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僕は今日も、鍵で扉を開ける。  作者: ささかま。
第1章 僕は鍵を持っていて、使えば扉を開けられる。
13/99

11、啓蒙と毛髪

お題:難しい抜け毛 制限時間:1時間(http://sokkyo-shosetsu.com/novel.php?id=188231)を加筆修正したものです。

 暗闇に光を照らされたら、誰だってそこへ向かっていくものなのだ。




 ※



「……それで、その育毛剤を使えば良いと言われたんですね?」

「そうだよ。値はちょっと張るけど間違いなく効くんだ。アンタも将来的にはお仲間かもしれんから、先生のことを知っておいて損はないぞ」


 依頼主の父親はそう言いながら、黒い小瓶を僕の前で振ってみせた。僕たちの間にはちゃぶ台があって、二つの湯飲みか湯気がユラユラと出ている。


「父さん、ダメよ。その人を困らせちゃ」


 依頼主の女性が台所から顔をひょっこり出した。父親の死角から僕に向かって片手で詫びる。

 結局、ストックがたくさんあるから持って行って、と言われ、黒い小瓶を一つ持たされてしまった。




 ※



「鍵を開けてほしいんです。ちょっと困ってて」

「何の鍵ですか」

「私の父のです」


 今回の依頼は少し変わっていた。


「うちに来ていただきたいんですが、その……お願いしたいことが」

「何でしょう?」


 電話口で女性は逡巡すると、


「い、育毛剤に興味があるっていう口実で来てほしいんですっ!!」


 と叫んだ。僕は耳から受話器を離した。


「落ち着いてください。大丈夫ですか?」

「大丈夫です。ごめんなさい……あ、父に聞こえちゃったみたいです。どうしよう。こっち来る」

「とりあえずお父さんとお話がしてみたいので、代わっていただいても?」


 電話口では少しばかり攻防戦があったようで、小声で色々聞こえた後、男の声が聞こえた。


「アンタ、抜け毛に悩んでいるのかい!?」

「……ええ、まあ」


 開口一番そんなことを言われるとは思っていなかったので少し驚く。正直、悩んでいないが、さっきの依頼人の“お願い”もある。下手に否定するよりは、抜け毛に悩む男を演じる方が上手く事が運びそうだ。対象の声はもう聴けたので大体の状況把握ができたが、依頼内容からして実際に対象に会うところまでこぎつけなければ話にならない。


「そうかそうか。じゃあ、俺が良いことを教えてやろうじゃないか」


 秘薬がある、と男は言う。


「それはそれはご利益のある秘薬でな、先生が調合してくださるありがたーい育毛剤だ」

「それは非常に興味がありますね」

「そうだろう?!アンタ、娘の知り合いかね?良ければうちに来ると良い!秘薬についてちゃんと教えてやる」

「ではお言葉に甘えます」


 今回の依頼は少し変わっていたが、そこまで開けるのに苦労はしなさそうだ。




 ※


 一度念のため、育毛剤を事務所に持ちかえる。部屋の物置に修業時代のフラスコやらビーカーやら器具はあったが、出すまでもなかった。育毛剤の成分を調べるのが目的なのではない。

 僕は、黒い小瓶を耳元で振ってその小さな水音を聞く。



 ピシャン……






 ※


 数日後、再び依頼主の家のある隣町に行こうとして、またもや駅で猫に出会った。



「なあるほどなあ。親父さんはその自称啓蒙思想家の先生とやらに騙されていたってわけだ」

「啓蒙っていうのは洗脳と紙一重だからな。それに気付けない人が多すぎるんだ、僕も含めて」

「自戒ってやつかい?」

「自己啓発さ」


 事の次第はこうだ。

 抜け毛に悩んでいる人間を狙ったカルト宗教団体に、依頼主の父親が勧誘された。娘である依頼主は父親が謎の育毛剤に熱心な様子を訝しみ、“先生”を疑った。


「自己啓発ねえ……」


 猫は鼻で笑う。


「近頃じゃあ自己啓発本を読む人間が多いって聞くぜ?でも、それを読んだ時点で、それは自己啓発としては破綻しているんじゃあないのか?」


 僕は肩を竦めた。電車が到着するアナウンスが流れる。僕は言う。


「啓蒙と啓発の違いって何だろうな?」


 猫は答えなかった。




 ※




「あの男、騙しやがって!!」

「父さん、落ち着いて」


 同じちゃぶ台に同じ湯飲み。先日と違うのはテレビがついていて、カルト教団一斉摘発のニュースをやっていること、依頼主の父親が怒り狂っていることである。


「何が育毛剤だ!!ただの水じゃあないか!!ふざけやがって!アンタもそう思うだろ?」

「ええ、腹立たしい限りです」


 僕はとりあえず相槌を打った。






「あの、鍵屋さん今回のお代です。ありがとうございました」


 依頼主がそう言いながら現金が入っているらしい封筒を差し出してくる。僕は


「結構です。僕は今回開けても啓いてもいないので」


 それを辞退した。



 ※


 暗闇に光を照らされたら、誰だってそこへ向かっていくものなのだ。

 それがたとえ偽物でも。

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