Re:Birth 第0話
初夏の陽射しが窓から差し込み、教室の中を柔らかな光で包んでいた。
昼休み。賑やかな笑い声が飛び交う教室の一角で、ショウ、ジュン、レイの三人は他愛もない話に花を咲かせていた。
「それでさ――」
ショウが話し始めた、その瞬間。
勢いよく教室の扉が開いた。
「なぁぁぁ!!」
教室中の視線が一斉に扉へ向く。
「今年の夏休み、四人でキャンプ行こうぜ!!」
元気いっぱいの声を響かせながら飛び込んできたのは、カイだった。
ショウは思わずため息をつく。
「……急すぎるだろ。」
「急じゃねぇ! 思いついた今がベストタイミングなんだよ!」
「それを急って言うんだけどね。」
ジュンが苦笑しながら肩をすくめる。
「僕は別にいいよ。二人は?」
「補講さえなければ問題ない。」
ショウは即答すると、隣に座るレイへ視線を向けた。
「レイは?」
突然話を振られたレイは少し驚いたように目を丸くし、それから困ったように笑う。
「僕? うーん……まだ家族とも予定を決めてないから……。」
「だったら先に予定入れちまえばいいじゃん!」
あっけらかんと言い放つカイ。
「そんな簡単かなぁ……。」
「簡単簡単! まずは行きたいかどうかだろ?」
その言葉に、レイは少しだけ考え込む。
そして、小さく笑った。
「……行きたい。」
「よし決まり!!」
「いや、まだ決まってない。」
ショウがすかさずツッコミを入れる。
「レイの家の返事も聞いてないしね。」
ジュンもフォローすると、レイは小さく頷いた。
「今日帰ったら聞いてみるよ。」
「頼んだ!!」
カイは満面の笑みで親指を立てた。
その無邪気さに、三人は思わず笑ってしまう。
教室の窓から吹き込む初夏の風が、四人の笑い声を優しく運んでいった。
翌日の昼休み。
教室へ入るなり、レイは少し嬉しそうに三人の元へ駆け寄ってきた。
「……大丈夫だったよ。」
「ん?」
「行っておいで、って。」
その一言を聞いた瞬間、
「よっしゃぁぁぁ!!」
カイの歓声が教室中へ響き渡った。
「静かに。」
ショウが呆れたように言うが、カイは全く気にしていない。
「それじゃ、本格的に決めようか。」
ジュンがノートを取り出しながら話を進める。
「場所は?」
ショウが尋ねる。
「まだ決めてない!」
「知ってた。」
即答だった。
「まずは何をしたいか決めよう。」
ジュンがペンを構える。
「BBQ!!」
「僕も賛成。」
レイが嬉しそうに手を挙げる。
「せっかくだし、少し贅沢にやりたいな。」
「了解。じゃあBBQは確定。」
ジュンがメモを書き込む。
「川が近ければ泳げるな。」
「泳ぐ!!」
「夏だし気持ち良さそう。」
「じゃあ川遊びも追加。」
次々と予定が決まっていく。
「ハイキングコースがある場所もいいな。」
ショウが言うと、
「探検だな!!」
カイの目が輝いた。
「えぇ……歩くの?」
レイが露骨に嫌そうな顔をする。
「嫌か?」
「嫌っていうか……疲れそう……。」
「そんな時は俺がおぶってやる!」
「それはそれで怖いよ……。」
思わず全員が吹き出した。
「じゃあ、着いてから決めればいい。」
「それなら安心。」
レイはほっと胸を撫で下ろす。
「他には?」
ジュンが尋ねると、レイは少しだけ遠慮がちに口を開いた。
「あの……。」
「ん?」
「花火……。」
一瞬だけ、その場が静まる。
三人は顔を見合わせ――
「あ。」
カイが大きな声を上げた。
「忘れてた!!」
「確かに。」
「夏と言えば花火じゃないか。」
ジュンも笑う。
「もちろんやる!!」
「……良かった。」
レイの表情がぱっと明るくなる。
その笑顔を見て、ショウも自然と口元を緩めた。
こうして、四人だけの夏休みの予定は決まった。
この時の彼らは、まだ知らない。
この何気ない約束が、自分たちの運命を大きく変える「最後の夏休み」の始まりになることを。
それでも今は、ただ胸を躍らせながら夏を待っていた。
数日後。
待ちに待った夏休み初日の朝。
まだ太陽が昇りきらない住宅街には、ひんやりとした朝の空気が漂っていた。
住宅街の一角には、一台の大きなワンボックスカーが停まっている。
その前には、大きなリュックを背負った四人の姿があった。
「みんな揃ったな!!」
誰よりも早く集合していたカイが、嬉しそうに笑う。
「荷物確認。」
ジュンは手元のメモを見ながら一つひとつ確認していく。
「テント、寝袋、ランタン、調理器具、食材……よし。全部ある。」
「食材も積み終わった。」
ショウが車の後ろを閉める。
「花火も忘れてないよ。」
レイが少し照れくさそうに笑った。
「完璧だな!!」
その時だった。
「おーい、カイ。」
運転席の窓がゆっくりと開き、一人の青年が顔を覗かせる。
カイの兄だった。
「兄貴!」
「忘れ物ねぇな?」
「大丈夫!!」
即答するカイ。
「本当かぁ?」
「……たぶん大丈夫です。」
ジュンが苦笑いを浮かべる。
「たぶんかよ。」
思わず全員が笑ってしまった。
「荷物は全部確認しました。」
ショウが落ち着いた口調で答えると、兄は満足そうに頷く。
「よし。それじゃ秋保まで安全運転で行くぞ。」
「よろしく!!」
四人は車へ乗り込み、期待を胸いっぱいに膨らませながら出発した。
車が走り出すと、窓の外の景色がゆっくりと流れていく。
「うおぉぉ!!」
カイは子供のように窓へ張り付いた。
「旅行って感じだ!!」
「まだ市内だけどね。」
ジュンが呆れたように笑う。
「なんか遠足みたい。」
レイも楽しそうに窓の外を眺める。
「浮かれ過ぎて忘れ物だけはするなよ。」
ショウが冷静に言うと、
「今言う!?」
カイが大げさに肩を落とした。
「お前ら元気だなぁ。」
運転しながら兄が笑う。
「カイだけです。」
「それもそうか。」
車内に笑い声が広がる。
友達と過ごす夏休み。
それだけで、世界が少しだけ特別に見えた。
約一時間後。
車は緑豊かな山々に囲まれたキャンプ場へ到着した。
「着いたぞ。」
「うおぉぉぉぉ!!」
カイは真っ先に車を飛び出す。
目の前には澄んだ川。青々と茂る木々。
山から吹き抜ける爽やかな風。
街では味わえない自然の空気に、レイは目を輝かせた。
「すごい……。」
「思ったより広いな。」
ショウが辺りを見回す。
「川も近いね。」
ジュンも満足そうに頷いた。
兄は荷物を降ろしながら四人へ振り返る。
「本当は夕方迎えに来る予定だったけど、仕事が入っちまってな。」
少し申し訳なさそうに頭を掻く。
「明日の昼まで四人で頑張れよ。」
「任せろ!!」
元気いっぱいに胸を叩くカイ。
それを見た兄は苦笑する。
「……一番信用できない返事だな。」
「僕が見てます。」
ジュンが静かに答えると、
「それなら安心だ。」
兄は笑いながら車を発進させた。
ワンボックスカーはゆっくりと山道を下り、やがて木々の向こうへ姿を消した。
四人だけになったキャンプ場。
静かな風が吹き抜ける。
「さて!!」
カイは大きく両手を広げた。
「設営開始!!」
「よし。」
四人は慣れないながらも協力しながらテントを組み立て始める。
「ここ持って!」
「逆だ。」
「ポール通すよ。」
「えっと……こう?」
「そう、それでいい。」
息を合わせて作業を進めていく。
誰かが失敗すれば誰かが笑い、
誰かが困れば自然と手が伸びる。
そんな時間が心地良かった。
やがて、大きなテントが完成する。
「完成ーー!!」
カイは両手を突き上げて叫んだ。
「思ったより早かったね。」
レイも嬉しそうに笑う。
「四人いると楽だね。」
ジュンがテントを見上げる。
その時だった。
「ごめんねぇ……そこ持ってくれる?」
「できないよぉ……。」
隣の区画から困った声が聞こえてきた。
振り向くと、小さな子供を連れた家族がテントの設営に苦戦していた。
カイは迷うことなく歩き出す。
「困ってる。」
ショウも小さく頷いた。
「行くか。」
「もちろん。」
「うん。」
四人は自然と足を揃え、その家族のもとへ向かう。
「手伝います!!」
突然声を掛けられた母親は驚いた表情を浮かべた。
「え!? 本当にいいの?」
「人数が多い方が早いですから。」
ショウが穏やかに答える。
「ここを押さえてもらえますか?」
ジュンが手際よく指示を出し、
「僕、ペグ打ちますね。」
レイも慣れない手つきながら笑顔で作業を始める。
「お兄ちゃんたち、すごい!」
子供が目を輝かせる。
「へへっ! 任せろ!」
カイは得意げに胸を張った。
数分後。
無事にテントは完成した。
「本当にありがとう。」
母親が深々と頭を下げる。
「ありがとう!!」
子供も元気いっぱいに手を振った。
「どういたしまして。」
レイが優しく微笑む。
「楽しいキャンプになるといいですね。」
ショウがそう言うと、母親は嬉しそうに何度も頭を下げた。
自分たちのテントへ戻る途中。
カイは満足そうに笑う。
「よし!! 俺たちも遊ぶぞ!!」
「まずは予定通り、ハイキングかな。」
ジュンが時計を見る。
「時間もちょうどいい。」
ショウも頷いた。
「……歩くのかぁ。」
レイだけが小さく肩を落とす。
そんな姿を見て、三人は思わず吹き出した。
「レッツゴーー!!」
夏の青空の下。
笑い声を響かせながら、四人はハイキングコースへ向かって歩き出した。
木々の間を吹き抜ける風が、夏の匂いを運んでくる。
キャンプ場を離れた四人は、緩やかな山道を歩いていた。
木漏れ日が足元を照らし、鳥たちのさえずりが静かな森に響いている。
「よーし!!」
カイは両腕を大きく広げ、深く息を吸い込んだ。
「探検開始だ!!」
「一応、ちゃんと整備されたハイキングコースだけどね。」
ジュンが苦笑しながら後ろを歩く。
「それでも探検みたいで楽しいよ。」
レイは周囲を見回しながら微笑んだ。
街では見ることのない大きな木々。
名前も知らない花々。
澄み切った空気。
自然そのものが、四人を歓迎しているようだった。
「とは言っても、分かれ道はいくつかある。」
ショウが前を歩きながら振り返る。
「迷わないようについて来い。」
「任せろ!!」
元気よく返事をするカイ。
「お前が一番不安なんだ。」
「ひどっ!」
そのやり取りにジュンとレイが吹き出した。
笑い声が森の中へ溶けていく。
しばらく歩くと、周囲はさらに静けさを増していった。
聞こえてくるのは鳥のさえずりと、木々が揺れる音だけ。
「空気うまっ!」
カイが大きく深呼吸をする。
「街と全然違うね……。」
レイも同じように空を見上げる。
「鳥の鳴き声しか聞こえない。」
ジュンが耳を澄ませる。
「こういう場所も悪くないな。」
ショウは短く呟いた。
四人はゆっくりと山道を進む。
時間までゆっくり流れているようだった。
その時。
「あれ?」
カイが足を止める。
「どうした?」
ジュンが尋ねる。
「さっきもこの木、見なかった?」
その言葉に、レイの表情が少しだけ固まる。
「……え?」
ショウは周囲を見渡した。
同じような木々が並ぶ景色。
分かれ道。
見覚えのある岩。
「……。」
数秒の沈黙。
「道を一本、間違えたかもしれない。」
「えぇぇっ!?」
レイの声が森へ響く。
「ご、ごめん……。」
カイは申し訳なさそうに頭を掻いた。
「まぁまぁ。」
ジュンは落ち着いた笑みを浮かべる。
「まだ慌てる距離じゃないよ。」
ショウはリュックからマップを取り出した。
キャンプ場でもらった案内図を広げ、周囲の地形と照らし合わせていく。
数十秒後。
「……大丈夫。」
その一言で、レイの肩から力が抜けた。
「本当?」
「少し逸れただけだ。」
「戻れる?」
「戻れる。」
「さすがショウ先生!!」
カイが満面の笑みを浮かべる。
「先生じゃない。」
ショウは呆れながら地図を畳む。
「次からは前だけ見て歩くな。」
「反省します。」
素直に頭を下げるカイ。
その様子を見て、レイは思わず笑ってしまった。
「ふふっ。」
「笑うな。」
「ごめん。でも面白くて。」
再び四人は歩き始める。
さっきまでの少しだけ緊張した空気は、もうどこにもなかった。
やがて木々の隙間から眩しい光が差し込む。
「……?」
ショウが足を止める。
その先には――
視界いっぱいに広がる山々。
深い緑に包まれた渓谷。
青く澄んだ空。
まるで世界そのものが一枚の絵画になったような絶景が広がっていた。
「……わぁ。」
レイは思わず息を呑む。
「すごい……。」
ジュンも目を奪われていた。
「うおぉぉぉぉ!!」
カイだけは我慢できず叫んでいた。
ショウは静かに景色を見つめながら、小さく笑う。
「……来て正解だったな。」
山から吹く風が四人の間を通り抜ける。
汗ばんだ身体に心地よい。
「なんか……時間が止まったみたい。」
レイがぽつりと呟く。
誰も否定しなかった。
その言葉が、この景色を一番よく表していたからだ。
「写真撮ろう!!」
カイがスマートフォンを取り出す。
「いいね。」
ジュンが頷く。
四人は肩を並べ、絶景を背に笑顔を向けた。
シャッター音が響く。
一枚の写真。何気ない一瞬。
けれど、それは四人にとってかけがえのない宝物になった。
「これ、一生残そうぜ!!」
カイが笑う。
「消すなよ。」
ショウが静かに言う。
「絶対消さない。」
レイは大事そうにスマートフォンを胸に抱えた。
「約束。」
ジュンが微笑む。
誰も知らない。
この写真が――
四人で撮る、最後の”何気ない一枚”になることを。
木々を揺らす風だけが、その約束を静かに見守っていた。
山道を下り、四人は再びキャンプ場へ戻ってきた。
木々の隙間から差し込む陽射しはすっかり真夏の強さを帯び、額にはじんわりと汗が滲んでいる。
そんな暑さを吹き飛ばすように、目の前には澄み切った川が流れていた。
「待ってましたぁぁぁ!!」
カイは歓声を上げると、勢いよく川へ飛び込む。
「つめたっ!! ……でも最高!!」
豪快に水しぶきが上がり、冷たい飛沫が岸まで届いた。
「深さも確認せず飛び込むな。」
ショウは呆れたように肩をすくめる。
「怒られる前に言われちゃったね。」
ジュンが笑う。
レイは靴を脱ぎながら、おそるおそる水面へ足を入れた。
「……冷たぁ。」
「夏はこれくらいが気持ちいいんだよ。」
ジュンもゆっくりと川へ入る。
流れる水は驚くほど透き通っていて、小さな魚が足元を泳いでいくのが見えた。
山の冷たい雪解け水は、火照った身体を一瞬で冷ましてくれる。
「よーし!」
突然、カイが両手で水をすくった。
「ショウ!!」
勢いよく放たれた水しぶき。
しかし。
「甘い。」
ショウは半歩だけ身体をずらし、水は空しく後ろへ飛んでいく。
「なんで避けるんだよ!」
「避けられるからだ。」
「くそぉ!」
そのやり取りを見ていたジュンは、小さく笑うと静かに手を動かした。
「はい。」
バシャッ!
「うわっ!!」
今度はカイが頭から水を浴びる番だった。
「ジュンまで!?」
「隙だらけだったよ。」
「レイ! 助けて!」
助けを求められたレイは少し迷ったあと、小さく笑う。
「……えいっ。」
ぴしゃり、と小さな水しぶきがカイの肩を濡らした。
「レイまでぇぇ!?」
「今日は味方しないよ。」
「裏切り者ぉぉ!」
川辺に四人の笑い声が響く。
その声は夏空へ吸い込まれるように広がっていった。
――その時だった。
「だめっ!!」
笑い声が止まる。
少し離れた下流。
流れの速い場所へ、小さな子供が足を取られて流されていた。
「待って!!」
母親が必死に追いかける。
「……!」
ショウの表情が変わる。
「まずい!!」
ジュンも状況を理解した。
「カイ! ロープ!!」
「了解!!」
返事と同時に、カイはキャンプ用品の中からロープを掴み出す。
「ジュン、木に固定!」
「任せて!」
「レイ!」
ショウが振り向く。
「救急セットを持って待機!」
「う、うん!」
四人は迷わなかった。
まるで何度も訓練してきたかのように、それぞれが自然と役割を理解して動き出す。
ショウはロープを腰へ巻き付ける。
「支えてろ!」
そう言い残すと、激しい流れへ飛び込んだ。
冷たい水が全身を叩く。
予想以上に流れは強い。
それでも足を止めるわけにはいかなかった。
「大丈夫だ!!」
必死にもがく子供へ手を伸ばす。
「お兄ちゃん……!」
震える小さな身体を抱き寄せる。
「引けぇぇぇ!!」
その声を合図に、
「うおぉぉぉ!!」
カイが全力でロープを引く。
「カイ、一緒に!」
ジュンも力を込める。
岸ではレイが両手を握り締めていた。
「頑張って……!」
少しずつ。少しずつ。
ショウたちの身体が岸へ近付いていく。
「あと少し!!」
カイが叫ぶ。
「もう少し!」
ジュンも歯を食いしばる。
そして――
二人は無事、岸へ引き上げられた。
「本当にすいません。ありがとうございます!!」
母親は涙を浮かべながら何度も頭を下げる。
「ありがとう……!」
子供も震える声で礼を言った。
ショウは静かにしゃがみ込む。
「怪我は?」
レイがすぐに駆け寄り、子供の様子を確認する。
「大丈夫そう。でも少し休ませてあげて。」
「呼吸も問題ない。」
ジュンが安堵の息をついた。
「いやぁ……焦ったぁ。」
カイはその場へ座り込み、大きく息を吐く。
ショウも静かに空を見上げた。
「……間に合って良かった。」
その一言に、母親は再び深く頭を下げた。
「本当にありがとうございました。」
「気にしないでください!」
カイは照れくさそうに笑う。
「無事で良かったです。」
レイも安心したように微笑んだ。
ショウは何も言わず、小さく息をつく。
そんな横顔を見て、ジュンがくすりと笑う。
「照れてる。」
「照れてない。」
「顔、赤いよ?」
レイまで追い打ちをかける。
「……暑いだけだ。」
「ははははは!」
カイが豪快に笑い出す。
つられてジュンも、レイも笑う。
さっきまで張り詰めていた空気は、いつもの四人の空気へ戻っていた。
しばらくして。
ジュンがぽつりと呟く。
「さて。」
「ん?」
「命懸けの後は……。」
その言葉を引き継ぐように、レイのお腹が小さく鳴った。
「……お腹空いた。」
一瞬の静寂。
そして。
「あはははは!」
四人は顔を見合わせ、大きく笑った。
「だな!!」
カイは立ち上がる。
「じゃあキャンプ場へ戻るか。」
ショウも笑みを浮かべながら歩き出す。
夏の日差しを浴びながら、四人はゆっくりとキャンプ場への道を戻っていった。
夕暮れの空が、ゆっくりと茜色へ染まり始めていた。
川遊びを終えた四人は、心地よい疲れを感じながらキャンプ場へ戻ってくる。
「腹減ったぁぁぁ!」
リュックを下ろすなり、カイが大きく伸びをした。
「さっきまであれだけ泳いでたからね。」
ジュンが苦笑する。
「炭、起こすぞ。」
ショウは慣れた手つきでコンロを組み立て始めた。
「僕は野菜を切るね。」
レイがテーブルに食材を並べていく。
包丁の音。炭がはぜる音。
少しずつ辺りに漂い始める煙。
それだけで、不思議と胸が高鳴る。
「よぉぉし!」
カイが勢いよく肉のパックを掲げた。
「今日は肉祭りだぁ!」
「まだ焼いてない。」
ショウが冷静に返す。
「待てない!」
「生で食う気か。」
「……それはさすがに。」
レイが思わず吹き出す。
「そこは否定するんだ。」
やがて炭火が安定し、ジュンが網を乗せる。
肉が焼ける音とともに、香ばしい匂いが辺りへ広がった。
「焼けた!」
カイが身を乗り出す。
「まだ裏返しただけ。」
ジュンが即座にツッコむ。
「……。」
「落ち着け。」
ショウが笑う。
さらに数分後。
「よし。」
ジュンが肉を見渡して頷いた。
「食べよう。」
「待ってましたぁぁ!」
カイは目を輝かせながら箸を伸ばす。
しかし――
ガシッ。
「あれ?」
箸が止まった。
その先には、ジュンの箸が重なっている。
「君、一人で何枚取る気?」
「え?」
「え?じゃない。」
「いっぱい。」
「却下。」
「えぇぇぇぇ!?」
レイが笑いをこらえきれず吹き出した。
「カイらしいね。」
「肉は早い者勝ちだろ!」
「違う。」
ショウが即答する。
「違うね。」
ジュンも続ける。
「違うと思う……。」
レイまで頷いた。
「三対一!?」
カイは大げさに肩を落とす。
「ちゃんと人数分あるんだから。」
「でも美味そうなんだもん……。」
「子供か。」
「う……。」
うつむくカイ。
その様子を見たショウは、小さく笑うと、焼き上がった肉を一枚だけ皿へ乗せた。
「ほら。」
「……。」
「これで我慢しろ。」
カイはしばらく肉とショウを見比べ、
やがて小さく笑った。
「……ありがとう。」
「素直だ。」
「まったく。その知能指数は野菜不足が原因かもなら。」
「なっ…!?」
ジュンがくすりと笑う。
「いただきます!」
四人の声が重なる。
炭火で焼いた肉は香ばしく、
野菜は甘く、
自然の中で食べる食事は、家で食べる何倍も美味しく感じた。
「うまぁぁぁぁ!」
カイは幸せそうに叫ぶ。
「このお肉、本当に美味しい。」
レイも思わず笑顔になる。
「あそこの精肉店、当たりだったな。」
ショウが満足そうに頷く。
「野菜も甘いね。」
「農家さんから分けてもらったやつだからな。」
「最高だ!」
夕暮れのキャンプ場へ、
四人の笑い声がいつまでも響いていた。
食事を終える頃には、空はすっかり夜の色へ変わっていた。
辺りには虫の声が響き、
頭上には少しずつ星が姿を現し始める。
「それじゃあ……。」
レイが大事そうに抱えていた袋をテーブルへ置く。
「待ってました!!」
カイが飛び上がる。
「結構あるね。」
ジュンが袋を覗き込む。
「毎年余るくらい買うから……。」
少し照れながらレイが笑う。
「今日は全部やろう。」
ショウの一言に、レイは嬉しそうに頷いた。
カイが一本目の手持ち花火へ火を灯す。
小さな火花が夜空へ散る。
「夏だぁぁぁぁ!!」
「また始まった。」
ジュンが苦笑する。
「元気だな。」
ショウも笑みを浮かべる。
「ふふっ。」
レイは静かに花火を見つめていた。
赤。青。緑。黄金色。
色とりどりの火花が夜を優しく照らしていく。
「見ろ見ろ!」
「子供みたい。」
「子供だからな!」
「高校生だ。」
「細かいことはいい!」
笑い声が絶えない。
やがて袋の中の花火も残りわずかになる。
「最後はこれだね。」
ジュンが線香花火を取り出した。
四人は円になって火を灯す。
パチ……パチ……
小さな火花が静かに揺れる。
「落ちるな……。」
カイが真剣な顔になる。
「頑張れ……。」
レイも息を潜める。
「僕のが一番長いかも。」
ジュンが笑う。
「まだ分からない。」
ショウは静かに見つめていた。
やがて。
「……あ。」
最初に火玉が落ちたのはカイだった。
「あぁぁぁ!」
「僕も。」
レイの火も静かに消える。
「最後はショウか。」
ジュンが笑う。
数秒後。
ショウの線香花火も、小さく光を散らしながら夜へ溶けていった。
静寂。
虫の声だけが聞こえる。
「終わっちゃったな……。」
カイがぽつりと呟く。
「でも。」
レイが夜空を見上げる。
「楽しかった。」
「うん。」
ジュンも頷く。
ショウは三人を見渡し、穏やかに笑った。
「いい思い出になったな。」
「最高の夏休みだ!!」
カイの声が夜空へ響く。
誰も、その言葉を否定しなかった。
この夜は、間違いなく四人にとって最高の夏休みだった。
だからこそ――
この幸せな時間が、永遠には続かないことを。
夜空に輝く星だけが、静かに知っていた。
花火を片付け終えた四人は、静かにテントへ戻ってきた。
キャンプ場はすっかり夜の静寂に包まれ、昼間の賑やかさが嘘のようだった。
虫たちの合唱がどこからともなく聞こえ、木々の間を吹き抜ける風がテントを優しく揺らす。
「疲れたぁ……。」
カイは寝袋へ倒れ込むように横になる。
「いっぱい遊んだからね。」
レイもくたっと腰を下ろした。
「寝袋、敷いておくよ。」
ジュンは慣れた手つきで四人分の寝床を整えていく。
ショウはランタンへ火を灯した。
淡いオレンジ色の光がテントの中を優しく照らし、昼間とは違う落ち着いた空気を作り出す。
「なんか……秘密基地みたいだな。」
カイが天井を見上げながら笑う。
「ちょっとワクワクする。」
レイも辺りを見回した。
「このまま寝るには惜しい夜だね。」
ジュンがぽつりと呟く。
ショウは入口の隙間から夜空を見上げていた。
「……せっかくだ。」
三人が顔を向ける。
「最後に、星でも見に行かないか。」
「いいね。」
ジュンはすぐに頷いた。
「賛成。」
レイも微笑む。
「決まり!!」
カイは勢いよく立ち上がる。
四人はランタンを消し、静かなキャンプ場の芝生へ向かった。
夜空には、数え切れないほどの星が輝いていた。
街では決して見ることのできない満天の星空。
四人は芝生へ寝転び、肩を並べて夜空を見上げる。
「……すげぇ。」
カイが思わず息を漏らした。
「こんなに星ってあったんだ……。」
レイは目を丸くする。
「街の明かりがないからね。」
ジュンが静かに答えた。
「空気も澄んでる。」
ショウは星空から目を離さない。
静かな風が頬を撫でる。
誰も話さない時間が流れる。
けれど、不思議と気まずさはなかった。
同じ景色を見ている。
それだけで十分だった。
やがて、カイがぽつりと口を開く。
「……来て良かったな。」
「うん。」
レイが笑う。
「最高の夏休みになった。」
ジュンも頷いた。
「まだ終わってないぞ。」
ショウが小さく笑う。
「細かいこと言うなって。」
四人は顔を見合わせて笑った。
再び静寂が訪れる。
その静けさを破ったのは、レイだった。
「……ねぇ。」
「ん?」
「来年は受験だね……。」
その言葉に、誰もすぐには答えられなかった。
「そうだね。」
ジュンが静かに返す。
「考えたくねぇ……。」
カイが大げさに頭を抱える。
「避けても来るぞ。」
「うぅ……。」
笑いはした。
けれど、少しだけ寂しさも混じっていた。
レイは夜空を見つめたまま、小さく呟く。
「卒業したら……。」
三人が耳を傾ける。
「みんな、別々になるのかな……。」
その言葉は、夜風に乗って静かに消えていった。
ショウは答えなかった。
ジュンも。
カイも。
未来のことなんて、誰にも分からない。
しばらく沈黙が続いたあと、
カイがゆっくり身体を起こした。
「……ならさ。」
三人が振り向く。
「大人になっても集まればいいじゃん。」
「え?」
レイが目を瞬かせる。
「大学生になっても。」
「社会人になっても。」
「おっさんになっても。」
「一年に一回くらい集まればいい。」
照れくさそうに笑うカイ。
その笑顔は、どこまでも真っ直ぐだった。
「……それ、いいね。」
ジュンが微笑む。
「賛成。」
ショウも短く答えた。
レイの表情が少しずつ明るくなる。
「……うん。」
「約束な!」
カイは拳を突き出した。
「約束だ。」
ショウも拳を重ねる。
「あぁ、約束。」
ジュンも。
「約束。」
レイも。
四つの拳が、夜空の下で静かに重なった。
――その瞬間だった。
「…………。」
誰かの声。
いや、
歌声だった。
四人の動きが止まる。
「……え?」
レイが顔を上げる。
「今……。」
ジュンが辺りを見回す。
「聞こえた?」
カイも立ち上がる。
ショウは黙ったまま耳を澄ませていた。
風とは違う。
虫の声でもない。
どこか遠くから、誰かが歌っている。
言葉は聞き取れない。
けれど、不思議と耳から離れない旋律だった。
「誰か歌ってる……?」
レイが不安そうに呟く。
「この時間に?」
ジュンも首を傾げる。
「キャンプ場の人か……?」
ショウは暗闇の奥へ目を向けた。
歌声は、森の方から聞こえてくる。
カイは少しだけ笑う。
「見に行こうぜ。」
ショウは返事をしなかった。
どこか胸騒ぎがする。
理由は分からない。
けれど、その歌声には何か引き寄せられるものがあった。
「……ちょっと怖いな。」
レイがショウの方を見る。
「肝試しだと思えば。」
ジュンは冗談めかして笑う。
「よし!」
カイが懐中電灯を手に取る。
「全員出発!!」
洞窟の中は、外の蒸し暑さが嘘のように冷え切っていた。
懐中電灯の明かりだけが、四人の足元を照らしている。
滴る水の音だけが静かに響き、足音が洞窟の奥へ吸い込まれていく。
「寒くないか……?」
カイが腕をさすりながら呟く。
「さっきまで暑かったのに……。」
レイも小さく肩を震わせた。
「静か過ぎる。」
ジュンは周囲を警戒しながら歩く。
「洞窟は危険だ。なにかあればすぐに引き返すぞ。」
ショウは気を張りながら進む。
歌声は、確かに近付いている。
耳ではなく、心へ直接響いてくるような、不思議な感覚だった。
やがて四人は洞窟の最奥へ辿り着く。
「……行き止まり?」
カイが懐中電灯を向ける。
目の前には、大きな岩壁しかない。
「誰も……いない。」
レイが呟く。
歌も止んでいた。
辺りには静寂だけが広がる。
「おかしいな……。」
ジュンが壁へ近付く。
その時だった。
――ふわり。
岩壁の一部が、淡い光を放ち始めた。
「……!」
ショウは息を呑む。
光は小さな粒となって宙へ舞い、やがて一本の線となって岩壁を走る。
一本。
また一本。
無数の光の線が重なり合い、巨大な紋様を描いていく。
誰も見たことのない文字。
誰も知らない紋章。
それなのに、不思議と美しかった。
「綺麗……。」
レイが思わず呟く。
「これ……何だ……?」
カイも目を奪われる。
ジュンは懐中電灯を下ろした。
もう必要なかった。
洞窟全体が優しい光に包まれていたからだ。
ショウは一歩前へ出る。
その紋様を見た瞬間だった。
頭の奥で、誰かの声が響く。
『――ありがとう。』
ショウは目を見開いた。
今の声は。
「……誰だ。」
返事はない。
代わりに、あの歌が再び聞こえる。
今度は悲しみではなく、
どこか安堵したような、
優しい歌だった。
「ショウ?」
ジュンが声を掛ける。
その瞬間――
ゴゴゴゴゴゴ……!!
洞窟全体が激しく揺れた。
「地震!?」
レイが悲鳴を上げる。
「まずい!」
ジュンが足元を支える。
岩壁の紋様が一気に輝きを増す。
まるで、何百年もの眠りから目覚めるように。
「走れ!!」
ショウが叫ぶ。
四人は一斉に入口へ駆け出す。
しかし。
一歩踏み出した瞬間。
足元へ巨大な光の紋様が浮かび上がった。
「これは……!」
ジュンが息を呑む。
円を描く光。
幾重にも重なる文字。
そして中心には、一つの見慣れない紋章。
「ショウ!!」
カイが叫ぶ。
次の瞬間。
地面が崩れた。
「うわぁっ!!」
レイの身体が闇へ落ちる。
「レイ!!」
ジュンが手を伸ばす。
だが届かない。
「カイ!」
ショウも飛び込むように腕を伸ばした。
「ショウーーー!!」
カイも必死に手を伸ばす。
あと少し。
あと少しで届く。
指先が触れる。
その瞬間。
世界が白く染まった。
光。
光。
どこまでも続く光。
「ショウ!!」
「ジュン!!」
「レイ!!」
三人の声だけが響く。
ショウは必死に腕を伸ばし続ける。
離したくない。
この夏を。
この日常を。
この仲間を。
「届けぇぇぇぇぇ!!」
叫びと共に手を伸ばす。
しかし――
届かなかった。
三人の姿は光へ溶けるように消えていく。
「カイーーーーーッ!!」
「ジュンーーーーーッ!!」
「レイーーーーーッ!!」
声だけが虚しく洞窟へ響く。
ショウはただ立ち尽くすことしかできなかった。
その時。
足元の大地が音を立てて崩れる。
「っ!!」
身体が宙へ投げ出された。
視界いっぱいに広がる白い光。
意識が遠のいていく。
その中で、最後にもう一度だけ、あの歌が聞こえた。
優しく。
温かく。
まるで誰かが迎えてくれるように。
『どうか、この世界に、新しい可能性を。』
その言葉と共に、ショウの意識は静かに闇へ沈んでいった。
これは、四人の「最後の夏休み」。
そして――
世界が再び生まれ変わる物語。
『Re:Birth』
その物語は、ここから始まる。




