箱の中で 2
「なあ、荒井……」
いきなり話を振られて、戸惑うことしか出来ない。
さっきまでは、冗談口調だったのに、いきなり真剣な顔になるから、彼は油断できない。
私が答えられずに居ると、助け舟のように声が聞こえてきた。
未だに間近からだったけれど。
「なによ、はっしー」
「いや、お前に話しているわけじゃないし」
ご、ごめん、橋本君。
でも、頭の中が混乱してて、わけの分からないことを口走りそうで恐いんだよ。
周りの目も、あるし。
教室内ということで、ざわざわしている。
古井さんも橋本君も、人目を引くタイプだから、悲しいことに周囲のちらほらこちらを窺う視線を感じる。
その事実を必死に思考の隅から追いやり、考えないようにする。
橋本君の方が重要だ。
「荒井さんに悪い虫が付くのを防止しているんです!」
リアルに手で追い払う様は、新鮮で。
やっぱり、佐玖耶君のことがあるとはいえ、仲は良いのだろう。
「お前だって、悪い虫だろ?」
いや、それはさすがにないでしょう。
しかし、ツッコミ入れるの怖っ!
「荒井、屋上にこいよ。話、したいから」
何を話すというのだろう。
「きゃー、告白する気ね! 不潔! 馬鹿! 最低!」
それはない。
そして言い過ぎだからね、古井さん。
「いや、だから……」
必死に弁解しようとしているが、しどろもどろだ。良い台詞が思い浮かばないんだろう。
何を言ったとしても、聞きそうにないからなあ。
「こら、何をやってるんだ」
そこに現れたのは、長身の男性。
優しげでおっとりした印象を受ける。
「さくちゃん!」
一瞬で喜色満面の笑顔になった古井さんに、可愛いなと素直に思った。
橋本君に対してとは違い、今にも尻尾を振って駆け寄っていきそうな具合だ。
古井さん、行動が犬っぽいところがあるよなあ。
「佐玖耶、こいつなんとかしてくれよ……」
そして、やっぱり彼が佐玖耶くんなんだ。
橋本君に告白したって言う、ツワモノ。
でも、一目惚れとかしなそうなタイプなんだけどな。不思議。
「いや、俺に言われてもね」
「さくちゃん、聞いてよ! フラレちゃったあ!」
それ、彼に言っちゃうんだ……。
軽い地雷を平気で話す古井さんに、私ははらはら見守る。
どう見ても、古井さんと佐玖耶君は両思いにしか見えないのに、古井さんは彼氏と別れたばっかだという。
いや、実は本当にお互いなんとも思ってないとか?
……そうは思えないんだけど。
佐玖耶君は、わしゃわしゃと古井さんの髪の毛を掻き回した。ほんの少しだけど、寂しそうに見える。気のせいかもしれないけれど……。
古井さんはそのままその行動を受け入れている。若干気持ちよさそうだ。
そんなこと、普通は好きな人以外にされたくないんじゃないかなあ。
でも、やっぱり兄妹的なポジションなのかもしれないし、二人の問題だよね!
残念だけど、突っつかないようにしておこう。
二人の空間が出来上がってしまった瞬間、私は非常に居心地が悪くなってしまった。
橋本君も同様だったんだろう。
「じゃあ、待ってるから」
そう言って、教室を後にした。
何の話をしてくれるのか、全く検討はつかないけど、放置する気にもなれなかった。
最近、感情のままに動きすぎている気がする。
会いたいから会って、会いたくないから会わない。
これで、本当にいいのだろうか。
近づかない方が良いと、なんとなくだか理解してる。でも……。
「じゃあ、あんまり迷惑かけちゃだめだからな」
「分かってるよ!」
「えっと……」
佐玖耶君が私をみて、困ったような顔をしている。
多分、名前を聞きたいんだろうけど、知り合いだったらどうしよう、とか、名前を聞くこと自体失礼なんじゃないか、とか考えているに違いない。
「荒井です」
「えっと、俺は」
「佐玖耶君、ですよね?」
ぎょっとした顔になった彼に、笑みがこぼれる。
「知り合いだっけ?」
「もう、そんなわけないじゃん」
「そうですよ。今、橋本君と古井さんの話に出てきて知りました」
廊下ですれ違うくらいのことはしているかもしれないけど、彼のことは良く知らない。
「はっしーにフラれた話をしたのー!」
その瞬間、穏やかだった彼の表情が凍りつき、顔がみるみる青ざめていった。
っていうか、寒い!
やっぱり、トラウマになってるんだろうなあ。
「ま、まあ……よろしくお願いします」
気の利いたことが言えなくて、ごめんなさい。