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第二夜 (その3)

 ……さて、どうしたものか。


 放課後、背もたれに体重をあずけながら、俺は携帯電話を見つめて考え込んでいた。

 携帯には昨晩に閲覧していたサイト履歴がならんでいる。かなり長い時間をかけて検索したが、どれも不発だった。アンデッドオンラインの関連サイトはパソコンに向いているものが多い。もともと俺があまり携帯を使わないこともあって、閲覧できない情報も多かった。

 俺の家にもパソコンはあるし、もちろんインターネットに繋げてあるが、夕方以降は使わせてもらえない。事実上、授業が午後まである平日は無理ってわけだ。

 こうなると、ネットカフェに行って情報を探すか、図書室のパソコンを利用させてもらうか。ゲームセンターに行く選択肢は考えなかった。もし情報が入っているなら、久住さんが連絡してくれるようになっている。


 ふいに携帯が振動し、あわてて持ち直す。メールだ。


「……どういうことだ?」


 つい、舌打ちしてしまった。


「いつも弊社のアンデッドオンラインを御利用していただき、まことにありがとうございます……」


 運営会社からのメールは、そんな慇懃いんぎんな挨拶から始まっていた。そこまではいい。だが、ていねいすぎて、どことなく敬語の使用法が間違っているような文面で書かれた本文は、いらつかせるに充分な内容だった。

 どのようにアンデッドオンラインを使用していたか、他人のアカウントを使っていないか、違法なアイテムを購入していないか、正規のアクセス手段を利用していたか、等々……つまりは、俺の側に問題があるのだろうと決めつけている質問だけが、延々と並んでいた。形式的な謝罪の言葉もない。

 それでも、何か規約に違反すれば似たような状況が起こるという話でもあれば、誤動作の原因を想像することはできたかもしれない。しかしメールは質問だけが箇条書きにされて、早く返信するようにと要求する文章であっさり終わっていた。手がかりとなる情報が全くない。


 ふうっとため息をついて、俺は興奮した脳を冷やそうとした。ゲーム利用において規約違反などしていないと答えるメールを打ち込み、返信する。

 今の段階で運営会社に怒ってもしかたがない。最近の運営会社は、批判やデバッグへの反応が遅くて、ゲームプレイヤーからの評判が良くない。もともと期待はしていなかった。それに大量の質問だけしていたということは、まだ運営会社も情報をつかめていないということだろう。向こうも無い袖はふれないということだ。


 しかし、こうなると八方ふさがりだ。

 メールを閉じて、履歴の一つから、運営会社のサイトを選んで見てみる。暗記している俺の暗証番号をうちこむと、利用しているPCのデータが出てきた。

 全身像と顔のアップ画像は、設定したおぼえがない美青年の姿。長い銀髪に緋色のロングコート。どうやら、ゾンビ化する前のPCらしい。ゲーム内は薄暗いため黒っぽいと勘違いしていたが、ロングコートの色まで違う。

 PC名は「キャンサー・イン・ザ・ダーク」とある。緋色のコートは、茹で上がったキャンサーの色ということか。

 設定されているPCはその一つだけで、動アカウントの別PC使用欄にも、PC使用履歴にも、俺のPC「鉄十字腸」が見当たらない。

 キャンサー・イン・ザ・ダークのレベル欄を見ると……


「……高!」


 思わず声を上げてしまった。

 レベル99141。俺が使っている本来のPCがレベル30795だから三倍近く。世界ランカーと比べてもトップクラスだ。

 アンデッドオンラインは、ゲーム内で時間をすごすだけでもレベルが少しずつ上がっていく。レベル99141はかなり多くのゾンビやPCを倒したり、特殊なアイテムを購入していないとたどりつけない数字だ。

 レベルは持久力や瞬発力から、視力聴力や武器が命中する確率といった各要素にふりわけて、PCの戦闘力をあげる。そのふりわけ設定もバランスが良い。昨日の俺がゾンビやゾンビ狩りをあっさり撃退できたのも、しごく当然というわけだ。


 しかし、レベル上昇の履歴を見て、俺は首をかしげた。一昨日まで順調にレベルが上がっている。かなり腕のたつプレイヤーが毎日のようにやりこんでいる上昇率だ。だけど、昨日は全くレベルが変化していない。ゾンビだけでなく、二人もPCを倒したというのに。

 チームリーダーらしかったアフロ男はそこそこのレベルがあったはず。いくらなんでも端数くらいは変化しなくてはおかしい。

 レベルに少しの変化も見られないのは、何らかの誤作動で設定されたPCだからだろうか。


 しばらく考え続けて、ふいに気づいた。レベルが上がらないのは、PCが死んでNPCになっているからだ。

 死者は痛みもおぼえなければ疲れもしない。それは生きていないからだ。死者は再生しなければ成長もしない。それも生きていないからだ。

 これはつまり、きっとあの噂が正しいということだろうし、あの噂が正しいということは、俺に残された時間も……


「ゲームですか?」

「うわぁああ!」


 あわてて携帯を取り落としそうになった。ふり返ると、ぐっと両方のこぶしを握った姿勢で、東畑さんが見つめていた。俺が気づかない間に、肩越しから携帯画面をのぞいていたらしい。


「何をしてらっしたのですか? 綺麗な男の人のイラストですね!」


 目を輝かせて俺を見つめてくる。長いまつ毛がゆれ、小さな唇がふるえている。

 俺はのけぞるような姿勢になった。かわいらしいからこそ、間近で見ると迫力がある。押し切られるまま答えそうになったが、つい顔をそらして横を見る。

 がらんとした教室にクラスメイトは残っていない。……いや、鞄を持った委員長が扉を開けたまま突っ立っていた。


「……放課後でも、あまりそういうのを見るべきじゃありません。先生方に見つかれば、取り上げられかねませんよ」


 委員長は生真面目だが、放課後に携帯をあつかっているくらいで文句をつけるほど堅物カタブツではない。クールな外見で誤解されやすいが。

 委員長は視線を東畑さんへやり、つけくわえた。


「東畑さんも、他人のものを勝手に見ては駄目です。早く部活へ行きましょう」


 そう言い残して、委員長は扉を開けたまま去って行った。


「同じ部だったんだ?」

「うん」


 はにかみながら東畑さんがうなずく。

 注意すると同時に、うまく話題を変えさせてくれた委員長に感謝。俺に実体のあるお礼はできないので、脳内で頭を下げておく。


「文芸部だから。門限が厳しいから、すぐに帰ることが多いけど」

「高原さんも文芸部だったとは思わなかったな」


 いくつかの運動部に誘われているという情報なら耳にしたことがある。結局はどの部も断ったと聞いていたが、文化部に入っていたのか。

「読書といっても、少女漫画を読んでいるところしか見たことがないし」

 これは本当。どうやら西田と趣味が合うらしく、図書室で単行本を交換している姿を見かけたことがある。親密な男女の姿であったが、つきあっているように見えなかったのは、二人の性格のためだろうか。


「エスエフとか好きみたいだよ」


 SFか。意外といえば意外だが、古臭い少女漫画よりは自然かもしれない。


「あ、さっきはごめんね。川下くん」

「さっき?」

「のぞき見してたこと。何だか難しそうな顔をしていたから、心配だったのだけど……おせっかいでしたね」


 東畑さんが顔をくもらせ、困った俺は手をばたつかせる。


「いや、いいよ。実際、ただゲームがうまくいかなかったってだけだし」


 しばらく場に沈黙がおりた。

 窓ガラスの外を風が吹きすさぶ音がする。教室も少し冷えてきた。

 黄色く染まりつつある西日をあびながら、ぽつりと東畑さんがつぶやいた。


「楽しいゲームなのでしょうね」


 あ、答えたくないならいいよとあわてて言いそえる東畑さんを見て、俺は答えることにした。


「かなり。うん、面白いよ」

「川下くん、きっと強いのでしょうね」

「……まあ、それなりに」


 一応は地区の個人プレイヤーでランク入りし続けている。しかし、そもそもアンデッドオンラインは別の地域に移動したりして、チームで戦うことを前提としている。その意味では、俺の強さは個人技でしかなく、協力して戦えているチームには遠くおよばない。


「私と……私も、いっしょにゲームできるかな」

「え?」


 東畑さんが、消え入るような声でいった。少しうわずっている。


「川下くんとゲームしたら、楽しいかもしれないって……迷惑じゃなければ、だけど」


 嬉しくなかったといえば嘘になる。


「……意外だな、ゲームに興味があるんだ」


 こくりとうなずく東畑さんは、日本人形のようにかわいらしい。だが、いろいろと難しい。


「でも、東畑さんは門限が厳しいのだろう。俺がやっているゲームはバーチャルリアリティを楽しむため、ゲームセンターに行かなくちゃいけないし、一時間は戦わないとレベルが上げられない。ランポシステムっていう機能を使っているんだけど、それには個人差で向き不向きもあるんだ」


 何より、アンデッドオンラインは血や死肉が飛び散るゲームだ。戦わずに仮想現実空間で遊ぶプレイヤーも多いが、多少のエログロは覚悟しなければならない。十五歳以上なら遊んでもいいことになっているが、おとなしい東畑さんが楽しめるとは思えない。しかし、そうくわしく説明すれば東畑さんに気持ち悪がられるだけだろう。

 ゲームの名前や内容を隠して、東畑さんがあきらめるよう俺は苦労しながら説明した。それも、できれば俺の印象が悪くならないようにするのは大変だった。


「……そうか、うん。ごめんね、遅くまで質問攻めにしてしまって」


 しばらくして、ぺこりと謝った東畑さんに、その必要はないと俺は身振りで伝えた。伝わったのかどうか、少し悲しそうな顔をして、東畑さんは教室を出て行く。文芸部に行くのか、それともそのまま帰るのだろうか。

 いっしょに出て行くのも他人の目が気になるので、少し間をおいて帰ることにした。鞄を持って立ち上がると、教室の中はすっかり赤く染まっている。


「さて、どう調べたものか……」

 誰もいない教室で俺はひとりごちた。

 気づくと、かなりの時間がたっている。手ごろなネットカフェで道草を食う余裕はないし、図書室もそろそろ閉まるだろう。

 悩みながら玄関口へ向かうと、廊下の窓から校庭を小走りで抜けていく東畑さんの後姿が見えた。校門で黒塗りの外車が停まっている。お嬢様も大変だ。


「……そうか、文芸部はまだ図書室を利用している時間だな」


 開いているならパソコンも使えるだろう。

 もちろん有害サイトにアクセスできないようフィルターがかけられている。しかし、いくつかのアンデッドオンライン愛好家サイトは見られることは、以前に確認して知っていた。

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