夕暮れ時の歌 ‐橋本視点‐
俺は非常に緊張していた。
なんだ、これ?
なんなんだよ!?
頭の隅には、荒井が来ないんじゃないかって不安があって。
だからだろうか。こんなに心臓が激しく脈動しているのは。
「こんにちは」
俺が延々と悩んでいたせいで、荒井の存在に全く気がつかなかった。
やばい。頭の中、真っ白だ……。
「よ、よう……」
どんな挨拶をすればいいのか分からなくて、かっこ悪くどもりながら言葉を発した。
手を上げれば、ふっと微笑んでくれる彼女が居て、とても落ち着く。
ここは俺の居場所だ。誰にも渡したくない。
でも、共有することくらいは、許してやっても良い。
こんなことを言ったら、彼女は来なくなるだろうか。笑って、馬鹿だねと言ってくれるだろうか。
「寝転んでると、服汚れるよ」
「別にいいよ。気にしてないから」
だいたい、この場所に何度ねっころがってたのか。
そんなことも分からないほど、俺は馬鹿じゃないし。
いや、馬鹿だ。
今のは彼女の、空気を和ませるために言ってくれた言葉だ。
……俺は、素直に言葉を受け取れない。 邪推してしまうことがほとんどで、それがさらに人付き合いを難しくしている。
佐玖耶だって、古井だって、良いやつだって分かってるのに。
心を許すには至らない。
「ごめん、な」
何を謝ってるんだろう。
そもそも、俺は間違ったことは言っていないはずだ。
荒井との時間は大切で、このままで居たいと本当に思ったのだ。
でも、謝らなければいけない気がする。
「いいよ」
荒井は俺の心情を知ってか知らずか、宥めるように優しく笑ってくれた。
彼女にばっかり甘えているような気がして、恥ずかしくなる。
俺はどうしてこうも子どもっぽいんだ……!
「橋本君がそういうこと言うの、珍しいみたいだから、許してあげる。っていうか、許すも何も、怒ってはいないんだけどね」
困ったようにされ、俺も途方にくれた。
「もう、これでお終い。じゃあ、もう行くね」
ダメだ!
とっさに手を伸ばしていた。
このまま別れたら、またこんな風に会えなくなる気がする。
それは、嫌だ。
やっぱり子どもっぽい感情で辟易するが、譲れないことだった。
「橋本君?」
「もう少し、話をしよう」
何を、とか聞かれたら、答えられない。
幸い、彼女は何も聞かず、そのまま腰を下ろしてくれた。
――さて、どうしよう。
こんなこと、初めてでどうしていいのか分からない。
チラッと相手を伺えば、彼女はぼんやりと前を見ていた。
風に彼女の髪が揺れ、さらりと流れる。
「綺麗だな……」
って、おい。
何を口走ってんだ!?
混乱がひどくて、誤魔化すこともできない俺に彼女は答えた。
「そうだね」
どうやら、何か勘違いをしてくれたらしい。
彼女は真っ直ぐフェンスの先、つまり空を見ていた。 空が染まりかけているのを見ながら、頬を緩めていた。
だんだんと赤く染まっていく肌が、瞳が、髪が。
だから、綺麗なんだっつーの!
俺、やっぱりおかしくなっている。
それから、話もろくにできず、2人で空を(俺は彼女を)見つづけた。