表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕は今日も、鍵で扉を開ける。  作者: ささかま。
第1章 僕は鍵を持っていて、使えば扉を開けられる。
23/99

21、涙と夢

お題:意外!それは夢 制限時間:1時間(http://sokkyo-shosetsu.com/novel.php?id=189615)を加筆修正したものです。

 

 涙は、なかった。



 ※



「何を見ているんですか?」


 その子は僕に尋ねる。


「何も」


 その子に僕は答える。

 実際、何も見てはいなかった。縁側に座って何かを明確に見るでもなく、ただ夜の雰囲気を眺めていたのだと思う。雰囲気を眺めるなんていう言い回しはおかしくはあるのだが、なんとなくしっくりは来る。


「ちょっと訊きたいことがあるんです。隣に座っても構いませんか?」

「どうぞ。僕に答えられることなら」


 僕が隣を勧める前に彼女はもう座っていた。少し茶色がかっている髪が、夜風になびいている。


「貴方はどこから来たんですか?」

「ここ一年と少しはドイツにいました」


「服黒いですよね。黒、好きなんですか」

「好き、かもしれないな。言われてみれば」


「えーっと、その……魔法使いですか?」

「ええ、まあ、そうですね」


 僕が答えると彼女はちょっと考えるように顎に人差し指を添えた。要するに、それまでの他愛ない質問はただの前振りで、彼女の訊きたかった事とはそこなのだろう。


「君もそうなんでしょう?」

「いや、私は……違う、と思います」


 不思議なことに、自信はなさそうだった。彼女の祖母は僕を魔法使いだと見抜いているし、僕も同様だ。だからきっと彼女もそういったものを受け継いでいると思ったのだが、彼女の複雑な表情から察するに何かきっと事情でもあるのだろう。


 だとしたら、一つひっかかることがある。


「僕からも一つ、君に訊きたい。何で今日、君は僕を見つけることができたんです?」

「へ?」


 逃げて来た僕を、命からがらあの女から逃げて来た僕を、見つけることは容易いことではなかったはずだ。何故なら僕は名前を失って、力を失っていたのだから。そして力を失っていたからこそ、誰にも見つからないように気配を極力まで抑えていた。それこそ視認できない程度に存在は希薄だったはずなのだ。だから、“ただの女の子”が僕を見つけられたはずがない。




 彼女はしばらく考えているようだった。そして結局こう言った。


「不自然だったから、かな?」


 不自然だったから。


「……は?」

「いや、あの、不自然だったんです!空気感が、なんというか違ったんです!」


 彼女は何とか説明しようとしてくれているようだが、こっちは皆目理解ができない。彼女はさらに説明を付けたす。


「空気感じゃないのかな……空気の動きを感じたんだけど、貴方だけ動かないというか。ごめんなさい。分からないですよね」

「……どうして?」

「だって、分からなそうな顔してるじゃないですか、貴方」


 拗ねたようにプクリと膨らんだ頬がおかしくて、僕は拳で口を押えつつ咽喉で笑った。


「あー笑った!!」

「すいません。でも、君が一生懸命説明してくれたおかげで何となく分かりました」

「え?何がですか?空気が?」


 身を乗り出してくる彼女を抑えると僕は、あくまで僕の所見ですが、と前置きした。


「君は空気を感じていた。確かに、この世にある空気は常に動いています。“時流”なんていう言葉も貴女の言う空気感を表した言葉の一つと言っても良いでしょう。その空気というのは誰もが感じる大きなものから、誰も感じることが出来ない微々たるものまで様々だ。きっと君はそれらの空気を感じる力があって、僕に違和感を感じた。何故ならきっと僕には……」

「貴方には?」


 彼女は興味津々で僕を見つめる。その視線が、正直つらい。


「……僕には、空気がなかったから」


 思わず出たのは、自嘲だった。僕は嗤っていた。

 空気がない、空っぽな名無しの魔法使い。それが今の自分の姿で。

 代償として、失くしたものは多い。そのうちの一つが自分の名前であり、自分の力であり、自分そのもので。

 今や僕は僕自身を失くしてしまったというわけだ。





「泣かないでください」


 彼女は言った。

 知らないうちに涙でも流していたのだろうかと手で目元を軽く擦ってみたが、水滴は全く付かなかった。


「僕は、泣いていませんよ?」

「あれ、本当ですね。私ったら何で……」


 彼女も不思議そうだった。





 ※





「先輩、どうして泣いていたんですか?」


 朝、目を覚ました時、目の前にはタチバナがいた。確か僕に用事があるから近々訪問すると言っていたが、まさか気付かない間に侵入しているとは思わなかった。

 タチバナの言葉の通り、僕の目元からは涙が流れていて枕が少し濡れていた。


「さあ、どうしてかな」

「もう、誤魔化すのは禁止!怖い夢でも見ていたんですか?」

「じゃあ、それで」

「もう!!」


 結局“寝起きの涙だろう”とタチバナには適当にそう言った。

 わざわざ“懐かしい夢を見た”などと言う必要もないだろうから。




 ※



 涙は、なかった。

 僕には、何もなかったから。



 fin.

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ