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僕は今日も、鍵で扉を開ける。  作者: ささかま。
第1章 僕は鍵を持っていて、使えば扉を開けられる。
27/99

25、真実と灯火

お題:灰色の真実 必須要素:哲学的な思想 制限時間:1時間(http://sokkyo-shosetsu.com/novel.php?id=189815)を加筆修正したものです。

 真実を明かそう。明らかにしよう。



 ※


 それは、ウサギだった。僕の事務所にウサギがやって来て言った。


「相変わらずだな、お前さん」


 死んだはずのウサギが、事務机に腰かけたままの僕に尋ねる。


「お前さんは、自分を信頼しているか」


 僕の事務所は常に鍵がかけられていて、僕の許可がない者は入室できないはずだ。はずだった。さっきまでは。


「していないよ。そもそも信頼すべき“自分”とやらが僕にはない」

「そりゃ、嘘だね」


 ウサギが勝ち誇ったように机の向こう側からこちらに身を乗り出す。笑みを深めている。


「お前さんに自分がないのは嘘さ」

「“自分を信頼しはじめたその瞬間に、どう生きたらいいのかがわかる”……僕には自分の生き方なんて分からない。だから、信頼していない」

「それ、誰の言葉だっけ」

「ゲーテ。君の国の哲学者」

「ああ、ゲーテね。知ってた知ってた」


 そんなことより、とウサギは更に僕に顔を近づけた。きっかけになる質問は彼からしてきたのに理不尽な話である。


「今日は面白い話がある」


 ウサギは言う。


「お前さんに真実を明かそう」



 ※



 ドイツにいた頃、僕は魔女に出会った。黒い森で夜を統べる、災厄の魔女と呼ばれる存在だ。僕はその魔女にすっかり魅入ってしまった。どんな世の中の女性よりも彼女が最も美しかった。

 魔女は縁の広い黒い帽子に黒いドレスを身に纏っていた。夜の森に差し込む月の光で、彼女のブロンドの髪はまさに神々しく照らされていた。その髪の隙間から見える碧色の相貌が冷たく僕を射抜いた。


「貴様、魔法使いだな」


 氷のような声だった。僕は思わず身震いしつつ、頷く。彼女の赤い唇が紡ぐ言葉に僕は陶酔していた。


「私はこの森を統べる魔女、貴様に魔法の手ほどきをしてやろう。私に従え、魔法使い」


 言葉にならなかった。僕はあまりの恐ろしさと畏れに身を竦ませていた。しかし、それと同時に僕は高揚していたのだ。この魔女に従うということに。


 ※


「俺はさ、実はお前さんのお師匠さんのおつかいで来てたってわけよ。前回あったときは、ちょっと興奮しちゃって話それちゃったけどさ。そろそろ逸らしていた本題にさっくり入ろうぜってことで」


 ウサギは僕の部屋をうろつきながら話を続ける。あの女のおつかいで来ていたということは察していたが、予想通りだったらしい。ウサギは僕の方にぐいっと身を乗り出す。


「本題ってのはさ、お師匠さんの持ち物を返してほしいってことなんだけど」

「……何のことだか分からないが」


 嘘だった。何のことかは分かり切っている。

 案の定僕の答えに納得がいってないらしいウサギは僕からぴょんと飛び退き、冷蔵庫の上に置いているカップラーメンのストックをいじり始めた。


「なーに言ってんだ、鍵屋殿。お前さん、確かに持ち出したろ?」

「何を?」

「お前さんのお師匠さんが最も大切にしているものだ。率直に言って」


 ウサギはカップラーメンを持ったままこちらを振り向く。


「あの方は、大変お怒りだ」


 正直に言うと、お怒りになるのが遅すぎると感じた。気付くのが遅すぎる。確かに持ち出したのを気付かれないようにある程度細工をしてからあの森を脱出したとは言え、あの夜を統べる災厄の魔女果たしてここまで気付かないものだろか。


「その怒りの矛先を僕に向けているっていうのか。濡れ衣も良いところだ」

「あの方が間違えるわけないだろーが。寝ぼけてるのかい?」


 ウサギがケタケタと笑った。

 僕は立ち上がって、煙草に火を付けた。スッと煙が上がる。


「何を探している?場合によっては物探しを手伝っても良いが」

「しらばっくれたってお前さんの為にはならないと思うぜ。良いから持ち出したものを返せ。それですべてが、はっきりする」


 カップラーメンが彼の手によって床に積み重なっていく。しかし、もう少しでウサギの胸の高さというところになってそれは崩れてしまった。僕はそれを黙って見ていた。


「OK、お前さんがそういうつもりならお互い早く終わる方法で行こう」


 ウサギはそう言うと背中に両手を回してごそごそやりだした。ジッパーが下がる音が聞こえる。

 僕はそのまま煙草を吸い続けた。

 ジッパーが再び上がった時、ウサギの手には拳銃が握られていた。それはまっすぐこちらに向けられていた。


「もう一度言うぜ、鍵屋殿。あの方の持ち物を返せ」


 僕は答えなかった。ウサギのプラスチックの目を見るでもなく見て、また煙を吐く。でも確かに、これは最善の方法なのかもしれない。いずれにせよ、手っ取り早く終わる方が良い。


「鍵屋殿、頼むぜ。互いのためにならん。時間の無駄だ」

「互いって誰だ?」


 僕とあの女か、それとも……。 


「そりゃ、お前さんと俺……」

「違う」


 あまりにも的外れすぎる答えにおかしくて笑ってしまった。

 そして、僕は煙草を軽く宙に放る。



 それは一瞬だった。放った煙草は綺麗な放物線を描いた。そしてその頂点で大きく燃え上がり、そのまま銃を持ったウサギの手に着火した。


「ぎゃああ!!熱い!!何しやがる、てめえ!!」


 銃が落ちた。火はあっという間にウサギの着ぐるみを覆った。端から黒く焦げて朽ちていく。僕はそれを見ながら、もう一本新しい煙草に火を付けた。先程と同じように煙は暗い天井に上がっていく。


「僕は君がマクガフィンだとは到底思えない……そう言ったろ、マクガフィン」


 燃えながら床を転がり始めたピンクのウサギを僕は見つめた。

 “きっとお前さんは、俺が別の誰かにすり替わっても気付かんさ”という彼の言葉は全くの的外れだったわけだ。結局、僕は気付いたし、気付かないわけがなかった。

 僕は床の銃を拾い、そのままウサギに突き付ける。


「マクガフィンは、どこだ?上手く似せたな」

「返せえええ!!あの方の所有物だぞ!!!!あああああああついいいいいい!!!」


 ウサギはもう言葉も分からないようだった。哀れみは感じなかった。ただ僕は一つの激情を感じていた。それは阿修羅部屋で以前感じたものに似ていた。あれほど純粋ではなかったが、それに類するものだった。


「……ごめんな、何度も殺すことになってしまって」


 僕は素直に詫びた。

 そして、躊躇なく撃つ。撃つたびに、綿が辺りに散った。そうしている間にも火は周り、繊維が燃える嫌な臭いが辺りに立ち込めた。


  「それと最後に、僕は確かに生き方は分からないが、本気で生きてはいるつもりだ」


 ウサギからの返答はなかった。灰になった彼は、灰になる前から空だったのだから。



 ※


 真実を照らしだすつもりで灯した火はすべてを燃やしてしまった。


fin.




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