紐と照れ隠し

お題:春の社会 必須要素:美容整形 制限時間:1時間(http://sokkyo-shosetsu.com/novel.php?id=191140)を加筆修正したものです。

 素敵な人だと思った。何の飾り気もないまっすぐさが、私には新鮮だった。



 ※


 私の周りでは常に金の話ばかりが飛び交っていた。お金は大事なものだろうと、私は子供ながらに分かっていた。

 周りの人間はとても私に親切だ。親切にしておけば重役である父上にも恩が売れる。でも、その親切な大人たちを私はどうしても好きにはなれなかった。彼らは確かに優しかったけれど、彼らの目的が子どもの私にも透けて見えてしまっていたからだ。私を喜ばそうと必死な人たちは、逆に余計な諍いを起こせば父上のご機嫌を損ねてしまうということを重々分かっていて計算された計画の下の優しさを私に与えてくる。



 そんな息苦しさを感じる中で、何か新しいことに挑戦しようと、私はランニングを始めた。ちょうど秋になる頃である。

 父上に相談すれば、きっと口うるさく色々言われるだろうから内緒にして外に出る。大きな公園が近くにあるので、走るとしたらそこが良いだろう。私は白いジャージに空色のスニーカーを履いて駆けだした。




「あ、あぶねえぞ、アンタ」


 走っていていきなり声をかけられたので、私は足を止めた。私と同じようにジャージ姿のその男の人は少し息を切らしていた。彼の金髪と耳に付いているピアスが太陽の光を反射して綺麗に輝いている。正直、見た目は少し怖くて、だからこそ私は怖くて固まってしまった。


「靴紐、結び直せよ」

「く、靴紐?」


 よく見たら、右足のスニーカーの靴紐がほどけていた。全く気付かなかった。


「気付きませんでした。ご丁寧にありがとうございます」

「お、おう」


 男の人は何故か顔を赤らめて違う方向を向いている。向いている方を見てみると、公園の池の周りにコスモスが咲いていた。人は見かけに寄らぬものという諺があるけれど、この人も見かけに寄らず花のような可愛いものが好きなのかしら。


「えっと……綺麗ですね、コスモス」

「は?何言ってんだ!!?」


 男の人は何故かキョトンとしている。私は何かおかしなことを言っただろうか。時々、自分が世間知らずであると感じることがあるので、もしかしたら今度も常識はずれで失礼なことを言ってしまったのかもしれない。


「ごめんなさい。私ったら失礼なことを申し上げてしまったでしょうか?」

「は?」


 どうにも話がかみ合わない。私がおろおろとしていると、男の人は私の足元を指さした。


「っつーか、あれだ。アンタ、ランニング初心者だな」

「何で分かるんですか?」

「朝ここ走っている連中は、みんな互いに顔見知りだからな。新顔がいればすぐ分かるんだよ。それに、その靴紐、通し方からどうにかした方が良いぞ」


 ちょっと来いと言われ、私は公園のベンチに座らされた。そしてスニーカーを脱がされる。男の人は何だかムスッとしている。やはり怒らせてしまったのだろうか。


「あの、すいません。私何か失礼なことでも……」

「あ?さっきからなんだよ、失礼って?」


 やはり怒っているのではないだろうか。さっきから目線をまともに合わせてもらえない。

 スニーカーを持った男は紐の部分を凝視すると、そのままスルスルと解いてしまう。


「え、いきなり何を」

「靴紐の通し方って色々あるんだ。この靴はアンダーラップだったけど、俺のはこれ、オーバーラップ」


 男の人が指し示したスニーカーはところどころ擦り切れていて、使い込まれているのが分かる。よく見てみると、私の靴紐とは通し方が異なっている。上から紐を通すか、下から紐を通すかの違いのようだ。


「アンダーだと、靴が足にフィットするけどちょっと緩みやすいんだ。走るなら俺はオーバー勧める」

「そうなんですか。知らなかったです」


 手慣れた手つきで彼は私のスニーカーの靴紐を両方とも彼の靴紐と同じように、オーバーラップにしてしまった。


「ありがとうございます。なんかさっきより走りやすいかも」


 ベンチから立ち上がってその場で足踏みをしてみる。さっきよりも地面が蹴りやすい気がする。気のせいか靴も軽いかもしれない。


「そうか、良かったな!!じゃ、じゃあな!!」


 男の人はなんだか走った様子で走り去ってしまった。


「急いでいたのかしら?」


 これが私と彼の出会いだ。



 ※


 その後、何度か男の人と話をした。彼は来年の春から社会人になろうとしていて現在は“ニート”だそうだ。今年内定がもらえないと、もしかしたら来年もニートをするかもしれないらしい。



「ニートってすごいですね」

「別にすごくないだろ?」

「内定をもらえるまであきらめないで頑張るんですよね?すごいですよ、ニートは」 

「いや……全てのニートがそういうわけじゃないし……なんか違くね……?」


 ニートという言葉を私は知らなかったけれど、響きがかっこいいし何だかすごそうだ。

 彼がニートであることが私は嬉しかった。


「俺、頭悪いしブスだからな……。美容整形でもしてイケメンになってから面接出直した方が良いかもな、あははは」

「そんなことないです!!貴方はイケメンです!初めてお会いしたとき、靴紐を結んでくれたじゃないですか!」


 男の人は私を唖然として見てたが、何を思ったのかいつかみたいに怒った顔で全然違う方向を見てしまった。


「頑張ってくださいね!」

「お、おう」


 ニートとして未来に向かって頑張っている彼を応援できたら嬉しい。



 ※


 彼が私に自分のことを話してくれたように、私も自分のことを彼に話した。私がここら辺で有名な企業の会長の娘だということを知って、彼は初めは驚いたようだったけれど、それでも態度は変わらなかった。彼は時々怒ったような顔をしつつ、それでもとても親切だったのだ。


 むしろ変わってしまったのはこちらの都合である。私がこっそりランニングをしているのが、父上にばれたのだ。父上は私がランニングをするのは許してくれたが、誰かと話したり挨拶したりすることを禁じた。公園にも会社の人間を何人か向かわせているようで、それまでランニング中に会釈してくれたりしていた人たちはみんな私が走っている時間帯には見かけなくなってしまった。もちろん彼も。

 代わりに見かけるようにあったのは黒いスーツを着たSPたちで。


 私は、朝のランニングを止めてしまった。もしかしたらこれが父上の思惑だったのかもしれない。


 しかしこのままで終わらせる気はなかった。彼に会いたかった。私は、彼に会いたかった。



 黒い服の“鍵屋”と呼ばれる男が来たのは、ちょうどこの頃だ。



 ※


【……だそうですよ、御嬢さん】


 イヤホンを通して、彼の怒鳴り声が聞こえて私はとても胸が苦しくなった。ドキドキして、とても泣きたくなって。いつも通り彼は怒ったような声で、親切な言葉をくれた。


「鍵屋さん、ありがとうございます」


 私は自室のベッドに座って頭を下げた。きっと鍵屋さんには見えないけれど、それでも良かった。


「鍵屋さん」

【何でしょう?】

「私は、私たちはこれからどうしたら良いでしょうか?」

【……とおっしゃいますと?】

「父上はきっと私たちの交際を許さないでしょう。だから」


 そう。きっと許してもらえない。


 【知りません】


 鍵屋さんは端的にそう言った。しかしとりあえず、と彼は続ける。


【彼と話してみては?】

「……そうですね」


 そうだ。彼と話してみよう。彼となら、どんなことでもきっと乗り越えられる。


 私は、ジャージ姿の私は、スニーカーを履いて走り出した。



 ※


 一緒に走ろう。未来へと。



 fin.


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ