第三夜 (その3)
改造モデルガンを持ち、光の世界から歩み出る。
目の前に広がるのは、血と煙で彩られた、不死者の世界。視界に映る建造物は低めで、地区中心部から少し外れた場所に出たようだ。
ふりかえると、コンビニエンスストアに軽トラックがつっこんでいる。その軽トラックごしに、煌々とした光が漏れ、地面に散乱したガラス片を輝かせている。そして、その照明光よりもまばゆく、小型バスくらいの光の塊が、コンビニエンスストアの駐車場前にうずくまっている。スタートポイント。
いつもと何も変わらない光景だ。セーブポイントに対応しているスタートポイントは複数あり、ランダムに決定される。極端にプレイヤーの有利になったり、逆にゾンビやPKに待ち伏せされるのを防ぐためだ。
今回のコンビニエンスストア前も、一昨日に落ちた穴と繋がっている光の一つと記憶している。つまり、ここまでは誤動作はしていない。
俺は軽機関銃を見下ろした。指なし手袋からのぞいている指先が、生気を全く感じさせないほど青黒く変色している。空っぽになっている弾倉を引き出し、左手に持っていた新しい金属弾をこめ直す。この弾は試しに制式アイテムから購入したものだが、どうやら問題なく買えたらしい。
問題はただ一つ、俺のPCがゾンビ化した別PCになっているだけ。だが、それだけだからこそ解決が難しいといえる。
別PCになっているという主張は、前は違う設定のPCを使っていたと自己申告しているだけ。客観的に見て、前のPC使用記録が残っていなければ、証拠は何もない。
ゾンビ化しているPCをあつかえていることも、誤動作の決定的な証拠とはいいにくい。いくつか裏技があるアンデッドオンラインの出来事だ。せいぜい今のところは状況証拠か。
俺は首をふった。無駄に長い銀髪がゆれ、頬を叩く。今は考え込んでいる時間などない。まずは一刻も早くチームリベルタの本拠地を探して、リーダーの正体を確認することだ。
コートの胸ポケットから写真を取り出す。リベルタのリーダー、ジャンヌとかいうPCの後姿を映した画像を、写真としてゲーム内に取り込んだアイテムだ。ひっくり返すと、裏にリベルタの本拠地がどのように移動しているか、メモしてある。これは昼休みの間に図書室のパソコンで情報を集め、計算したものだ。
写真から顔をあげ、ふりかえった。コンビニエンスストアの低い屋根の向こうに、駅ビルの観覧車がゆっくりと回っている。きっと、今日のリベルタは駅ビル前のコンコースに集まっているはずだ。
軽機関銃を握りしめて走り出そうとした俺は、周囲にわらわらとゾンビが群がってきていることに気づいた。もともと街の中心に行くほどゾンビは狩られて少なくなるものだが、それにしても多すぎる。
「これこそ、リベルタが勢力を広げている証拠ってことか……!」
中心部やビル街から追い出されたので、ここにゾンビが集まってきたと考えればつじつまがあう……かもしれない。
「……考える意味も時間もないな」
俺は左へ走りながら軽機関銃の安全装置を解除。ひきがねを引いている間は連続して弾が発射されるセミオートに設定した。
……左にコンビニ、右にゾンビが四体……いや五体。走る俺をとりかこむように走ってくる。
よろめくように近寄ってくるゾンビに向け、俺は水平にした軽機関銃を片手撃ち。反動で自然とサイドスローのような動きとなり、右側から近づくゾンビ五体を次々に倒していった。
これが99141レベルの命中率だ。確率操作で幸運を呼びこみ、ある程度まで照準が合っていれば面白いように当たる。それも、致命傷になるような部位へ正確に金属弾がめりこんで、ゾンビを打ち倒していく。
左の物影から、白いセーラー服を着た少女が、ぬうっと立ち上がった。長い髪をゆらして、気をつけをするように両手を前に突き出して、右に左にゆれたかと思うと、俺に向かって走ってきた。
「NNYAAAA!!」
体は小柄だし、走るといっても俺から見ればスローモーションで動いているかのよう。蛇行する動きも単調だ。
撃つまでもないと判断した俺は、突進してくる瞬間に体をひねって、少女ゾンビをやりすごした。ついでに、後頭部へ銃把を叩き込む。
うまく一撃で致命傷を与えられたのか、倒れたゾンビは髪を振り乱しながらもだえて、すぐに動かなくなった。
俺が目をそらしていると思ったのか、それとも考えなしに近寄った偶然なのか、背後からゾンビがよってくる気配がした。見もせずに後ろ回し蹴りして吹き飛ばす。
さすがに致命傷とはならなかったようだが、ゾンビは道端の自転車に背中からぶつかり、もつれるように倒れた。うなり声をあげながら手足をばたつかせるが、自転車とからみついたのか立ち上がってこない。
そうして次から次へゾンビを打ち倒し、コンビニエンスストアを反時計回りで回り込んだ俺は、駅ビルに向かって走った。
背後からゾンビが追ってくるが、速いものでも小走りくらい。今の俺に追いつけるはずはない。同じゾンビでも、基礎レベルが桁違いな上、死んだばかりで肉体もほとんど損傷していないのだ。
「まるで無敵じゃないか!」
走りながら、自然と笑い声がもれていた……もちろん笑ったくらいで息苦しくなったりはしない。
もちろん目的を忘れたわけではない。しかし、無数の敵を雑魚のように一掃する快感は、今の俺を酔わせるに充分だった。なけなしの小遣いをためてゲームセンターに通い、ちまちま努力してレベルを上げてランクを上げていた時と、全く違う爽快感だ。
……これくらいの役得を味わって、何が悪い?
俺は笑いながら弾倉を交換し、暗い空の下を駅ビルに向かって走り続けた。遠くで、犬の遠吠えのような音が響いていた。
コンコースをはさんだ駅ビル正面に、古ぼけた雑居ビルがある。
雑居ビルの隣にあるのは、文明の進歩から取り残されたような小さな寺。次に正面のコンコースへ視線を移す。
コンコース中央には複数の天幕がはられている。白い天幕一つ一つは六人乗りのワゴン車くらいで、それらの天幕と天幕をブルーのシートが繋げている。
そしてコンコースには数人のPCが手に手を武器を持って警護していた。周囲には無数のスポットライトも設置され、それらは小型発電機と繋がり、コンコース全体を明々と照らす。ゾンビだけでなく、プレイヤーとゾンビの戦いから漁夫の利を狙うPKも近づくのは難しいだろう。
俺のいる場所だけが、駅前広場を見下ろせる絶好の空間だ。むろん、リベルタが単純に油断していたというわけでもない。
まず、雑居ビルは駅ビルとの距離がかなりある。それなりの飛び道具でなければ攻撃することは難しい。俺の持っている軽機関銃もあくまで改造モデルガン。斜め上方からとはいえ、コンコースの駅ビル側に逃げられれば届かなくなる。あまりに距離があるので、威力も落ちる。
つまりこの雑居ビルに入っても、せいぜい偵察することができるだけだ。だからこそ注意すべき優先対象からは外される。
しかも雑居ビルはエレベーターが稼動せず、非常階段は崩壊しているため、移動する経路は屋内階段しかないように見える。だからゾンビが入り込む怖れはほとんどないし、PKだって袋小路になる危険な場所から攻撃しようとは思わないだろう。
リベルタらしきPCは雑居ビルの正面を見える場所でも警備しており、さすがに屋内階段へ通じる出入り口は監視していた。つまり、攻め込むために雑居ビルへ入り込むことは不可能に近い。
ただし、そもそも俺は単独行動しているゾンビだ。PK集団ではないので目に止まりにくい。それに普通のPCと同じ動きをするから、スポットライトの光を避けて、薄暗い世界で遠くから見られるだけなら、ゾンビとは気づかれないだろう。
単独行動しているPCならば、どれほど勢力を拡大しているチームだとしても、行動を制限させる権利などない。もしそのような圧力をかければゲーム運営会社から制裁がくだるだろう。リベルタも、特に他のチームや個人プレイヤーといざこざを起こしたことはないらしい。
しかも俺は、この雑居ビルが寺社の所有物だと知っていた。その小さな古い寺は雑居ビルのすぐ隣にある。
かつて片側アーケードだったという設定の庇が、壊れて落ちている。ちょうど腰ぐらいの高さだ。それがコンコースで監視している連中の目隠しとなって、うまく寺に入り込むことができた。
正面にのびる石畳の道。大きな石で作られた手水場。歴史を感じさせる楠木の大樹……それが境内に入った俺が目にした光景だ。
楠木は表面がごつごつして起伏が多く、少しねじれるように育つ。枝の数も多く、同時にいつの季節でも葉を繁らせている。つまり人目をさけて登るには最適な木なのだ。
現実の俺なら思いもよらなかったろうが、ここはゲームの世界。今の俺は世界トップクラスのレベル数値を瞬発力にわりふった肉体。超人的なアクションも可能とふんでいた。
緋色のコートは目立ちそうなので畳んで隠し、行けるところまで木を登っていく。ざらついた表面は指がよく引っかかり、へこんだウロは良い足場になった。
二階半ほどの高さへ達したら、太い枝をつたって雑居ビルへ向かって進む。ビルの壁面へ向かって、俺はジャンプした。
うまく壁の段差に手を引っかけることができた。懸垂の要領で、三階の高さまで体を持ち上げる。そして壁にはりつくような姿勢のまま、非常階段に向かって横歩きしていった。
非常階段を昇れば、屋上はすぐそこだった。
屋上の手すりから顔を出す。リベルタの本隊が到着するまで、まだ少し時間がある。
俺はコンコースに背を向けるように屋上に座り込み、手すりに背中をあずけた。
弾倉を引き出して、残弾が十発しかないことにため息をつく。調子に乗ってゾンビを倒し続け、購入したばかりの金属弾をかなり消費してしまった。
本来のPCを使っていれば、二十体近くのゾンビを倒せばレベルが上がり、ゲーム中でも戦闘力に反映される。だが、ゾンビの今はレベルが上がらないことを忘れていた。いや、理性では理解していたのだが、つい快感に身を任せてしまった。
「これじゃド素人だな……」
ため息をついたが、今となってはどうしようもない。ゲームを楽しめただけでも良しとしよう。この後に弾を使う予定もない。
俺は腰に下げているポーチのチャックを開き、狙撃用スコープを取り出した。軽機関銃のオプションとして以前に購入していたものだ。重たくかさばるわりに、改造モデルガンの射程距離からすれば過剰装備なので、使いどころがなかった。
今回のように小型望遠鏡として使うことができるかもしれないと思い、売らなくて良かった。
手すりから頭だけを出してコンコースを見下ろす。スコープのレンズを調整し、丸く切り取った世界で小さくうごめくPCを監視する。もちろん、この光景もヘルメットに投影された粗い映像を、催眠状態の脳が補正してリアルに感じているわけだが。
天幕の周囲の動きがあわただしくなった。どうやらリベルタの本隊が来たらしい。
スコープをのぞいたまま少し身を乗り出すと、マントを羽織った集団が遠いビルの影から現れ、天幕に向かっている。
「おや、違うぞ……」
黒い外套に黒いシルクハットをかぶった、魔術師のように怪しげな集団。
俺にも見覚えがあった。ア・クロックワーク・シトラスだ。アンデッドオンラインが発表される以前から、様々な仮想現実ゲームで活動していた。当然のようにPKにも手を染め、それを倒すPKKも行う連中で、良い評価も悪い評価もそこそこ聞いている。
別の路地から、今度は白いヘルメットに紺の制服を着込んだ男達があらわれた。白っぽいマスクをしているため、顔はわからない。肩口にTHXという文字列が見えた。これも有力なチームだ。
突然、高らかな汽笛の音が聞こえた。俺は顔をあげ、どこから聞こえてくるのか耳をすませる。
駅ビルの先、遠くから金色に輝く光が近づいてくる。
「まさか……」
金属と金属がこすれあう、かん高く耳障りな音。列車がブレーキをかけ、駅へすべりこんだのだ。
アンデッドオンラインの舞台は、多くの発電所が放棄されている設定だ。知識のあるプレイヤーが復活させている地区もあるが、安定した電力の供給は望めない。おそらく電車ではなく、ディーゼル機関車を動かしているのだろう。
駅ビルから二つの集団があらわれた。
最初に出てきたのは、無帝八月。アンデッドオンラインにおいて、舞台に設定されている列車が稼動可能なことを調べ上げ、ゲーム中の機材を組み合わせて列車を使用可能な状態へ持っていき、ゲーム内の各地区を繋いで見せた技能集団。……つまるところ、鉄道オタクの集団である。
無帝八月は戦闘にはあまり参加せず、PCやアイテムを列車で運ぶことで利益をうけとっている。レベル上げせずに高価なアイテムをあずかる活動をしていたため、一時期は列車強盗によく襲われていたらしい。
しかし今の無帝八月は複数の傭兵的なチームを雇っており、アンデッドオンラインを代表する戦闘集団ともなっている。
そして……
「委員長……」
思わず声がもれた。灰色のケープをまとった集団。それに守られるようにして、白いケープをまとった少女が堂々と歩み出る。コンコースを照らすスポットライトを浴びて、金色の髪が輝いて。
「……まさしく主役のご登場といったところか」
見間違えではないだろう。髪型も、顔立ちも、スタイルも、委員長そのものだ。
このアンデッドオンラインは、プレイヤーを催眠状態にしてリアリティを高めるランポシステムを利用している。設定された外見は多少の美化こそあれ、プレイヤー本人に近いはず。特に、体型は本人と同じでなければ、操作している内に違和感が大きくなっていき、催眠状態がとけてしまうという。
一方で顔立ちは、鏡でも使わなければ、見ることは少ない。俺が自分のPCが変化していることに長く気づかなかったのも、顔立ちこそ大きく違っても、体型の変化はほとんどなかったためだ。
それに別人なら特徴的な髪型まで同じに設定することは考えにくい。
だから、あれは委員長だ。そうではない可能性を考えることこそ、現実逃避にすぎない。最も可能性が高いことを事実だと見なして、行動していくべきだ。しかし……
ふいにスコープ内の委員長が立ち止まり、顔を上げた。俺は息を飲んだ。
委員長の視線は空中の一点に固定され、動かない。まるで、じっと俺を見返すかのように。まさか、気づかれたのか?
委員長の周囲にいるリベルタメンバーが異変に気づいたのか、円陣を組んだ。そしてめいめいが持っている武器をかまえ、緊張感を高めていく。
あわてて俺は手すりから頭をひっこめた。