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第一夜 (その3)

 逃げ出して正解だった。


 曲がり角、電柱の影、店員のいないコンビニエンスストア、次から次へゾンビ狩りが闇から現れては攻撃をしかけてきた。

 だが、あまりチームとしての連携は良くない。思えば、ゴスロリ少女が一人で突出して俺を攻撃していたくらいだ。


 敵は、第二次世界大戦時のドイツ風な軍服を着た青年、日本刀を手にした学生服の少女、青いツナギを着たアフロ男……最後の一人は目立たず動きやすい格好なのでいいとしても、どいつもこいつも珍妙な格好だった。素人っぽさを獲物に気づかれるだけでも不利になるだろうに。

 しかし、少し考えて違うことに気がつく。本来のゾンビに高い知能はない。あまり視力も良くないので、目立つ格好でも気づかれにくい。そこが他の仮想現実ゲームと違うところだ。

 ここの本来のゲーム仕様では、趣味に走った格好をしていても、不利にはたらくことがないのだ。俺がゾンビになったことで、ゲームの戦術基盤が変わっている。


 結果として俺は、ほとんどのゾンビ狩りと戦うこともなく逃げ切れた。

 このゲームは、行動することで疲労がPCに蓄積される設定で、動きがにぶくなっていく。ゾンビになって体力が永続しているらしい俺が捕まるわけもなかった。


 ふりかえると、日本刀をかまえることをやめて、ずるずると引きずりながら歩いている女子高生の姿が見えた。

 最初は道端に駐車しているトラックなどを踏み台に、体操選手のようにとびはねて攻撃してきたのだが、それは瞬発力を重視して他を軽視した設定をしている証拠だ。


「ま、待てってば……ゲホッ」


 台詞の途中で咳き込んだ。やれやれ。

 しばらく走って、あっさり逃げ切ることができた。それにしても不思議なことに、ゾンビ化した俺は、持久力だけでなく速力のレベルも向上しているらしい。

 女子高生は日本刀を地面につきたて、座りこんでしまった。


 しかし、最後のアフロ男だけは違った。


「待ちなって、ゾンビさん。逃げずに勝負しようや!」


 長い木の棒を持って、ゆうゆうと長い歩幅で跳ねるように追ってきている。棒をよけようと身をかがめると、そうして動きを止めた瞬間に突いてくる。かなり格闘戦にたけているようだ。


「すばしっこいな、意外と!」


 うるさい奴だな。

 しかし余裕のあらわれと思えば、ふざけた口調を笑い飛ばすことはできない。

 裏路地はせまくて雑然として、残弾や反動を気にしなければならない軽機関銃より、下手をすると棒術が強い。気づけば俺は防戦するしかなくなっていた。

 来たばかりの道を必死で戻る。相手は生身のPCだが、武器が軽い木の棒一つの上に、体力がある設定らしく、レベルも高いようで、なかなか速さがおとろえない。気づけば、ゴスロリ少女を倒した場所まで戻ってきてしまった。

 少女の死体も、チェーンソーもない。おそらく死亡とともにゾンビがよってきて食われたか、別のプレイヤーに拾われていったか。もちろん俺には確認する余裕もなく、その場所を走りぬける。すぐ後にアフロ男がせまってきている。


「せいっ!」


 背後から掛け声が聞こえた直後、がくんと風景がゆれた。急速に道路が俺へ近づいてきて、アスファルトへしたたかに顔面を打ちつけた。後方を見ると、俺の足がもつれて、木の棒にからみついている。アフロ男が投げつけて、転んでしまったのだ。ゾンビになっているためか、痛みは感じない。だが、痛覚が残っていれば、木の棒が当たったと気づいて、転ばずにいられたかもしれない。

 いや、そんなことを考えても意味はない。倒れた俺に向かってアフロ男はゆうゆうと近づいてくる。俺は軽機関銃を向けようとして、それが少し先に転がっていることに気づいた。一方でアフロ男も武器らしい武器は持っていないが、歩みよりながらラーメン店の立看板に目をやって、それをつかんで持ち上げた。金属板でできた立看板は、当たる角度によっては肉体を切断するくらいの威力があるだろう。


「やれやれ、まったく手間をかけさせや……」


 俺は目を閉じず、この状況でも生き残る手段をとろうとして……いやゾンビだから死んでいるのだが、それはともかくとして……軽機関銃へ手をのばそうと、もがいた。

 あがくだけの勝機があることを、俺は確信していた。

 俺が軽機関銃を手にしてふりかえった時、アフロ男は立看板をふりおろそうとする姿勢のまま、固まっていた。

 じりりと蝿のような音が鳴り続け、アフロ男の周りに無数のキューブ状の光が明滅している。バグで発生したブロックノイズだ。

 そう、このバグを利用して俺は罠をかけたのだ。見覚えのないゾンビ狩りということは、ここにバグがあると知らない、普段は別の地域で活動しているプレイヤーという可能性が高いということ。

 バグがあると知らなければ、追跡中にノイズに気づくことは難しい。光量の少ない世界設定も俺の策を助けてくれた。

 フリーズしたままのアフロへ軽機関銃の弾をたたきこむ。このまま放置してもプレイヤーは困るだけだ。かっこうつけた言葉でいうなら、慈悲のようなものだ。


「さあ、こちらこそレベルを上げさせてもらうよ」


 アンデッドオンラインは、NPCであるゾンビほどではないが、PCを倒してもレベルを上げることができる。アフロ男の身体能力から考えて、比例するようにそこそこのレベルが上がると期待できた。

 血飛沫をまきちらしているアフロのまわりで、大小さまざまなキューブ光が膨張し縮小し、アフロ男ごと消滅した。頭部を完全に破壊したので、完全消滅したのだろう。

 プレイヤーにとっては、罠にかかった瞬間、世界が真っ暗になって、何もわからないまま死亡判定が出たといったところか。たぶん、自分が罠にかかったとも思っていないに違いない。


 俺は足にからまっている木の棒をひっこぬいた。もつれた足を直して、立ち上がった。軽機関銃の弾倉を見ると、ほとんど残弾はない。

 おそらくアフロ男がチームのリーダーだろう。もう敵が追ってこないことを祈りながら、俺は再びセーブポイントへ向かった。


 全速力で道を曲がると、ぽっかり大きな空洞があいていた。自動車がすっぽり入るくらいのサイズで、二車線の道路をそこだけ一車線にしている。覗き込んでも底は見えない。数年前に謎の落下物によってできたという設定の、セーブポイントだ。

 ぐだぐだ考えるのをやめて、ひとまず俺は穴へ飛び込もうとした。ゾンビになっている状況がバグなら、セーブすることで致命的な問題が発生するかもしれないが、他に方法が思いつかなかった。重要なデータは隠れ家に置いてある。今のPCを失っても、新規のPCを購入すれば取りにいけるはず、と俺は自分に言い聞かせた。

 そして軽機関銃の安全装置を入れて、ふと顔をあげた瞬間、正面のショーウインドウに映った姿を見て、俺は呆然となった。


 ……これは、誰なんだ?


 大きなガラスに、鏡のように今の俺の姿が映っている。青ざめた頬、血の気のない肌、曇った瞳孔、そうしたゾンビの特徴だけならば予想していた。黒っぽいロングコートも俺が設定したとおり。だが、肩までかかる長い銀髪、高い鼻、尖った顎、高い腰、客観的に見て美青年といっていい姿は、俺のPCとは全く違う。近いのは身長と体重くらいか。

 設定したことがないどころか、見たこともないPCだ。


 かたまった俺の背後から、金属のうなる音が聞こえた。おそるおそるふりかえると、そこには武器をかまえた少女が立っていた。

 青い唇はリップの色らしいが、青白い肌は化粧のためではないようだ。片目を赤い血がおおっている。流れ落ちた血は服にたれおちているが、黒いミニスカートドレスであるため目立たない。その右手には金属の刃を高速で動かしているチェーンソーがぶらさがっている。

 さっき倒したはずのPCが、早くもゾンビになったのだ。


 このアンデッドオンラインでは、プレイヤーはゾンビをあつかえないが、プレイヤーの使っていたPCがゲーム内で死ぬとゾンビになる。

 あくまでプレイヤーがPCをゾンビとしてあつかえるようになるわけではない。そうだったら、俺がゾンビになった自分にここまで混乱したりはしない。

 PCがゾンビになるとは、プレイヤーが設定して育成し、さまざまなアイテムを装備させた大切なキャラクターでも、ゲーム内で死ねばゲーム会社の所有物になるということ。プレイヤーがあつかわないPC、いわゆるNPCノンプレイヤーキャラクターだ。

 このシステムは、ゾンビという基本設定をそれらしく演出するためだけではない。ゲーム会社は設定調整やデザインの手間をかけずに、新しいNPCをゲーム内に投入できるわけだ。

 一方で、プレイヤーにとっても損ばかりではない。貴重なアイテムや個性的なデータを装備したまま死んでも、ゾンビとなった元のPCに出会うことがあれば、倒してアイテムやデータを取り戻せる可能性がある。死ねば全て失ってリセットされることの多い種類のゲームでは、珍しくリターンがあるといっていい。

 このNPCも、そうしてゾンビ化したキャラクターの一つ。プログラミングで簡単な動作をおこなうだけの、不死身の体力以外は問題にならない敵にすぎない。……そのはずだった。


 しかしゴスロリゾンビは俺を見て、小さな唇を動かして、猫のように笑った。

「まったく困るね。せっかくプレイを楽しんでいたのに。なぜ私がゾンビにされているんだ?」


 ……まさか、このプレイヤーも……俺と同じく、ゾンビに?


 俺は後ずさりし、銃をかまえて、安全装置がかかっていることに気づく。

 もつれる指で、あわてて安全装置を外して、そして後ずさりを続けて、そのまま……背後の空洞へ落下した。


 落下しながら思う。

 セーブポイントでログアウトして、いつものようにセーブできるのだろうか。

 ゾンビ化しているどころか、アバターすら変化しているのに、きちんとゲームが作動するのか。

 本来のアバターに戻れるならいいが、もし俺が積み上げてきたゲームのデータが全て失われてしまったら、どこに文句をいえばいいのか。運営会社が耳をかしてくれるのか。


 そして、さらなる悪夢が脳裏に浮かんだ。

 セーブできないどころか、ログアウトすらできないかもしれない。俺は永遠にアンデッドオンラインをさまようゾンビになってしまうのではないのか。


 頭上にぽっかり空いた穴から、赤黒い雲を背にして、額から血を流している少女の笑顔だけが見える。その光景も、あっという間に遠ざかる。

 やがて視界に原色が乱舞し始めた。


 ……どういうことだ? このゲームで何が起こっている?


 そんな疑問を脳裏にかけめぐらせながら、俺はゆっくり現実世界に向かって落ちていった。

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