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ちょっとずつケモノ  作者: ちび太


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3/3

名前がつく日


 

病院は、思っていたより普通の建物だった。

白くて、四角くて、静か。

「動物特性外来」と書かれた案内板も、内科や皮膚科と同じ並びにある。

特別な場所、という感じがしない。

それが少しだけ安心だった。

 

受付を済ませ、椅子に座る。

待合室には、いろんな人がいた。

小学生くらいの子が、落ち着きなく足を揺らしている。

隣の女性は、膝にハンカチを置いて静かに呼吸を整えている。

向こうでは、中年の男性がやたら水を飲んでいた。

みんな、どこか少しだけ“変化の途中”に見える。

湊は自分の手を見る。

指先に力を入れてみる。

昨日より、感覚がはっきりしている気がした。

「湊さん」

呼ばれて立ち上がる。

立ち上がる動作も、やっぱりゆっくりだ。

 

診察室は明るかった。

医師は四十代くらいの女性。穏やかな声で話す。

「最近、体の変化を感じているんですね」

「……はい。動きが遅いっていうか」

「他には?」

湊は少し考える。

「首がかなり後ろまでまわるんです」

「なるほど」

医師はタブレットに何かを記録している。

「怖さはありますか?」

その質問に、湊は首を振る。

「……そんなに」

それが自分でも少し不思議だった。

 

いくつかの簡単な検査が行われる。

握力。

視野角。

反応速度。

光が点いたらボタンを押す検査では、湊の反応は少し遅めだった。

医師は「うん」とうなずく。

「典型的な初期変化ですね」

その言い方が、まるで「風邪ですね」みたいで、湊は少し肩の力が抜けた。

 

最後に、首の可動域の確認。

「無理のない範囲で、後ろを見てみましょうか」

湊はゆっくり首を回す。

思っていたより後ろが見える。

自分の肩の後ろ側、その向こうの壁。

医師が少し目を細めた。

 

診察が終わり、椅子に座る。

医師は画面を見ながら言う。

「現段階の特性から見ると——」

一瞬、間があく。

「ナマケモノ型の可能性が高いですね」

 

ナマケモノ。

その言葉が、すとん、と落ちてきた。

意外、というより。

どこか、納得。

 

医師は続ける。

「動作がゆっくりになるのが特徴です。ただし筋力が落ちるわけではありません。むしろ握力や持久力が安定することが多いです」

「日常生活は?」

「問題ありません。急な動きが苦手になるので、焦らない生活が合いますね」

焦らない生活。

湊は、昨日の信号を思い出した。

 

「水に強い方もいますよ」

医師が何気なく付け足す。

「……水?」

「泳ぐのが楽になる人もいます」

それは少し意外だった。

 

診察室を出る。

手の中の紙には「特性判定:ナマケモノ型(初期)」と書かれている。

自分の変化に、名前がついた。

 

病院を出ると、空が広かった。

深呼吸する。

怖さは、やっぱりあまりない。

ただ、少しだけ不思議な気持ち。

「俺、ナマケモノか」

言葉にすると、変に笑えてくる。

 

帰り道、歩く速度はいつも通り遅い。

でも今日は、“遅れている”感じがしなかった。

これが自分の速度なんだと思うと、足取りが少し軽い。

 

家に着くと、樹がリビングにいた。

「どうだった」

短い質問。

湊は靴を脱ぎながら言う。

「ナマケモノだって」

樹は小さくうなずく。

「そうか」

それだけ。

でも、その声はどこか柔らかかった。

 

夜、ベッドの中。

天井を見る。

まばたきは、相変わらずゆっくりだ。

でも今は、気にならない。

 

名前がついただけで、

こんなに落ち着くんだ。

 

湊は静かに目を閉じた。


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