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僕は今日も、鍵で扉を開ける。  作者: ささかま。
第1章 僕は鍵を持っていて、使えば扉を開けられる。
11/99

9、手品と笑顔

お題:見憶えのある諦め 必須要素:駅 制限時間:1時間(http://sokkyo-shosetsu.com/novel.php?id=188124)を加筆修正したものです。

 ほんのちょっと魔法をかけて。




 ※


 以前の依頼で開けた黒猫に、地元の駅で出会った。


「奇遇だなあ、魔法使い」

「そうだな。奇遇な遭遇だ」


 僕はたまたま依頼で隣町に行くために電車を待っていたのである。正直に言えば、隣町まで僕の噂が広まってるという状況はあまり良いとは言えない。仕事が増えるという利点はあるが、それ以上に色々とリスクが大きすぎるのだ。


 肝心の電車は線路上の異物が原因で運転を見合わせている。さっきから駅員が繰り返しホーム放送を行っていた。駅員の説明は要領を得ない。こういった事態に慣れていないのだろう。

 自動販売機でホットコーヒーを買い、適当なベンチで腰かける。猫はその隣にちょこんと陣取った。幸い周りには人は疎らで、誰も彼も運休情報を見るのに携帯を凝視している。猫と会話する奇怪な男に目を向ける者はいない。


「何の用だ」

「言ったろ。“奇遇だなあ”って。用事なんてないさ。ただ顔なじみに挨拶したかった、っていうんじゃいけないのかあ?」

「別に。用がないならそれはそれで構わない。僕も電車が来るまで暇だ。話相手くらいならできる」


 コートの懐からコーヒーフレッシュを4個取り出し、コーヒー缶の中に突っ込んだ。


「オマエ、それカフェオレ買った方が良いんじゃないのか?」

「いや、カフェオレとコーヒーは違う」


 一口飲めばまろやかな口当たりとコーヒーの香りで落ち着く。


「ああ、思い出した」


 猫は話をそらすように、背をそらして伸びをした。


「何を?」

「用事だよ、オマエにさ」


 大きな青い目がこちらを向く。つい最近まで弱って言葉も話せなかった奴と同じ猫とは思えない。


「オマエがなんと言おうとさ、借りは返しといた方が良いと思ってなあ。やはりこの前の礼がしたい。オマエの名前を教えてくれ」


 猫の言葉に少々困ってコーヒー缶に口を付けた。湯気でわずかに視界が歪む。


「僕に名前はない」


 猫が訝しげに首を傾げるので僕は説明を続ける。


「そもそも名前には大して意味がない。名前を知ったところでその中身まで知ることはできないからだ。少なくとも、辞書で引いた語義をそのまま鵜呑みにすることはできないだろ?」

「……確かに一理あるな」


 でも、と猫は反論する。


「それは人間の話だろうに。オマエら魔法使いは名前を重んじるって聞いたぜ?」

「魔法使いにとって名前は力そのものだ。だから本当の名前は大事に隠しておく。自分の力がばれないように。でも、僕の場合は隠しているわけではなく、空っぽ。そもそも名前自体がないんだ。要するに名前がなければ力もない。君の言った通り、僕は“できそこない”だ」


 できそこない。その言葉は言い得て妙だ。僕は魔法使いとしては欠陥品なのだ。

 猫は納得したのかしてないのか、前足で鼻のあたりを掻いた。


「なるほどな。わけありっぽいし理由は聞かないでおいてやるよ。その代り、俺は借りを必ず返すってことだけ覚えておけ」

「ああ、覚えておくよ」


 理由を聞かないでくれるのはありがたかった。



 ※


「お兄さん、魔法使い?」


 思わず呑んでいたコーヒーを噴きそうになった。とりあえず耐えるも、今度は鼻から出そうになって少し噎せた。


 座っていたベンチの後ろにわずかに隙間が空いており、そこからベージュ色のコートを着た小さな女の子がひょっこり顔を出したのだ。猫は知らん顔で僕の隣で毛づくろいを開始している。


「何で僕が魔法使いだと思うんですか?」

「だって黒猫いるよ?」


 黒猫と言えば魔法使い、魔法使いと言ったら黒猫。大昔からの固定イメージである。

 頭の中で色々言い訳を考えたが、やめにした。下手な言い訳をしたところで正体はばれてしまうものである。それに銃口を向けられたら下手な抵抗をせず両手を挙げるものだ。諦めは時として重要である。


「そうです。私は魔法使いですよ、お嬢さん」


 少しおどけて言うと、女の子は“わあ!”と言って手を叩く。輝いた顔が眩しい。


「魔法使いさん、何か魔法使って!」

「……はい、喜んで」


 少し悩んだ。いきなり誰かに“日本語しゃべってみて”と言われてすぐに言葉がでないときの感覚と言ったら分かりやすいだろうか。

 悩んだ末、手を出して、と言うと女の子は水色の手袋をした小さな手を出してきた。僕はそれを下から黒い手袋をした右手で包むと、左手を上に乗せて3秒カウントした。


 3,2,1


「うわあ!」


 僕が手を退けると、女の子は目をキラキラさせて自分の手を見た。小さなオレンジ色の花が乗っている。


「すごいすごい!!」

「今はこれが精いっぱい」


 少し古い台詞だったろうか。僕の発言には意を介さず、女の子は花を持ってはしゃいでいる。


「ありがとう、魔法使いさん!!あっちでお母さんが待ってるからまたね!!」


 女の子は笑顔いっぱいで走り去っていった。



 ※



「一般人の前で魔法を使うのはご法度じゃないのか、できそこない」

「アレはちょっとした手品だ」


 少しコーヒーが冷めてしまった。


「魔法に見えたなら良かったよ」


 僕が言うと猫はわずかに息を吐く。恐らく笑ったのだろう。



 ※


 ほんのちょっと魔法をかけて、優しい笑顔を見る。





 fin. 

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