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僕は今日も、鍵で扉を開ける。  作者: ささかま。
第1章 僕は鍵を持っていて、使えば扉を開けられる。
19/99

17、哀しみと雪

お題:限りなく透明に近い息子 制限時間:1時間(http://sokkyo-shosetsu.com/novel.php?id=188920)を加筆修正したものです。

 どこにもいない。



 ※



「鍵がね、開かないの。開けて」

「何の鍵ですか?」

「ぼくの家」


 依頼はまさに文字通り、鍵を開けることだった。僕は確かに鍵屋ではあるが、ここまで純粋な鍵を開ける仕事というのは、久しぶりかもしれない。


「中に入りたいんだ。今日はパパがお休みだから、中にいるはずなんだけど、鍵を開けてくれなくて」

「お父さんが中にいるのなら、呼び鈴を鳴らしてみたり呼びかけてみたりすればいいのではないですか?」

「それ、やっても出てこなかった」


 男の子の声色は今にも泣きそうで儚げだ。心細く、寂しいことだろう。

 何とか家の場所などを聞き出して僕は電話を切った。


 窓の外には雪が降っており、白さが沁みるようだった。室内ではあるが暖房を入れてないので、吐く息も白い。



 ※


 そこは古い3階立てアパートで、築30年と言ったところだと思う。外壁には蔦が這っている。ところどころ塗装も剥げていた。外側から見た限りではいくつかの部屋には人が住んでいるようだ。

 依頼主の男の子はアパートの階段で弱々しく、座り込んでいた。半袖のシャツに短パンという、いつだったか猫を助けていた少年と服装は似通っていたが、彼と今回の依頼主には決定的な差があるように感じた。今回の依頼主には覇気もとい生気が感じられないのである。


「大丈夫かい?」


 僕は男の子の肩に手を置いた。手袋ごしにも彼の体が冷え切っていることが伝わってくる。肩もやせ細っている。男の子はそれでもコクリと頷いた。


「部屋は?」

「203号室」


 男の子の声を聞いて思わず顔をしかめた。それを見られないように僕は視線を上に向ける。男の子が言った部屋はちょうど階段を上がってすぐのところだった。階段はトタンで出来ており、ところどころ歪んでいる。段を踏みしめるたびにギシギシと軋む音がした。

 203号室には表札があったが掠れて読めない。扉の脇には古い三輪車とバットが埃を被って置いている。部屋の中からは物音がする。テレビでも見ているのか、時々男の笑い声が聞こえた。扉の取っ手に手をかけてみると、確かに鍵がかかっていた。

 男の子を見やると、俯いて震えている。やはり寒いのだろうか。


 また笑い声がした。


「これはお父さんの声ですよね」

「うん、パパの声」


 念のため確認すると、男の子は小さな声でそう言った。

 やはり間違いなかった。実は、間違いであってほしいと願っていたのだが、現実はそう上手くはいかない。

 僕はゆっくりと右肩を回してから、コートのポケットから鍵束を取り出した。大小様々な種類の鍵が銀の輪に付いている。ガラスの凝った装飾の鍵、銅で出来た大きな鍵、錆びかけた鉄の鍵、木彫りの鍵、金色の小さな鍵……。


「それ、僕の家の鍵もあるの?」

「ありますよ、ほら」


 僕は鍵束の中から、一つ鍵を出してみせた。男の子が“うわあ”と声をあげて目を輝かせる。


「その鍵で、開けてくれるの?」

「開かないようなら、使いますが、その前に」


 その前に、僕は扉をノックした。

 すぐに“はいはい”と返事がある。鍵を開ける音がして、中から中年の男が出てきた。扉を開けたことによって部屋の中が見えた。テレビではお笑い番組が流れている。部屋はお世辞にも綺麗とは言えない。衣類や食べかけのパンやらが散乱している。呑んでいたのか、酒臭い。


「パパ!」


 男の子は嬉しそうに叫んだ。しかし、男は、依頼主の父親は、僕から一切目を逸らそうとしない。


「何の御用で?」


 訝しそうに男は言う。


「僕は、新しくここに越してきた者です。この度ご挨拶に伺いました」

「そりゃあ、まあ、ご丁寧にどうも」


 男は笑いながら頭を下げる。


「息子さんが、いらっしゃるんですか?」


 僕は傍らの三輪車とバットにチラリと目を向けた。そして、男は僕が予想した通りの返答を返した。


「いいえ、私にはもう息子はいないんです」



 ※


 鍵束は用無しになったので、コートのポケットにしまう。

 結局、依頼主の男の子は先ほどと同じ階段に腰かけて大泣きをしていた。男の子は顔面蒼白になって俯いている。手には僕が貸した手袋がはめられている。僕もその隣に腰かけ煙草を一本取り出して火を付けた。


「鍵屋さん、ぼく……ぼく……」


 雪が段々強くなってきた。こんなに降るのは久しぶりだ。肺に流し込んだ煙を再び、空気中に吐き出す。


「ぼくは、死んだんですか?」

「そうです」

「どうして?」

「分かりません」


 端的に答える。誤魔化すことも、付け加えることもしない。


「ぼくは、どうすれば……」

「……」


 男の子は泣きじゃくりながら、膝の上で拳を握りしめた。

 僕は答えなかった。答えは持っていなかったから。



 答えを持っている人物の言葉を僕は待つだけだった。



 ※


「いいえ、私にはもう息子はいないんです」


 男は泣きそうな顔で言った。


「……いた、ということですか?」


 僕は依頼主が走り去っていくのを止めずに、男に訊ねた。階段のトタン板がカンカンと鳴る。しかし、男は無頓着だった。


「いました。外で走り回るのが、大好きでやんちゃな奴が。3年前まで」


 男は泣きそうな顔を笑顔で隠す。


「大切な、息子さんだったんですね」

「ええ、大切な息子です」


 男は言った。


 堪えきれなかった涙が、彼の頬を伝っていた。



 ※


 どこにもいない。

 その悲しさは、いつも隣に。


 fin.

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