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僕は今日も、鍵で扉を開ける。  作者: ささかま。
第1章 僕は鍵を持っていて、使えば扉を開けられる。
12/99

10、花とピアノ

お題:苦し紛れの何でも屋 制限時間:1時間(http://sokkyo-shosetsu.com/novel.php?id=188209)を加筆修正したものです。

 つまらない世界で、私は奏でよう。





 ※



 お母さんと一緒に電車を待っていた。けれど、駅員さんがウンキューって言う。ウンキューっていうのは電車が止まっていることだとお母さんが教えてくれた。

 今日は私のピアノの発表会で、遅れると困ったことになる。お母さんが先生に電話してくれたみたいだけど、間に合わなかったらどうなっちゃうのか少し心配。


「大丈夫よ。きっと間に合うわ」


 お母さんが言う。でもそういうのってコンキョがないって言うんだよね。


「練習、頑張ったのに」

「そうね。きっと間に合うからちょっと待ってなさい」


 お母さん、さっきから同じことしか言わない。ずっと携帯を見たり線路の向こうを見たり、目が忙しそう。



 つまらないな、と私は思う。せっかく練習したのに弾けないなんて。つまらないことだらけだ。

 練習だってそうだ。そもそもピアノなんてお遊びの時間が減っちゃうから、やりたくなかったのに。でもやらないと、お父さんもお母さんも哀しい顔をする。

 つまらないことをやっている私はつまらない子だな、とも思っちゃうのだ。


 私はホームを見回して、あるところで目線を止めた。


 つまらない私は、面白いものを見つけたのだ。


 ※


 それはホームの端のベンチで座っている奇妙なお兄さんだった。黒いコートを着て黒い手袋をして黒い缶を握っている。全部真っ黒。お父さんが同じ缶を持っていたときに“これはブラックコーヒーだよ”って教えてくれたっけ。

 その隣には黒猫が座ってツンと澄ましている。黒いお兄さんととてもお似合いだ。

 もしかして、


「お母さん、あのお兄さん魔法使いかな!?」


 お母さんのコートを軽く引くと、お母さんはハテナマークいっぱいの顔で私を見て、お兄さんを見た。


「そうね。黒い猫さんもいるし、魔法使いかもしれないわね。お兄さんに訊いてみたら?」


 お母さん、お父さんに車出せるかどうか電話で訊いてみるからちょっと待っててね。


 お母さんはそう言って私の頭を撫でて、行ってしまった。ホームだと駅員さんがずっとよく分からないことを放送しているから、電話の音が聞こえないのだ。たぶん駅員さんは電車が止まってしまった理由を必死に説明しているんだと思う。


 私は、そっと黒いお兄さんの方に近づいた。ちょうど近くにあった自動販売機の陰からそっと窺う。


 お兄さんもなんだかつまらなそうにベンチに腰かけている。駅にいるってことはやっぱりこの人も電車を待っているのかな。


 私はさらに近づいた。ベンチの後ろに回りこむ。ベンチの後ろには食べ終わったポテトチップのの袋やタバコの吸い殻なんかが色々落ちている。


「お兄さん、魔法使い?」


 私は、黒いお兄さんに訊いた。



 ※


 お兄さんは飲んでいたコーヒーを咽喉に詰まらせたのかゲホゲホと咳をした。


「何で僕が魔法使いだと思うんですか?」

「だって黒猫いるよ?」


 お兄さんも黒いし、と言おうとして私は止めた。お母さんがいつも人の見た目をあまりトヤカク言っちゃダメって言うもの。

 私が猫を指さすと、黒猫はにゃーと一つ鳴いた。可愛い猫だ。


 お兄さんは持っていたコーヒーの缶を横に置いて、私の目をじっと見た。お兄さんの目は茶色がかった黒でちょっと綺麗だ。魔法の宝石みたい。

 お兄さんは少し困っているみたいだった。そりゃあそうだと思う。魔法使いは正体がばれたら大変なはずだもの。どんな風に大変なのかは知らないけど、もしかしたら偉い魔法使いにネズミにされてしまうかもしれない。

 でも今更苦し紛れの言い訳を考えたところで無駄なんだから。


「そうです。私は魔法使いですよ、お嬢さん」


 私は目を真ん丸にしていたと思う。だってびっくりしたから。お兄さんはあっさり正体を教えてくれたのだ。

 お兄さん、本当に魔法使いなんだ!


「わあ、本当に!?魔法使いさん、何か魔法使って!」

「はい、喜んで」


 お兄さんは小さく微笑んで、少し首を傾げた。


「手を出して」


 私は言われた通り手を差し出した。お気に入りのピンクの手袋をお兄さんの黒い手袋が包む。お兄さんの手は手袋をしているのに少しひんやりとしていた。お兄さんは左手で私の掌を完全に覆い隠した。不思議と胸がドキドキする。これも魔法なのかしら。


「3,2,1」


 お兄さんがそう数えた。1って言い終わったときほんのりとお兄さんの手が温かくなった気がした。

 左手の蓋が外れると、そこには小さなオレンジ色のお花が乗っていた。


「すごいすごい!!」

「今はこれが精いっぱい」


 お兄さんが軽くお辞儀をした。

 綺麗でかわいいお花だ。魔法のお花だ。

 胸がわくわくした。不思議でドキドキした。



 つまらないことばかりじゃないのだ、この世界は。



 お母さんがホームに帰ってくるのがチラリと見えた。私は魔法のお花を握りしめ、魔法使いさんにお礼を言った。


「ありがとう、魔法使いさん!!あっちでお母さんが待ってるからまたね!!」


 魔法使いさんは笑って頷いた。




 ※


 オレンジ色の魔法のお花は、コートのポケットにしまった。

 胸が温かくなった。このオレンジのお花は何か不思議な力を持っているのかもしれない。

 お母さんの元に駆け寄ると、浮かない顔をしていた。


「お母さん、どうしたの?」

「お父さん、今立て込んでいてどうしても車は出せないって」


「あの、すいません」


 さっきの魔法使いさんが立っていた。黒猫も魔法使いさんのすぐ後ろに控えている。


「えっと、何でしょう?」


 お母さんはキョトンとして片手に携帯を構えたまま、固まっている。

 お節介かもしれませんが、と魔法使いさんは前置きをして言った。


「電車まだしばらく来ないですよ。よろしければ、僕の車に乗りませんか?貴女方も隣町まででしょう?」

「え、ええ、そうですけれど」


 魔法使いさんは私を見てちょっと笑う。私は笑い返した。確か、私は隣町に行くとは魔法使いさんには言ってなかった気がするけど、きっと魔法の力で私たちが困っていることが分かったに違いない。


「でも、見ず知らずの方にそんな……」

「大丈夫です。僕は、鍵屋……というか何でも屋というか」


 魔法使いさんはなんだかよく分からない言い訳をしている。やっぱり正体はばれちゃいけないみたいだ。


「お母さん、送ってもらおう。時間もギリギリだし!ゼンハイソゲだよ!!」


 私はお母さんの手を引く。お母さんは迷っていたようだけど、


「親切にありがたいけど、何かせめて御礼をさせていただきたいわ」

「お代は出せる分だけ出していただければ結構です。たとえば娘さんのピアノの音色とか」


 お母さんはポカンとしている。魔法使いさんの台詞は確かに少しクサかったけど、でも何だか嬉しい。


「お急ぎなんでしょう?行きましょう」


 私たちは魔法使いさんの後について走った。

 ひたすら私は楽しくて仕方なかった。





 ※


 つまらない世界で、私は奏でよう。

 不思議で美しい花のような世界を。

この後、鍵屋は駅前に路駐されていた誰かの車を適当に開けて隣町まで行きましたとさ。※その後ちゃんと元の場所に返却しました。

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