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僕は今日も、鍵で扉を開ける。  作者: ささかま。
第1章 僕は鍵を持っていて、使えば扉を開けられる。
3/99

1、鍵と扉

お題:斬新な経歴 必須要素:ドア 制限時間:1時間(http://sokkyo-shosetsu.com/novel.php?id=186560)を加筆修正しました。

 僕の経歴について少し話そう。

 僕は「鍵屋」という職業の人間である。鍵であらゆる扉を開ける仕事だ。



 鍵には必ずそれに付随して扉がある、というのが僕の持論だが、生憎周りの人間に理解されたことはない。大半の人間は扉に付随して鍵があるのだと思い込んでいる。扉があるから鍵があるのだ、と。恐らくそれが多くの人間の理想なのだろうと、一応理解はしている。



 ※


「鍵を開けてほしい」


 事務所に電話がかかってきたとき、僕は事務所で煙草を吸いながら暇を持て余していた。事務所と言ってもただの閑散とした部屋である。事務机があってその上にパソコンがあって、脇に小さな冷蔵庫とテレビがある。部屋の中央には申し訳程度にソファも置いてあるが、ここ数年誰も座っていない。


「何の鍵でしょうか」

「私の」


 声を聞いて、少女だろうとあたりをつける。僕は思わず天を仰いだ。気の滅入る仕事になりそうだ。

 普段は依頼主以外の鍵を開ける機会が多いのだが、そういう意味では今回は特殊事例だ。


「出来るんでしょうね?」

「もちろんです。どんな鍵でも開けるのが鍵屋ですから。ただお代は相応にいただきますよ?」


 少女は無理矢理大人っぽさを出そうとして失敗している節があった。ただの高飛車な……そう、言うならば駄々を捏ねるだけしかできない子供のようにさえ思えた。


「お代はいくらかしら?そう多くは出せないのだけれど」


 少女の心配そうな声を聞きながら、煙草の煙をゆっくりと吐く。そして次に、僕はいつも依頼主に言う言葉を吐いた。


「では、出せる分だけ出していただければ」


 少女は僕の言葉をどう受け取ったのだろう。しばしの沈黙の後、少女は口を開く。


「そう。ならお願いするわ」


 ※


 少女に待ち合わせ場所と時間を指定され、僕は必要な鍵を持ってそこへ向かった。時間に関しては「今すぐにでも」という指定だったので、それに従う。


 指定された場所は閑静な住宅街にある公園だった。あまり場所が良くないなと僕は思ったが、少女の指定なので仕方がない。依頼主の依頼は絶対だ。

 乗ってきた車を適当に路駐して歩いて公園に向かうと、少女はすでにブランコに腰かけていた。

 少女だという僕の予想はやはり的中しており、彼女は学校の制服らしいセーラー服を纏っていた。


「貴方が鍵屋さん?」

「そうです。依頼で参りました」



 随分と不用心だな、と僕は思った。もし僕が鍵屋ではなく一般人だったならどうするつもりだったのだろう。

 幸い、僕はまさに鍵屋なのでその心配はないのだけれど。


「……理由は訊かないのね?」

「訊いても良いのでしょうか?」

「……訊かなくて良いわ」


 少女はブランコから立ち上がる。錆びかけている鎖がキキキと鳴いた。


「では早速お願い」


 少女は憂いなく言った。笑顔で言った。








 なので


 僕は


 彼女を


 鍵で


 躊躇なく


 開けた。 






 少女はいなくなった。



 ※


 僕は「鍵屋」という職業の人間である。鍵で扉を開ける仕事だ。



「選択」には必ずそれに付随して「結果」がある、というのが僕の持論だが、生憎周りの人間に理解されたことはない。大半の人間は「結果」に付随して「選択」があるのだと思い込んでいる。「結果」があるから「選択」があるのだ、と。恐らくそれが多くの人間の理想なのだろうと、一応理解はしている。


 ※


 だが、僕からしてみたらそれはあまりにナンセンスで悲しい。

 ああ、何故お前たちは理解しない。


 それまでの苦しみを投げ打って

 それまでの喜びを唾棄して

 それまでの怒りを忘れて

 何故のうのうと生きていけるのだろう。


 僕はひたすらに鍵を愛し、扉を開ける。

 僕はひたすらに「選択」を愛し、「結果」を見据える。


 僕の職業とはそういうことなのだ。


 ※


 横たわった“少女だったもの”の隣に彼女が持っていた封筒が落ちていた。中にはまあまあの金額が入っていたが、依頼の後始末やら彼女を開けた鍵の廃棄やらで消えてしまうだろう。

 予想通り、やはり少し気が滅入った。



 ※


 僕は今日も、鍵で扉を開ける。




 fin.




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