もう一人の許した人 ‐橋本視点‐
荒井は良い奴だ。
俺の望んでいる世界を壊すことをしない。
他の女子みたいに、キイキイ喚いたりしない。
何故、自分の場所と決めた此処に彼女がいても嫌ではないのか。
それはよくわからなかったが、隣にいるという事実が彼女の凄さをしらしめる。
「この場所は俺のなのに」
「ばあか。お前のじゃなくて、俺たちのだろ?」
現れたのは眞也だった。
彼は俺の親友というか悪友というか……。とにかく心を許せる友だ。
この屋上も彼と共有という形で決着をつけた。
だから、彼がこの場所に居ても不快には思わないし、むしろ話をしていて落ち着くことも多い。
「なあ、最近ここに女の子連れ込んでるだろ?」
彼は、からかうように笑った。
それは、不安と期待を織り交ぜたような表情だった。
他の人には、きっと爽やかな笑顔としか見えてはいないだろうけど。
いつもそうだ。誰かが嫌な思いをしないようにと、彼は自分を押し殺して笑う。
そのせいで彼は……。
「はしもっちゃんも隅には置けないねー」
「うるさい! お前なんて二股なんじゃねーの?」
軽口をたたく眞也に、お前はどうなんだと問う。
それにしても荒井と一緒にいたの、ばれてたのか。
まあ、そうだよな。
最近、割と頻繁に会ってるし。
「片方は大切な友達だよ」
「もう片方は?」
分かっているけど、一応聞いた。
「手に入らないだろう好きな人」
はっきり言って彼は女ウケのいい人間だ。
ルックスもいいし、なにより話が面白い。
ただ付き合うという行為をしない。
彼には、問題があった。
二重人格。
そう。彼は自分を押し殺すあまり、もう一つの人格を作り上げてしまったのだ。
俺は、彼が二重人格ということは知っているけれど、今話しているのは、どちらだか分からない。
俺が話をしているのは、いつも「この」屋上に来る彼だったからだ。今の彼しか知らない。
「なんで手に入んないんだ?」
「友達でいようって言われたんだよ。多分、あれは無意識だったな。ってことはやっぱ完璧に好きなんて想われてないってことだろ?」
「まあ……」
自分も言ったことのある台詞をきいてドキッとした。
荒谷は、どう思ったんだろう。
考えなしの言葉だったとは思うけど……。
「つらいよなぁ……」
彼女はこんな俺のことなんか対象外かもしれない。
向こうには、「お前なんか対象外なんだよ」って聞こえたかもしれない。
本当に対象外なのだろうか?
俺はむしろああいう相手を求めていた。
そうだ……。俺はきっと……。
「あれ? どうしたんだ? 雅」
どたばたと走ってきたのは、眞也の多分「大切な友達」の方の女だった。
名前は、たしか大地雅と言ったはずだ。
人の名前を覚えるのが苦手な自分がきちんと覚えていたのは、苗字に「大地」という言葉が使われていたから。
実は最初、男だって思っていたので、初めて会ったときにはびっくりしたし。
「わたし……もうやだぁ!」
彼女に何がおこったのだろう。
首を傾げることよりも、その光景に驚いた。
大地は泣き、眞也はなだめるように笑っていた。
その光景には「友」という言葉があっていたからだ。
男と女ではあったが、俺が見た彼らは友達だった。
ふうん、と思う。
男女間の友情なんて、あるのかないのか興味は無かったが、あんな感じなんだ。
……それにしても、あの隅からこっちを覗いているのって。
眞也の想い人じゃなかったか?
あれ、いいんだろうか。
泣きそうじゃねえか。
はあ。眞也は眞也でお取り込み中みたいだし。
とりあえず、俺はその場を去るために立ち上がった。